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シンガポールの団地における食の生産の取り組み@タンパニーズ

現在、日本を含め世界各国で食料安全保障(Food Security)が重要視されるようになっています。シンガポールでは食料安全保障に関して、「30 by 30」つまり、2030年までに、必要な栄養の30%を国内で持続的に生産できるように、食の生産の能力を高めるという目標が立てられています。そのために様々な取り組みが行われていますが、ここでは団地における「30 by 30」食の生産の取り組みをご紹介したいと思います。

タンパニーズ公園(Tampines Park)

シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。食の生産の取り組みが行われているのは、HDBタンパニーズ(HDB Tampines)という団地内にあるタンパニーズ公園(Tampines Park)です。
タンパニーズ公園は南北が約220m、東西が約70mの南北に細長い公園で、北・西・南を団地の中層住棟で囲まれており、東には小中学校が位置しています。

タンパニーズ公園では、シンガポールで初めてとなる「コミュニティベースの循環型エコシステムによる持続可能な食の生産」(COMMUNITY-BASED CIRCULAR ECOSYSTEM FOR SUSTAINABLE FOOD PRODUCTION)の取り組みが行われています。具体的には次のような取り組みです*1)。

  • 住民が生ゴミ(食品廃棄物)を提供し、アメリカミズアブ(Black Soldier Fly)の幼虫の餌にする。
  • アメリカミズアブ(Black Soldier Fly)の幼虫をティラピア(Tilapia)の餌にする。
  • アメリカミズアブ(Black Soldier Fly)の昆虫生産残渣(Frass)*2)を野菜の肥料にする。
  • 収獲したティラピア、収穫した野菜を食品としてコミュニティに還元する。

アメリカミズアブ(Black Soldier Fly)はハエ目ミズアブ科の昆虫で、フェニックスワームと呼ばれる幼虫は「温暖な気候の下での大量養殖が比較的容易で、また含有する栄養が量、バランスともに大変優れている。このため世界的に家禽、養殖魚や実験動物の代替飼料として、またその処理能力の高さから有機廃棄物処理分野でも注目を集めている」*3)と言われています。ティラピア(Tilapia)はスズキ目カワスズメ科に属する淡水魚で、40cmに前後し*4)、世界各国で食用とされています。また、昆虫生産残渣(Frass)とは「昆虫に与えた餌料の残りや排泄物、脱皮粕などを含む昆虫生産時に生じる残渣」を意味します*5)。

この取り組みのため、タンパニーズ公園にはアメリカミズアブの養殖施設、ティラピアの養殖池、垂直型ハイテク農園(Vertical High-Tech Farm)が作られています。

アメリカミズアブの養殖施設(lack Soldier Fly Facility)

公園内に建てられた小さな建物がアメリカミズアブの養殖施設。毎日9~11時と19時半~21時にオープンしており、生ゴミ(食品廃棄物)を持ち込む(捨てる)ことが可能になっています。壁には次のように持ち込み可能なものと不可能なものが記載されています*6)。

■持ち込み可能なもの
・残飯
・野菜くず
・肉や魚の切り落とし
・果物の皮と芯(シールははがす)

■持ち込み不可能なもの
・電池
・大きな骨
・ドリアンの殻
・スイカの皮
・卵の殻
・魚介類の殻
・スープ、カレーなどの液体
・生分解性でないもの(プラスチック、木、紙、金属、ゴム)

持ち込まれた生ゴミでアメリカミズアブの幼虫を養殖し、幼虫をティラピアの餌にするとともに、昆虫生産残渣(Frass)を野菜の肥料にすることが行われます。

ティラピアの養殖池(Tilapia Fish Farm(Aquaculture))

タンパニーズ公園内の小さな池ではティラピアが養殖されています。養殖池では次のような作業が行われています*7)。

・池の清掃、フィルターマットによる藻の除去
・ポンプとUVライトの設置
・ティラピアの稚魚の順化(Acclimatising)
・水質検査
・ティラピアの稚魚の放流

垂直型ハイテク農園(Vertical High-Tech Farm)

タンパニーズ公園のすぐ南にある、HDBタンパニーズ146号棟の壁面に垂直型ハイテク農園が設置されています。地上から住棟の3階レベルにかけて4段の棚が設けられ、野菜にライトがあてられているのが見えます。

垂直型ハイテク農園では次のような技術が用いられています*8)。

■IoT、コンピューティング、人工知能
・リアルタイムのモニタリングのための、IoTによる完全自動化
・機械学習とビッグデータによるトレンド・統計管理
・スマート販売(Smart Vending)、無人販売
・ロボット、ARによる次世代のEコマース

■気象ステーション
・温度、微気候センサーを用いたリアルタイムの気象情報の把握によるデータ収集、灌漑・遮光のアシスト

■最先端の施肥(fertigation)
・作物の収穫量を最適化し、無駄を省くための正確な施肥

■マイクロドリップ・テクノロジー(Micro-drip technology)
・水の無駄を省く正確な水の利用

掲示には葉物類(Lettuce、Sharp Bayam Spinach、Red Bayam Spinach、Nai Bai)の絵が描かれていました。


タンパニーズ公園における取り組みは、まだパイロット的なもののようでしたが、団地を食の生産地にするという興味深く、今後どのように展開されるのか注目したいと思います。

また、住民が参加するかたちとして次のことに気づきました。千里ニュータウンでも、例えば、新千里北町の北丘小学校で「畑のある交流サロン」という取り組みが行われています。住民が、北丘小学校内で野菜を育て、収獲した野菜を皆で食べたり、「つつじマルシェ」という地域の行事の景品としたりされたりと、農作業への参加を契機として住民の関係を築くことが行われています。これに対して、タンパニーズ公園における住民の参加は生ゴミ(食品廃棄物)をアメリカミズアブの養殖施設に持ち込むというもの。住民の関係を築くことではなく、持続可能なかたちで食を生産すること自体にに焦点があてられています*9)。どちらが好ましいというわけではありませんが、このことからも、シンガポールでは食の生産が大きなテーマになっていることが伺えます。


■注

  • 1)タンパニーズ公園に設置されていた掲示板「SINGAPORE’S FIRST COMMUNITY-BASED CIRCULAR ECOSYSTEM FOR SUSTAINABLE FOOD PRODUCTION」より。
  • 2)Frassとは「昆虫に与えた餌料の残りや排泄物、脱皮粕などを含む昆虫生産時に生じる残渣」のこと。動物栄養学研究室「昆虫生産残渣(FRASS)」のページより。
  • 3)Wikipedia「アメリカミズアブ」のページより。
  • 4)Fishing Japan「ティラピアって美味しいの?日本でも釣れる「ティラピア」の味や釣り方を解説します。」(2022年6月8日更新)のページより。
  • 5)動物栄養学研究室「昆虫生産残渣(FRASS)」のページより。
  • 6)養殖施設壁面の掲示より。
  • 7)ティラピアの養殖池に設置されていた掲示板「TILAPIA FISH FARM(AQUACULTURE)」より。
  • 8)垂直型ハイテク農園に設置されていた掲示板「VERTICAL HIGH-TECH FARM」より。
  • 9)ただし、タンパニーズ公園には、ここで紹介した取り組みとは別に住民が管理するコミュニティ・ガーデンがある(アメリカミズアブの養殖施設の向かいに位置している)。