千里ニュータウンは2000年代移行、急速に再開発が進められています。特に千里中央地区については、千里センタービル、千里公民館、よみうり文化センターは既に再開発が完了。千里セルシー、オトカリテ（旧・大丸ピーコック）は再開発に向けて既に閉鎖。そして、千里阪急、千里阪急ホテルは、既に閉鎖した千里セルシーとあわせて一体的に再開発される計画が発表されています。これにより、千里中央地区の中心部の大半が再開発により姿を変えることになります。
再開発には良い面があるとしても、人工的に作られたニュータウンにも歴史がある。その歴史をどのように継承すればよいのか。「千里グッズの会」、そして、「ディスカバー千里」の活動を通してこのようなことを考えるようになりました。
このような問題意識から世界のニュータウンを訪れ、例えば、アメリカのグリーンベルトやレヴィットタウン、イギリスのレッチワース、ミルトン・キーンズなど、欧米のニュータウンでは街の歴史を継承するためのコミュニティ・ミュージアムが開かれたり、街の歴史を継承するための活動が行われているのを知りました。ただし、欧米のニュータウンや計画住宅地（Planned Community）では再開発がほとんど行われていないため街の景色は大きく変わっておらず、再開発によって姿が急激に変わっていく千里ニュータウンとは状況が違うということも感じてきました。
こうした中で、シンガポールは千里ニュータウンと似た状況にあることを知り、街の歴史をどうやって継承するかについて学べることがあるのではないかと思うようになりました。
スカイレジデンス＠ドーソン
クイーンズタウンのドーソン
ここでご紹介するスカイレジデンス＠ドーソン（SkyResidence@Dawson）は、クイーンズタウン（Queenstown）のドーソン（Dawson）に建設された集合住宅です。
クイーンズタウンは、シンガポールで最初の「サテライト・タウン」（satellite town）として1950年代にシンガポール・インプルーブメント・トラスト（Singapore Improvement Trust：SIT）によって開発が始められ、1960年降は後を引き継いだHDB（Housing and Development Board：住宅開発庁）によって開発されてきました。HDBはパブリック・ハウジングを供給しており、日本でいうUR（都市再生機構）に相当する組織。現在、シンガポールの国民の約8割がHDBの住宅に住んでいます。
クイーンズタウンは1990年代から2000年代にかけて再開発が始められましたが、特に大規模な再開発が進められているのがドーソンと呼ばれるエリア。ドーソンは、2007年に開始されたHDBのROH（Remaking Our Heartland：リメイキング・アワ・ハートランド）というプログラムにより大規模な再開発が進められてきました*1）。
現在（2023年9月時点）、ドーソンにはスカイレジデンス＠ドーソン（SkyResidence@Dawson）を含めて、「スカイ○○○＠ドーソン」（Sky○○○@Dawson）と名付けられた5つHDBの集合住宅が完成。いずれも40階以上と超高層で、戸数が1,000戸に近い非常に大規模な集合住宅です。HDBの集合住宅の他、超高層のコンドミニアムも建設されています。
（スカイヴィル＠ドーソン）
（写真右手前の白い建物がスカイオアシス＠ドーソン）
スカイレジデンス＠ドーソン
スカイレジデンス＠ドーソン（SkyResidence@Dawson）は、2021年に竣工。47棟の住棟を含む47棟からなる1,217戸の大規模で、超高層の集合住宅*2）。
（スカイレジデンス＠ドーソン）
超高層の8棟の住棟が、27階レベル、及び、2～8階レベルのスカイ・テラス（sky terrace）によって結びつけられるという特徴的な形態をしています。スカイ・テラスは開放されており、ベンチが置かれたり、子どもの遊び場、フィットネスのためのコーナーがもうけられたりしています。
（スカイテラス）
スカイレジデンス＠ドーソンの敷地には、かつてのウェットマーケット（Commonwealth Avenue Wet Market）の建物をリノベーションしたマーガレット・マーケット（Margaret Market）と呼ばれる商業施設が開かれています。マーガレット・マーケットにはカフェ、レストラン、バーをはじめ、スーパーマーケット、トレーニングジムなどが開かれ、訪れた時は多くの人が過ごしていました。
