『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールのプンゴルにおけるヘリテージ・トレイル

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいます。

シンガポール北東部のプンゴル(Punggol)は、現在、HDBが建設を進めているニュータウンで、2000年に最初のHDBのプロジェクトが完成。2017年11月には新世代の近隣センターであるオアシス・テラス(Oasis Terraces)、2022年7月にシーフロントの新世代の近隣センターであるノースショア・プラザ(Northshore Plaza)、2024年9月に複合施設のワン・プンゴル(One Punggol)がオープンしています。

プンゴルの中で、現在開発が進められているのがプンゴル・デジタル地区(Punggol Digital District:PDD)。プンゴル・デジタル地区へのアクセスのために、MRT北東線(North East Line)の延伸が進められ、2024年12月10日、プンゴル・コースト駅(Punggol Coast Station)が開業しました*1)。

プンゴル・デジタル地区は、シンガポール工科大学(Singapore Institute of Technology:SIT)のキャンパスと、JTCコーポレーションのビジネスパークを中核とするシンガポール初のスマート地区(smart district)で、次のような目的が掲げられています*2)。

  • プンゴルの住民のためのコミュニティの遊び場であり、緑の中心(A community playground and green heart for all residents of Punggol)
  • 誰もが容易に移動できる自家用車に依存しない(カー・ライトな)地区(A car-lite precinct that allows everyone to travel with ease)
  • 活気ある経済と学びのハブ(A vibrant economic and learning hub)
  • 産業界と学術界の共有スペースのある試験的な企業地区(A pilot Enterprise District, with shared spaces between industry and academia)

(プンゴル・デジタル地区)

プンゴル・デジタル地区に建ち並ぶシンガポール工科大学(SIT)のキャンパスと、JTCコーポレーションのビジネスパークの巨大な建物は近未来的な印象を受けます。その一方で、街の歴史を継承する取り組みがされていることも、プンゴル・デジタル地区の興味深い点です。それが、プンゴル・ヘリテージ・トレイル(Punggol Heritage Trail)です。

プンゴル・ヘリテージ・トレイル

プンゴル・ヘリテージ・トレイルは、かつてのプンゴル道路(Punggol Road、現在のオールド・プンゴル道路(Old Punggol Road))を再整備した歩行者専用道。南のプンゴル・ウォーターウェイ公園(Punggol Waterway Park)と北のプンゴル・ポイント公園(Punggol Point Park)を結ぶ1.3kmの道で、途中でプンゴル・デジタル地区の中心部を通り抜けます。かつてのプンゴル道路の特徴である起伏に富んだ地形、沿岸林の生態系、既存の緑地などが保全されています。2025年8月23日、プンゴル・ヘリテージ・トレイルの最初の区間として、プンゴル・ノース・アベニュー(Punggol North Ave)と、プンゴル・デジタル地区の中心部を走るキャンパス・ブールバード(Campus Boulevard)の間の400mが一般公開されました*3)。

(キャンパス・ブールバードとの交差点)

(プンゴル・ヘリテージ・トレイル)

(プンゴル・ノース・アベニューとの交差点)

地形や植生の保全に加えて、街の歴史を継承も行われています。1つは、バス停を再現した休憩スペース。往年のオレンジと白のバス停が、実際にバス停があった場所に再現され、休憩スペースとされています。

(昔のバス停を再現した休憩スペース)

もう1つは、街の歴史を紹介するパネル。一般公開された400mの区間には、プンゴルの名前の由来、プンゴル道路、農業の始まり・養豚業、プンゴル動物園(既に閉園になった私設の動物園)という4枚のパネルが設置。また、バス停を再現した休憩スペースにも、プンゴル道路の歴史を紹介するパネルが設置されています。

(街の歴史を紹介するパネル)

最新の街であるプンゴル・デジタル地区が、街の歴史や地形、植生を保全するプンゴル・ヘリテージ・トレイルが組み合わせて計画、開発されていることは、現在の街のあり方を考えるうえで非常に興味深いと感じます。


■注