『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

再開発が進む街におけるHDBの集合住宅群@シンガポール・クイーンズタウンのドーソン

クイーンズタウンは、シンガポールで最初の「サテライト・タウン」(satellite town)として1950年代にシンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)によって開発が始められ、1960年以降は後を引き継いだHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)によって開発されてきました*1)。HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」に分類。その後、1990年代から2000年代にかけて再開発が始められています。

「クイーンズタウンの物語
1953年9月27日、シンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)のイギリス人職員が、1年前に行われたエリザベス女王(エリザベス2世)〔在位:1952年2月6日~〕の戴冠式を記念して、この新しい街にエリザベス女王の名をつけたことから、クイーンズタウンの物語は始まります。この植民地の郊外は、SITがチャイナタウンの過密化を解消するために始めた最も野心的なプロジェクトでした。
リドウト通り(Ridout Road)、タングリン通り(Tanglin Road)、アレクサンドラ通り(Alexandra Road)、ホランド通り(Holland Road)、マレー鉄道に囲まれたこの自己完結型の土地には、7,000人が住む1万1000戸のアパート(apartment flats housing)があり、プロジェクトの費用は約8000万ドルでした。
・・・・・・。1960年2月、住宅開発局(HDB)が、植民地政府のSITを引き継ぐと、5つの計画されていた近隣住区(neighbourhood)のうち、近隣住区1(プリンセス・エステート:Princess Estate)、近隣住区2(ダッチェス・エステート:Duchess Estate)、近隣住区5(クイーンズ・クレセント:Queens’ Crescent)の3つの近隣住区で工事が開始されました。理事会は、さらにメイ・リン(Mei Ling)とブオナ・ヴィスタ(Buona Vista)の2つの近隣住区を追加しました。」
※『MY QUEENSTOWN Heritage Trail』April 2014の記載内容の翻訳。

HDBはパブリック・ハウジングを供給しており、日本でいうUR(都市再生機構)に相当する組織。現在、シンガポールの国民の約8割がHDBの住宅に住んでいます。

千里ニュータウンは、1962年から入居が始まった日本で最初の大規模ニュータウンで、2000頃から再開発が始められており、クイーンズタウンとは共通する点があるように思います。ここでは、URに相当するHDBが、再開発が進む街でどのような集合住宅を建設しているかをご紹介したいと思います。


ご紹介するのは、クイーンズタウン内のドーソン(Dawson)。ドーソンは、かつてプリンセス・エステート(Princess Estate)とダッチェス・エステート(Duchess Estate)と呼ばれていた近隣住区(neighbourhood)で*2)、2007年に開始されたHDBのROH(Remaking Our Heartland:リメイキング・アワ・ハートランド)というプログラムにより大規模な再開発が行われてきました*3)。

現在(2022年5月時点)、ドーソンには「スカイ○○○@ドーソン」(Sky○○○@Dawson)と名付けられた5つHDBの集合住宅が完成。いずれも40階以上と超高層で、戸数が1,000戸に近い非常に大規模な集合住宅です。パブリック・ハウジングというと画一的な住棟が並ぶイメージを持たれるかもしれませんが、いずれの集合住宅も特徴的なかたちで、画一的な住棟という団地のイメージを払拭する集合住宅になっています。

(右からスカイヴィル@ドーソン、スカイテラス@ドーソン、スカイパーク@ドーソン)

(左手前がスカイパーク@ドーソン、隣がスカイテラス@ドーソン、右手前がスカイヴィル@ドーソン)

(左がスカイオアシス@ドーソン、右がスカイレジデンス@ドーソン)

スカイヴィル@ドーソン(SkyVille@Dawson)

  • 竣工年:2016年
  • 住棟数:3棟
  • 階数(最高階):46階
  • 戸数:960戸*4)

