シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。近年でも、HDBは、プンゴル(Punggol)、テンガ(Tengah)、ビダダリ(Bidadari)をはじめ、各地に大規模な団地を開発しています。
近年、HDBが開発する団地の中には住戸数が1,000戸を超える大規模なものもあります。実際に現地を訪れると、規模の大きさに圧倒されますが、同時に、それぞれの団地は、住棟の色、形、配置など個性あるデザインがされていることに気づきます。その中でも、土地の歴史にまつわるものをデザインに用いることで、歴史の継承が試みられているHDBの団地があります。
ここでご紹介するのは、プンゴル・ポイント・クラウン(Punggol Point Crown)、クレメンティ・ノースアーク(Clementi NorthArc)の2つの団地で、いずれも優れたHDBプロジェクトを表彰するHDBアワード2025を受賞しています。
プンゴル・ポイント・クラウン(Punggol Point Crown)
プンゴルは、現在でも開発が進められている街です。プンゴル・ポイント・クラウンは、プンゴルの最北端に位置する団地で、HDBアワード2025の建設賞を受賞しています。
「ニュー・プンゴル・ロードとノースショア・ドライブ沿いに位置するプンゴル・ポイント・クラウンは、6階から26階建ての9棟の住棟からなる、1,545戸のプロジェクトです。このプロジェクトは、幼稚園、遊び場、フィットネス・ステーションなどの共同施設や商業施設に加えて、ヘリテージ・トレイル(Heritage Trail)を特徴としています。
・・・(後略)・・・」
※HDB「HDB Awards 2025」のページの翻訳
ニュー・プンゴル・ロードのバス停近くから敷地に入ったところで、プンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォーク(Punggol North Heritage Walk)の案内板を見かけました。
「プンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォーク(Punggol North Heritage Walk)にようこそ
プンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォークを散策しながら、時間と自然を巡る旅へ。この遊歩道は、1928年から1942年まで人気を博したプンゴル動物園のレガシーを辿るものです。動物園には、かつてエキゾチックな野生動物が展示されていました。遊歩道を散策しながら、雄大な生き物たちの物語、自然の生息地、そして、シンガポールの過去とのつながりを発見してください。
歴史と自然が一体となった没入型の体験を提供するプンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォークへようこそ。遊歩道は、戦前に愛された観光名所であり、多様な動物を飼育していたプンゴル動物園のレガシーを辿ります。遊歩道には、動物園に生息していた魅力的な生き物を紹介する看板が設置されています。看板では、生き物の生息地と、活気ある沿岸コミュニティとして栄えたプンゴルの豊かな過去を紹介しています。
のんびり散歩するもよし、学びの旅をするもよし。ヘリテージ・ウォークは、シンガポールの歴史を垣間見ながら、野生生物のヘリテージを称えるユニークな機会を提供します。遊歩道を楽しみながら、時を遡り、プンゴル動物園の不思議を発見してください!」
※プンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォークの案内板の翻訳
案内板に書かれている通り、プンゴル・ポイント・クラウンの敷地には、かつてプンゴル動物園があり、この団地にはプンゴル動物園の歴史を継承する工夫がされています。
プンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォークは、団地の敷地を東西に走り、ニュー・プンゴル・ロードとプンゴル・ロードを結んでいます。遊歩道沿いには、インドクジャク、アジアゾウ、マレーグマ、マレーバク、ラマ、サンバー(水鹿)、アフリカライオン、カリフォルニアアシカ、ブラックパンサー、オオフラミンゴ、ベンガルトラ、アミメニシキヘビ、オオナガザルを紹介するパネルを見かけました。
