シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいます。近年、HDBが開発する街(HDBタウン/ニュータウン)に、巨大な複合施設が開かれています。
ここで紹介するアワ・タンパニーズ・ハブ(Our Tampines Hub:OTH)もその1つ。パブリック・サービスの窓口、図書館、劇場、スーパーマーケット、飲食店などに加えて、5,000人収容のサッカースタジアムもある、シンガポール最大の複合施設です。
「2017年8月6日、アワ・タンパニーズ・ハブ(Our Tampines Hub)が正式にオープンしました。シンガポール初のコミュニティとライフスタイルを統合したハブで、各種のスポーツ施設、地域図書館(regional library)、ホーカー・センター、パブリック・サービス・センター、シアター(Festive Arts Theatre)をはじめ、住民や来訪者にとって、便利で、楽しめる施設が1つ屋根の下に入居しています。」 ※HDBの「Tampinesのページに記載内容の翻訳
(アワ・タンパニーズ・ハブ)
目次
タンパニーズ(Tampines)
シンガポール東部に位置するタンパニーズは、1970年代後半からHDBによる開発が進められてきました。HDBギャラリーの展示によれば、タンパニーズに最初のHDBプロジェクトが完成したのは1981年で、HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」(Mature estate)に分類。2018年時点の統計では、HDBの居住者数が232,700人(27の団地の中で3番目に多い)、面積は1,200ha(27の団地の中で3番目に大きい)と規模の大きな街となっています。さらに、近年でもタンパニーズ・ノースでは大規模な開発が進められています。
(タンパニーズ・ノースのサン・プラザ・パーク周辺の開発)
アワ・タンパニーズ・ハブ(Our Tampines Hub)
アワ・タンパニーズ・ハブは、MRTのタンパニーズ駅から歩いて10分ほどのところに位置しています。すぐ西にはタンパニーズ・セントラルパークがあります。
(アワ・タンパニーズ・ハブからタンパニーズ・セントラルパーク)
アワ・タンパニーズ・ハブは2017年8月6日にオープン。住民中心主義(resident-centricity)、資源とインフラの最適化(ptimisation of resources and infrastructure)、住民参加によるコミュニティ・オーナーシップの奨励(encouraging community ownership through resident engagement)という3つの原則に基づいて開発されたもので、このうち住民中心主義に関しては、設計プロセスにおいて5つの「E」が採用されたということです*1)。
- Engage(巻き込む):ソーシャルメディア、フォーカス・グループ、ブロック・パーティーなどを通して、ステークホルダーと住民の双方向の交流の機会を設ける。
- Enrich(豊にする):プロジェクトチームとコミュニティとの情報交換により、コミュニティにとっての短期的な不都合を、長期的な利益につなげるようにマネジメントする。
- Empathy(共感する):コミュニティーの願望に敏感になり、意識的になることで、集団的なニーズや欲求を優先する。
- Empower(エンパワーメントする):このような規模の開発を長期的に維持するためには、住民の参加を通したオーナーシップを醸成する必要がある。
- Evaluate(評価する):継続的に改良するために、常に現状を把握し、住民と関わる継続的なプロセスをもつ。
※People’s Associationの「About Our Tampines Hub」のページに記載内容の翻訳
アワ・タンパニーズ・ハブのフロア構成をみると、様々な機能が複合した、規模の大きな施設であることがわかります。
□7階:○体育館(Gymnasium)
□6階:○スイミング・プール(6つの専用プール)、
□5階:○エコ・コミュニティ・ガーデン(Eco-Community Garden)、○Wormery(ミミズ(worm)による有機肥料の生産)、○ジョギング・トラック(全長1km超、ロッカーやシャワー施設も備える)、○スカイ・ガーデン(Sky Garden:ムスリム専用のバーベキュー・ピットも備える)
□4階:○卓球ゾーン、○チル・ゾーン(Chill Zone:勉強をしたり、息抜きをしたりできる場所)、○pace(ボランティア活動のためのスペース)、○シニア・ケア・センター、○ActiveSG・アクティビティ・ルーム(ActiveSG Activity Room:フィットネススタジオ)