再開発で最初に完成した集合住宅の1つで、菱形のかたちをした住棟を3つ並べた形態が目を引きます。
最上階の47階は300mのウォーキングコースのあるルーフ・ガーデン(Roof Garden)として一般に公開。3階、14階、25階、36階の11階ごとにスカイ・ガーデン(Sky Garden)がもうけられています。
スカイヴィル@ドーソンでは、1つの住棟の11階分の80戸をスカイ・ヴィレッジ(Sky Village)というコミュニティの単位と設定され、1つのスカイ・ヴィレッジが1つのスカイ・ガーデンを共有しています。そして、スカイ・ヴィレッジを縦方向に3つ(1つの住棟で80×4=320戸)、横方向に3つ(全体で320×3=960戸)つながった構成になっています。
菱形のかたちをした住棟の内側は吹き抜けになっており、内廊下が全くない平面構成になる工夫もされています*5)。

アレクサンドラ運河ライナー・パーク(Alexandra Canal Liner Park)という緑道に面する住棟の南側には立体駐車場、飲食店が集まるイーティング・ハウス(Eating House)。立体駐車場の1階にはスーパーマーケットなどの店舗、医療機関などが入居し、屋上は緑化された公園になっています。また、住棟の北側にも公園がもうけられています。
スカイヴィル@ドーソンでは、かつてのクイーンズタウンの暮らしを描いたミューラル(壁画)により街の歴史を継承する試みも行われています。

スカイテラス@ドーソン(SkyTerrace@Dawson)

  • 竣工年:2016年
  • 住棟数:5棟
  • 階数(最高階):43階
  • 戸数:758戸*6)

再開発で最初に完成した集合住宅の1つで、特徴的なファサードをもつ超高層の住棟5棟が、スカイテラス(Sky Terrace)で連結されたかたちになっています。
スカイテラス@ドーソンでは多世代での生活を実現するためのパイロット的な仕組みが採用され、親世代と結婚した子ども世代が隣り合う住戸を購入ができるようになっています。2つの住戸は別の住戸としてデザインされますが、相互に行き来するためのドアがあり、プライバシーを保ちながらの近居を実現することが考えられています*7)。

立体式の駐車場の屋上は緑化された公園。アレクサンドラ運河ライナー・パーク(Alexandra Canal Liner Park)という緑道に面する住棟の南側にも大きなオープンスペースがもうけられており、一画には舞台のようなコーナー。オープンスペースに面した通路部分には、昔の写真が展示されています。

スカイパーク@ドーソン(SkyParc@Dawson)

  • 竣工年:2021年
  • 住棟数:3棟
  • 階数(最高階):43階
  • 戸数:810戸*8)

ドーソンに新たに完成した集合住宅で、超高層の3棟から構成。他の集合住宅と同様、立体駐車場の屋上は緑化されています。1階にはコンビニ(セブン・イレブン)、カフェ、幼稚園(Pre-school)などもあります。

スカイパーク@ドーソンで特徴的なのは住棟の南側、スカイテラス@ドーソンとの間に、エコ・コリドール@ドーソン(Eco-Corridor@Dawson)という緑の遊歩道が整備されていること。先に紹介したカフェ、幼稚園(Pre-school)もこの遊歩道沿いにあり、スカイテラス@ドーソンからも遊歩道に出ることができるようになっています。遊歩道には、生態系への配慮として、鳥の巣箱(Nest Box)、鉢の巣箱(Drilled Log Bee Hotel)が所々に設置されています。

スカイオアシス@ドーソン(SkyOasis@Dawson)

  • 竣工年:2021年
  • 住棟数:6棟
  • 階数(最高階):45階
  • 戸数:1,192戸*9)

ドーソンに新たに完成した集合住宅で、1,192戸という非常に大規模な集合住宅。住棟は中庭を囲むように配置され、住棟の14階と35階にはスカイ・テラス(sky terrace)がもうけられています。

立体駐車場の屋上は緑化された公園になっています。既に入居は始まっていますが、共用空間はまだ工事が行われており、アレクサンドラ運河ライナー・パークに面する住棟南側には店舗や共用施設が入る建物が建設中です。

スカイレジデンス@ドーソン(SkyResidence@Dawson)