団地で見かける動物は、プンゴル・ノース・ヘリテージ・ウォークのパネルだけではありません。住棟の目印が猿、虎、バクのデザインになっています。1階のヴォイド・デッキ(Void Deck)のコミュニティ・リビングルーム(Community Livingroom)の壁面にも、猿、虎、バクの壁画が描かれていました。
敷地内には、動物が描かれた遊具が集められた遊び場。動物園のような感じのする遊び場です。
敷地の一画にある立体駐車場は、5階が屋上庭園になっています。屋上庭園では、動物が描かれた遊具や、野鳥を紹介するパネルを見かけました。
敷地のすぐ西には、プンゴル・ロード(Punggol Road)が走っています。プンゴル・ロードは、将来的には、MRTのプンゴル・コースト駅(Punggol Coast Station)から続くプンゴル・ヘリテージ・トレイルとして整備されることが計画されています。
クレメンティ・ノースアーク(Clementi NorthArc)
クレメンティ(Clementi)は、シンガポールの西部にある街で、HDBの最初のプロジェクトが完成したのが1977年と、早い時期からHDBによる開発が行われてきました。近年、大規模な再開発が行われています。
クレメンティ・ノースアークは、ウル・パンダン川(Sungei Ulu Pandan)沿いにある団地で、HDBアワード2025のデザイン賞を受賞しています。
「ウル・パンダン川沿いに位置するクレメンティ・ノースアークは、12階から40階建ての6棟の住棟からなる、1,200戸のプロジェクトです。3ルーム、4ルーム、5ルーム、3世代向けの住戸が混在しています。このプロジェクトは、既存の近隣住区(neighbourhood)とウル・パンダン川、パーク・コネクター(Park Connector)を統合するという基本理念のもと、入念に設計されています。
クレメンティ・ノースアークは活気ある接続点(vibrant connection point)として機能し、近くの住棟の住民を管区のスペース(precinct spaces)や川岸へと続く緑の歩道で結びつけます。建築的には、モダンなポイント住棟(modern point blocks)の高く優雅なラインと、昔ながらのスラブ式住棟(older slab-style blocks)の水平的な特徴を融合させ、独特でありながら調和のとれたデザインを実現しています。
この敷地はかつてマレー鉄道(KTM)の一部でした。既存の線路は敷地内のトレリス(植物棚)や建築的な特徴として再利用され、地域のヘリテージへの敬意を示すと同時に、この土地の歴史を次世代に伝える役割を担っています。」
※HDB「HDB Awards 2025」のページの翻訳
説明に書かれているように、団地の敷地には、かつて、マレー鉄道(KTM)が走っていました。そのため、マレー鉄道(KTM)の線路の実物が、団地内の様々なところに使われています。
211号棟の前に設置された団地の案内板では、何本かの線路が用いられています。
ウル・パンダン川沿いの遊歩道には、ベンチの背もたれや、ガードレールのようなものに線路が用いられています。地図をみると、この遊歩道のあたりに、かつてマレー鉄道(KTM)の線路が走っていたようです。
クレメンティ・ノースアークには、住棟間の中庭や、住棟周りのオープンスペースが大きくとられており、遊び場やフィットネスコーナーがもうけられています。遊び場、フィットネスコーナー周りのトレリス(植物棚)の一部にも、線路が用いられています。
保育所(Child Care Centre)には、鉄道の形の遊具が置かれていました。
プンゴル・ポイント・クラウン、クレメンティ・ノースアークの2つの団地をみてきました。
動物をデザインのモチーフにしたり、線路を用いたりするという建築的な工夫だけで、土地の歴史を継承できるのか、という疑問があるかもしれません。また、動物園や鉄道はわかりやすいもので、このようなわかりやすいものがない団地はどうするのか、という疑問もあるかもしれません。
この点については、建築的な工夫をすること自体が土地の歴史を継承することでなく、建築的な工夫は土地の歴史を振り返る手がかりになるということだと考えています。その意味で、建築的な工夫は重要ですが、それだけでなく同時に、建築的な工夫がされた場所やものに対して、人がどう関わるのかも重要になる。これは、ニュータウンや計画された街の歴史をどう継承するかに関わる大きなテーマになるため、これからも考えていきたいことですが、シンガポールのHDBでは、このようなかたちでも歴史の継承が意識されていることは興味深いことだと考えています。




