□3階:○キッズ・インドア・プレイグラウンド、○コミュニティ・オーディトリアム(Community Auditorium:バトミントンコートは20面をとることができるシンガポール最大の屋内バドミントン施設)、○ウェルネス・センター(最新の調理器具やレクリエーション機器を備える)、○ヘルス・ラボ(Health Lab)、○タンパニーズ家庭医療クリニック(Tampines Family Medicine Clinic)、○HomeTeamNS、○コミュニティ・ヘルス・センター(チャンギ総合病院が運営、慢性疾患の患者に包括的なケアを提供する)
□2階:○ビジターセンター、○コミュニティ・クラブ(※1階〜3階)、○タンパニーズ地域図書館(Tampines Regional Library ※2階〜6階)、○アワ・タンパニーズ・ギャラリー(Our Tampines Gallery ※図書館内)、○チームスポーツ・ホール(フロアボール、ハンドボール、バレーボール、バスケットボール、セパタクローを行うことができる1,800人収容のホール)、○ロッククライミング(Rock Wall Climbing)、○スカイ・テラス(Sky Terrace)、○フェスティブ・アート・シアター(Festive Arts Theatre)
□1階:○13の機関によるパブリック・サービス・センター、○フェスティブ・ウォーク(Festive Walk:24時間/365日開放されている全長250mの大通り)、○フェスティブ・プラザ(Festive Plaza)、○タウン・スクエア(Town Square:FIFA認定のプロ用にも使える5,000人収容のサッカースタジアム)、○ゲート1(Gate 1:スポーツ愛好家、カジュアルフィットネス参加者などのための場所)、○セントラル・プラザ(12,000m2のアトリウム)、○ホーカー・センター(Hawker Centre:40以上の屋台が出店し800の座席がある)、○アリーナ@OTH(Arena@OTH:フットサルコート2面、インラインホッケーコート1面、テニスコート4面を備えた住民のためのスポーツ施設)
□地下1階:○フェスティブ・モール(Festive Mall:スーパーマーケット、24時間営業の店舗を含めて、100以上の店舗が営業するモール ※地下1〜地上1階)、○ボーリングセンター、○フェスティブ・プレイ(Festive Play:7歳以下の子どもの遊び場)、○Eco-Digester Centre(食品廃棄物の処理施設)
※『OUR TAMPINES GUIDE: HUB GUIDE』(2023年7月18日改訂版)より作成
(フェスティブ・ウォーク)
(フェスティブ・プラザ)
(タウン・スクエア)
(ホーカー・センター)
(卓球ゾーン)
(エコ・コミュニティ・ガーデン)
(5階の通路を巡回するジョギング・トラック)
(スカイ・ガーデンのバーベキュー・ピット)
アワ・タンパニーズ・ハブを訪れた印象
千里ニュータウンには、アワ・タンパニーズ・ハブのような規模の施設はありませんが、あえて千里ニュータウンに当てはめれば、千里中央、南千里、北千里の地区センターに該当すると言えるかもしれません。
アワ・タンパニーズ・ハブを訪れ、特に千里ニュータウンと比較した時に、次の3点が印象に残っています。
無料で座れる場所が多数あること
千里中央地区では、例えば、ちょっとした打ち合わせをしたい時に座れる場所が少ない印象を受けます。チェーン店を含めてカフェもいくつかありますが、混雑していることが多く、もちろん無料で座ることはできません。千里文化センター・コラボの2階、あるいは、千里図書館(千里文化センター・コラボ内)には無料で座れる場所がありますが、混雑していることが多い。屋外では、せんちゅうパルの南広場に置かれたベンチは貴重ですが、千里中央地区という規模に比べると数が少ないように思います。
アワ・タンパニーズ・ハブを訪れてまず感じたのは、座れる場所が豊富にあること。フェスティブ・ウォーク、フェスティブ・プラザにもうけられた各フロアの通路が広く作られており、無料で座れる場所が多数もうけられています。ここでは、食事をしたり、話をしたりしている人だけでなく、勉強をしたり、ノートパソコンで作業をしている人も見かけます。
アワ・タンパニーズ・ハブの2〜6階にあるタンパニーズ地域図書館(Tampines Regional Library)にも座れる場所が多数もうけられています。シンガポールには、国立図書館庁(National Library Board:NLB)が運営する公共図書館(Public Library)が27館あります*2)。27館のうち、タンパニーズを含めて4館は日本の都道府県立図書館に相当する規模の地域図書館(Regional Library)という位置づけ*3)。訪れた時、テーブルのある席は、勉強したり、ノートパソコンで作業をしたりしている人でほぼ満席でしたが、階段状の空間など様々なタイプの座れる場所がもうけられていることが印象に残っています。
