『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールの街・団地におけるヘリテージ(歴史)にまつわる場所

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいます。

今でもプンゴル(Punggol)、テンガ(Tengah)など新たな街・団地が開発されていますが、同時に、ROH(Remaking Our Heartland:リメイキング・アワ・ハートランド)、NRP(Neighbourhood Renewal Programme:近隣住区リニューアル・プログラム)など、既存の街・団地をリニューアルするプログラムもあります。

これらのプログラムにより、既存の建物がリニューアルされたり、新たな建物が建設されたり、住棟間の空間が整備されたりしていますが、いくつかの街・団地を訪れて気づくのは、ヘリテージ(Heritage)の名をもつ場所がもうけられていることです*1)。具体的には次のような場所です。

イーシュン(Yishun)

イーシュン(Yishun)はダウンタウンの北に位置。HDBの最初のプロジェクトが完成したのが1981年と、約40年前からHDBによる開発が行われています。2007年に発表されたROHで、リニューアルの対象地とされました。

イーシュンは、2007年に発表されたROHで、最初の対象地とされました。ROHによるリニューアルでタウン・センターにヘリテージ・ガーデン@イーシュン(Heritage Garden@Yishun)がもうけられました。2010年5月の完成したこの場所は、シンガポール初の屋外のヘリテージ・コーナーとされています。ベンチ、植栽の間にパネルが設置され、地域の歴史が紹介されています。
イーシュンとセンバワン(Sembawang)にはヘリテージ・トレイル(Heritage Trail)がもうけられており、ヘリテージ・ガーデン@イーシュンもそのスポットの1つと位置づけられています。

NRPによりリニューアルされたHDBの団地には、ニー・スーン・イースト・ヘリテージ・パーク(Nee Soon East Heritage Park)という場所がもうけられており、円柱状のものに地域の歴史を紹介するパネルが設置されています。

ドーソン(Dawson)

ドーソン(Dawson)はMRTのクイーンズタウン(Queenstown)駅の北側のエリア。2007年に発表されたROHで最初の対象地の1つとされ、近年では大規模な再開発が進められています。

ROHによりスカイヴィル@ドーソン(SkyVille@Dawson)、スカイテラス@ドーソン(SkyTerrace@Dawson)という2つのHDBの団地が建設されました。
スカイヴィル@ドーソンでは、地域の歴史を描いた壁画(ミューラル・アート)が、団地内のヘリテージ・ループ(Heritage Loop)、リフレクション・ウォーク(Reflection Walk)、ドーソン・ドアウェイズ(Dawson Doorways)の3ヶ所を中心に設置されています。

スカイヴィル@ドーソン内の通路の壁にも、地域の歴史が展示されています。

また、スカイヴィル@ドーソン、スカイテラス@ドーソンの南側には、MRTのクイーンズタウン駅付近からアレクサンドル運河の西端までをつなぐ遊歩道(アレクサンドラ運河ライナー・パーク/Alexandra Canal Liner Park)が通っています。この遊歩道にはヘリテージ(Heritage)と書かれた掲示が6ヶ所設置されており、地域の歴史が紹介されています。

プンゴル(Punggol)

シンガポールの北東に位置するプンゴル(Punggol)は、1996年に発表されたプンゴル21(Punggol 21)、その後、2007年に発表されたプンゴル21・プラス(Punggol 21-plus)に基づき、現在も開発されている最新のニュータウン。同時に、2007年に発表されたROHで、最初の対象地とされたニュータウンでもあります。

プンゴルでは、ニュータウンとして開発される前のプンゴル・ロードを遊歩道として整備し直し、ヘリテージ・トレイル(Heritage Trail)とする計画が進められています。まだ工事は始められたばかりですが、運河のマイウォーターウェイ@プンゴル(MyWaterway@Punggol)にかかるケロング橋(Keong Bridge)の北側には野生の動植物を紹介するパネルが展示されています。今後、ヘリテージ・ロードは、デジタル地区(Digital District)、プンゴル・ポイント地区(Punggol Point District)を通り抜け、ウォーターフロントのプンゴル・ポイント公園(Punggol Point Park)に到達する計画となっています。

ベドック(Bedok)

ベドック(Bedok)はシンガポールの東部に位置。HDBの最初のプロジェクトが完成したのは1975年と、古くからHDBによる開発が進められてきました。2011年、ベドックを含むイースト・コースト(East Coast)がROHの対象地に選ばれました。

ROHによるリニューアルでタウン・センターにヘリテージ・コーナー(Heritage Corner)がもうけられました。ベンチの間に葉っぱのような形をした掲示板が設置され、地域の歴史が紹介されています。
ヘリテージ・コーナーは、ベドック・ヘリテージ・トレイル(Bedok Heritage Trail)のスポットの1つと位置付けられています。

ピナクル@ダクストン(Pinnacle@Duxton)

ピナクル@ダクストン(Pinnacle@Duxton)は、2009年12月に完成したHDBの大規模な団地。シンガポールにおける象徴的な住宅プロジェクトで、特徴的な形態をしています。
ピナクル@ダクストンの敷地には、1963年に完成した2棟(2ブロック)のHDBの賃貸住宅があったということです。

ピナクル@ダクストンの中庭の一画にヘリテージ・ガーデン(Heritage Garden)があり、パネルによってピナクル@ダクストンや地域の歴史などが紹介されています。

ヘリテージ・ガーデン、ヘリテージ・パーク、ヘリテージ・ループ、ヘリテージ・トレイル、ヘリテージ・コーナーとヘリテージの名を持つ場所がもうけられています。
以上の場所ではパネルなどにより地域の歴史などが紹介されていますが、写真を紹介したように、それほど多くの人が訪れているわけではないように思います。

けれども、例えば、千里ニュータウンの千里中央では、再開発後に歴史を伝える展示がなされることなく、再開発によって歴史が見えにくくなっていることと比べるならば、シンガポールの街・団地の方では歴史が意識的に残されようとしていることが際立つように感じます。


  • 1)HDBハブのギャラリーでは、街や団地を計画する際の6つの新たなポイントの1つとして、ヘリテージが挙げられている。