ニューヨークの郊外住宅地、レヴィットタウンの歴史ミュージアム

今年の秋、アメリカで2つの郊外住宅地を訪問する機会がありました。ニューヨーク郊外のレヴィットタウン(Levittown)と、ワシントンDC郊外のグリーンベルト(Greenbelt)です。
いずれの街にも、街の歴史を記録し、継承するためのミュージアムがありました。入居が始まったのはグリーンベルトが1937年、レヴィットタウンが1947年で、1962年から入居がはじまった千里ニュータウンと大きく時代が離れているわけではありません。こうした郊外住宅地に、街の歴史を記録し、継承していくための仕組みや場所が整えられていること。そして、いずれの街のミュージアムも豪華な建物ではありませんでしたが、地域の方がとても熱心に案内してくださったこと、2つの街を訪問してこれらのことが印象に残っています。以下ではレヴィットタウンについてご紹介したいと思います。


レヴィットタウンはレビット&サンズ社により1947年から1951年にかけて開発された郊外住宅地。大量の住宅を速く建設するためにレビット&サンズ社がとったのがベルトコンベヤー方式。Wikipediaには次のような説明がなされています。

通常の組み立てラインでは、労働者が静止し、製品がラインを移動する。が、レビットの住宅建設では、製品(の家)は移動することができない。そこで、各工程を担当する作業グループを、家から家へ移動させた。プレハブ工法もやめ、事前に組み立ての出来る独自の方式を編み出した。当時登場したばかりの電動工具を使い、素人同然の大工でも作業ができた。重要な部分は事前に工場で作っておいた。また、もっとも手間と金のかかるアメリカ固有の文化「地下室」を廃止しスラブ工法にした。
*Wikipedia「ウィリアム・レヴィット」の項より。

この方式により、レヴィットタウンでは「ケープコッド」、「ランチ」の2種類の住宅が建設されることになります。

レヴィットタウンはマンハッタン島の東、ロングアイランド島にあることは把握していましたが、具体的な位置はわかりませんでした。そこでニューヨークにお住まいの方に住宅地図を確認していただき、ヒックスヴィル(Hicksville)駅の南、6Kmほどの場所にあること、ヒックスヴィル(Hicksville)駅からはタクシーを利用した方がよいことがわかりました。
ペンシルベニア(Pennsylvania)駅からロングアイランド鉄道(Long Island Rail Road)に乗って40分ほどでヒックスヴィル(Hicksville)駅に到着。駅からタクシーに乗り、レヴィットタウンへ。最初に向かったのは歴史ミュージアム(Levittown Historical Museum)。学校だった建物の1階に開かれています(住所は150 Abbey Lane Levittown, NY 11756)。


ミュージアムを運営する歴史協会(Levittown Historical Society)のメンバー、Pさんが中を案内してくださいました。
ミュージアムを入った正面には「ケープコッド」、「ランチ」の2種類の模型(写真左側の模型が「ケープコッド」、右側の模型が「ランチ」)です。
Pさんは、住宅の建設方式について、各工程が2〜3人で行われたこと、部材は工場であらかじめ作られていたこと、当時は工事を担当していた人もこの方法で住宅を建設できるか不安だったことなどの話を聞かせてくださいました。また、最初は全て賃貸だったが、2年後から分譲が始まったこと、大変な人気で売り出しの2日前から大勢の人が並んだこと、そのため、翌日から整理券を発行したことなどの話も聞かせてくださいました。

ミュージアム内には昔の写真や新聞記事を展示したコーナー、当時の家具を使ってリビングやキッチンが再現されたコーナー、マグカップ、絵葉書、塗り絵などのグッズを販売するコーナーなどがありました。

Pさんの話によると、レヴィットタウンのミュージアムは、まち開き50周年がきっかけで開かれたとのこと。
50周年の時、校長先生の「今の子どもたちが、町の昔のことを知ることができるようになればいい」という話を聞き、Pさんはコレクションを作ることを思いついたとのこと。町の人から様々な物の寄付があり、倉庫に集めることでコレクションが膨らんでいった。そうして集めった物にキャプションを付けたり、写真を額に入れたりすることで、正式にミュージアムを開くことになった。Pさんからはこのような話を伺いました。

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ミュージアムを出発する前、Pさんは、建設時のままの姿で残っている「ケープコッド」、「ランチ」の位置を地図に書き込んでくださいました。

町の様子は写真の通り、芝生の庭がある住宅が建ち並んでいます。庭の芝生は奇麗に刈られており、ハロウィンの飾り付けがされている住宅も。この日は平日だったためか、歩いている人、道路を走る車はあまり見かけず静かでしたが、小さな子どもを庭で遊ばせている人を何回か見かけました。道に迷っていると思われ、車で通りかかった人に声をかけられました。その方は、「レヴィットタウンに興味があります」と伝えると、「ミュージアムに行った?」と教えてくださったのですが、このやりとりから、町のことを知りたければミュージアムへ、という形でミュージアムが定着していることが伺えます。

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先程、Pさんが建設時のままの姿で残っていると話された意味が、実際に町を歩いてわかりました。建替えによって当初の住宅が失われたからではありません。住民が様々なかたちで増改築したために、建設時からは大きく姿が変わっているからです。このことについて、次のような指摘がなされています。

一九六八年には町開き二〇周年の記念イヴェントとして、「住宅改造コンテスト」が行われ、多くの住民が思い思いに手を加えたわが家の居心地をアピールした。それぞれのわが家として形や中身を変えたケープ・コッドやランチから成る二〇年後のレヴィットタウンは、もはや「インスタントな町」でも「低級な環境」でもなく、住宅群という点からも世代構成という点からも「画一的」とは呼びようのないコミュニティとなっていた。
*松村秀一『「住宅」という考え方』東京大学出版会 1999年

1時間ほど町を歩いた後、再び、ミュージアムへ。ここからタクシーを呼んだのですが、1時間たってもタクシーは来てくれませんでした。タクシーを諦め近くのバス停まで歩き、路線バスでヒックスヴィル(Hicksville)駅まで戻ることにしました。

レヴィットタウンについては、短期間で大量に建設された住宅からなる町であるにも関わらず、まち開きから60年以上が経過した現在でも寂れることなく、成熟した住環境になっていることに驚かされました。

また、ミュージアムについては個人の思いをきっかけに実現した場所であるという点が印象に残っています。このことはレヴィットタウンのミュージアムだけではありません。今回、アメリカを滞在して同じような話を何度か聞きました。校長先生の話がきっかけとなったレヴィットタウンのミュージアム、1人の人の新聞への投稿がきっかけとなって生まれたグリーンベルト・ミュージアム(Greenbelt Museum)、ロザンヌ・ハガティという女性の思いがきっかけとなって生まれたコモン・グラウンドのザ・タイムズ・スクエア(The Times Square)。興味深い場所の誕生の背景には、個人の思いがあることがわかりました。

(更新:2016年8月25日)