(各フロアの通路部分に座れる場所がもうけられている)
(タンパニーズ地域図書館)
アワ・タンパニーズ・ハブ内での機能の連携
アワ・タンパニーズ・ハブは様々な機能を備えた施設ですが、それぞれの機能は独立しておらず、アワ・タンパニーズ・ハブ内での連携がされています*4)。
例えば、地下1階にあるEco-Digester Centreでは、ホーカー・センター、カフェ、スーパーマーケットから排出される約1.4トン/日の食品廃棄物が処理されており、処理によって生まれる有機肥料や水は、エコ・コミュニティ・ガーデンやアワ・タンパニーズ・ハブ内の植栽の肥料に用いられるなど、持続可能な循環型の食品廃棄物管理システム(sustainable closed loop food waste management system)が実現されている。毎月最終日曜日には、エコ・コミュニティ・ガーデンで有機肥料のプレゼントも行われています。エコ・コミュニティ・ガーデンで収穫された野菜は、コミュニティへの還元として、コミュニティ・キッチンにおける料理教室で利用されているということです。
3階には、人民協会(Poeple’s Association)が運営するウェルネス・センター、ヘルス・ラボ、タンパニーズ家庭医療クリニックといった健康や医療に関わる機能が集まっています。コミュニティ・クラブのファンクションルームや趣味のグループルームは、1階〜3階の各所に配置。タンパニーズ地域図書館内の2階には、料理スタジオがもうけられています。
組織の縦割りを越えて、様々な機能を組み合わせることができること。これこそが「複合」施設の魅力なのだと改めて気づかされます。
街の歴史を伝えるギャラリー
タンパニーズ地域図書館の2階、入口のすぐ脇には、アワ・タンパニーズ・ギャラリー(Our Tampines Gallery)という、街の歴史を伝えるギャラリーがあります。展示は国家遺産局(National Heritage Board)とのコラボレーションによるもので、住民の多くの思い出が紹介されているのが印象に残っています。写真、本、テレビ、ラジオ、ミシンなど昔の電化製品に加えて、HDBが開発した住宅に入居するための書類も見かけました。
このギャラリーは、タンパニーズの歴史的な場所を巡るタンパニーズ・ヘリテージ・トレイル(Tampines Heritage Trail)の一部として位置づけられており*5)、ギャラリーでは街歩きマップが掲載されたパンフレットも置かれていました。
(アワ・タンパニーズ・ギャラリー)
人工的に作られたニュータウンはしばしば歴史のない街だと見なされることがありますが、タンパニーズでは、ニュータウン自体の暮らしを歴史として、継承する試みがなされています。
■注
- 1)People’s Associationの「About Our Tampines Hub」のページより。
- 2)27館は国立図書館庁(NLB)の「Our Libraries and Locations」のページで、「Public Libraries」としてあげられている図書館。このページには27館の「Public Libraries」以外に、National Library/Lee Kong Chian Reference Library(シンガポール国立図書館)、National Archives of Singapore(シンガポール国立公文書館)、Singapore Botanic Garden’s Library(シンガポール・ボタニック・ガーデン図書館)、The LLiBraryの4館も掲載されている。The LLiBraryは国立図書館庁(NLB)とSkillsFuture Singapore(SSG)の共同で運営されており、成人向けの資料を中心に提供する図書館である。
- 3)宮原志津子(2014)によれば、地域図書館(Regional Library)は日本の都道府県立図書館に、公共図書館(Public Library)は日本の市区町村立図書館に相当する。
- 4)『OUR TAMPINES GUIDE: HUB GUIDE』(2023年7月18日改訂版)より。
- 5)『OUR TAMPINES GUIDE: HUB GUIDE』(2023年7月18日改訂版)より。
■参考文献
- 宮原志津子(2014)「シンガポールの新図書館情報政策:コミュニティーにおける公共図書館の役割」・『情報管理』Vol.57, No.7