  • 竣工年:2021年
  • 住棟数:8棟
  • 階数(最高階):47階
  • 戸数:1,217戸*10)

再開発でドーソンに完成した集合住宅の中で、最も規模の大きい1,217棟の集合住宅。S字を組み合わせたように配置された超高層の8棟の住棟が、27階のスカイ・テラス(sky terrace)によって結びつけられるという特徴的なかたちになっています。27階のスカイ・テラスにはベンチが置かれ、子どもの遊び場、フィットネスのためのコーナーももうけられています。

既に入居は始まっていますが、共用空間はまだ工事が行われています。スカイレジデンス@ドーソンの特徴として、かつての市場の建物が新たな商業施設としてリノベーションされるということです*11)。他の集合住宅と同様、立体駐車場の屋上は緑化された公園になっています。


スカイテラス@ドーソン、スカイヴィル@ドーソン、スカイオアシス@ドーソンの南側には、アレクサンドラ運河ライナー・パーク(Alexandra Canal Liner Park)と呼ばれる緑道が通っています。MRTのクイーンズタウン駅付近からアレクサンドル運河の西端までをつなぐこの緑道には、所々にベンチが置かれたり、子どもの遊び場やフィットネス・コーナーがもうけられており、公園の中を歩いているような感じがする場所。*12)通学、通勤、買い物、散歩、ジョギング、サイクリングなど、多くの人々の姿を見かけます。

ドーソンの再開発においては「公園の中に住まう」(Housing in a Park)というテーマが掲げられています*13)。これは、HDBのそれぞれの集合住宅の敷地内を緑化するだけにとどまらず、集合住宅の共用空間をアレクサンドラ運河ライナー・パークに開き、つなげることによって、街全体で1つの大きな公園(緑のネットワーク)を作り出すことが考えられているように感じます。さらに、この大きな公園においては、街の歴史を思い起こさせる工夫がされていることも興味深いです。

なお、アレクサンドラ運河ライナー・パークに沿って、民間のコンドミニアムも建設されていますが、民間のコンドミニアムの敷地はゲートで囲まれている(ゲーティッド・コミュニティになっている)ため、敷地内には自由に出入りすることができません。敷地に自由に出入りできるか否かが、HDBの集合住宅と民間のコンドミニアムの違いの1つです。


■注

  • 1)「サテライト・タウン」(satellite town)の表記はHDBの「Queenstown」のページで用いられている。
  • 2)クイーンズタウンにはプリンセス・エステート(Princess Estate)とダッチェス・エステート(Duchess Estate)を含めて7つの近隣住区(neighbourhood)がある。『MY QUEENSTOWN Heritage Trail』April 2014より。
  • 3)ハートランド(Heartland):オーチャード・ロードとビジネス街の外側のエリア(郊外)を指し、HDBの団地が建ち並んでいる。
  • 4)竣工年、住棟数は99.coのページより。階数、戸数はHISTORY SG「SkyVille@Dawson and SkyTerrace@Dawson are launched」のページより。
  • 5)WOHA「SkyVille @ Dawson」のページより。
  • 6)竣工年、住棟数は99.coのページより。階数、戸数はHISTORY SG「SkyVille@Dawson and SkyTerrace@Dawson are launched」のページより。
  • 7)HDB「Dawson Today and Tomorrow」のページより。
  • 8)住棟数、階数、戸数は99.coのページより。竣工年はBTO HQのページより。
  • 9)住棟数、階数、戸数は99.coのページより。竣工年はBTO HQのページより。
  • 10)住棟数、階数、戸数は99.coのページより。竣工年はBTO HQのページより。
  • 11)HDBによるMyNiceHome「MyNiceHome Roadshow for SkyResidence @ Dawson」のページより。
  • 12)公園の中を歩くような感じは、日本のニュータウンにおける緑道の原点となった千里ニュータウン新千里東町の歩行者専用道路であるこぼれび通りと似ている。新千里東町の歩行者専用道路も「美しい庭園の中を通る」ようにすることが考えられて設置されたものである。
  • 13)HDB「Dawson Today and Tomorrow」のページより。