クイーンズタウンは大規模な再開発が行われているものの、街にとって重要な建物は保存されていることがわかります。
（マーガレット・マーケット）
（マーガレット・マーケットの隣の広場）
ヘリテージ・ギャラリー／ヘリテージ・メーカー
スカイレジデンス＠ドーソンでは、ウェットマーケットの建物が保存されているのに加えて、歴史にまつわる展示がされています。
スカイレジデンス＠ドーソンの車寄せの近くには、ヘリテージ・ギャラリー（Heritage Gallery at SkyResidence@Dawson）という歴史の展示がされています。
展示の説明文には、この場所はかつてクイーンズタウンのタウンセンター出会ったこと、ウェットマーケット、図書館などクイーンズタウンのいくつかの建物は保存されること*3）、スカイレジデンス＠ドーソン内にこれらの建物の情報を紹介するヘリテージ・マーカー・トレイル（Heritage Maker Trail）をもうけていることが書かれています。
展示には、「1950〜1960」、「1960〜1970」、「1970〜1980」の3つの時代に分けて、買い物袋、映画館のチケット、学校のレポートブック、運転免許証の写真が掲載されています。これらは、2008年にHDBがドーソンを対象に実施したROGプログラムにおいて、住民が思い出の物として共有されたものだということです。
（ヘリテージ・ギャラリーの展示）
ヘリテージ・ギャラリーの説明に書かれている通り、スカイレジデンス＠ドーソン内には、ヘリテージ・メーカー（Heritage Maker）として、1階レベルに4ヶ所、2〜8階レベルのスカイテラスに5ヶ所のあわせて9ヶ所、街の歴史を紹介する9つの看板が立てられており、これを巡ることで街の歴史を知ることができるようになっています。
□ヘリテージ・メーカー＠1階
（A）クイーンズタウン・ヘリテージ・ストーリー（QUEENSTOWN HERITAGE STORY）
（B）旧・ウェットマーケット（FORMER COMMONWEALTH AVENUE WET MARKET）
（C）旧・映画館＆ボーリング場（FORMER CINEMA & BOWLING ALLEY）
（D）旧・タウンセンター（FORMER QUEENSTOWN TOWN CENTRE）□ヘリテージ・メーカー＠スカイテラス
（E）旧・ポリクリニック（FORMER POLYCLINIC）
（F）旧・ゴールデンシティ＆映画館（FORMER GOLDEN CITY & VENUS CINEMAS）
（G）スターリングロードの45・48・49号棟（BLOCK 45, 48 & 49 STIRLING ROAD）
（H）スポーツセンター（QUEENSTOWN SPORTS CENTRE）
（I）図書館（QUEENSTOWN LIBRARY）
それぞれのヘリテージ・メーカーは、保存されている建物の近く、あるいは、保存されている建物が見渡せる場所に設置され、実際の建物を目にしながら、それにまつわる歴史を知ることができる工夫がされています。
（ウェットマーケットのヘリテージ・メーカー）
（保存される図書館の建物）
（図書館のヘリテージ・メーカー）
（保存されるポリクリニックの建物）
（ポリクリニックのヘリテージ・メーカー）
（写真右下のグレーの住棟がスターリングロード45・48・49号棟）*4）
（スターリングロード45・48・49号棟のヘリテージ・メーカー）
シンガポールのクイーンズタウンでは、重要な建物が保存され、その建物にまつわる歴史が掲示されている。
千里ニュータウンにも様々な工夫がされた集合住宅の住棟、有名な建築家が設計した建物、住民の日常生活に不可欠な近隣センターの建物など、街の歴史を伝える建物は多数ありました。けれども、再開発によってこれらの建物はどんどん姿を消しつつある。歴史が消され、まっさらな街として作り替えられているような印象を受けます。再開発にも良い面があるとしても、せめて歴史を伝えるパネルを設置するという工夫はできないものかと思わされます。
■注
- 1）ハートランド（Heartland）：オーチャード・ロードとビジネス街の外側のエリア（郊外）を指し、HDBの団地が建ち並んでいる。
- 2）住棟数、階数、戸数は99.coのページ、竣工年はBTO HQのページより。
- 3）保存される場所は、マイ・クイーンズタウン・ヘリテージ・トレイル（My Queenstown Heritage Trail）によってヘリテージとして指定されている。
- 4）この3棟の住棟は、HDBが最初に建設した7階建ての住棟である。
