『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

コワーキング(Co-Working)という働き方:サンフランシスコのコワーキング・スペース

近年、コワーキング(Co-Working)という働き方と、そのためのコワーキング・スペース(Co-Working Space)という場所が生まれています。コワーキング・スペースは独立した個々人が作業スペース、打合せスペース、会議室などを共有するという意味で、見た目にはシェアオフィスのようですが、ココワーキング・スペースとシェアオフィスとは発想が異なる場所。

佐谷恭氏はコワーキング・スペースを次のように説明しています。

「気の置けない仲間がいて、リラックスした雰囲気の中でコミュニケーションを取れること。そして、自分の知らない知恵や情報を持っている人との出会いがあり、彼らとの会話に刺激を受けつつ新しいアイデアがどんどん出てくることなのです。
コワーキングとは、ひとことで言うならば、パーティのように楽しくて充実した仕事環境を実現するワークスタイルです。」
*佐谷恭「はじめに」・佐谷恭 中谷健一 藤木穣『つながりの仕事術:「コワーキング」を始めよう』洋泉社新書 2012年

「コワーキングスペースはその根底にコミュニティの発想があるので、「誰がいるか」によって場の状況は大きく変わります。文化や生活習慣の違う環境で過ごしている人が訪ねて来ることで、新たな情報を得たり、自分たちの仕事を別の視点から見つめ直したりすることができます。」
*佐谷恭「コワーキングとはなにか」・佐谷恭 中谷健一 藤木穣『つながりの仕事術:「コワーキング」を始めよう』洋泉社新書 2012年

ここで述べられているように、コワーキング・スペースとは空間や設備を単に共有するだけでなく、そこで働く他の人々とのコミュニケーション、コミュニティが大切にされる場所。


サンフランシスコのSOMA(South of Market)地区には、現存する最古のコワーキング・スペース「シチズン・スペース」(Citizen Space・2006年11月オープン)をはじめ、多数のコワーキング・スペースが生まれています。
サンフランシスコを訪問する機会がありましたので、4つのコワーキング・スペースを訪問しました。コワーキング・スペースを訪問したのは2012年5月25日(金)の午後。事前のアポイントなしで訪問したにも関わらずいずれの場所も見学させていただき、写真撮影もさせていただきました。

以下では訪問した4つのコワーキングスペースをご紹介します。なお、4つのコワーキング・スペース間は徒歩で移動しました。

ロケット・スペース(RocketSpace)


  • 設立:2011年
  • 住所:181 Fremont Street, San Francisco CA
  • 移転後の住所:180 Sansome Street, San Francisco, CA

ロケット・スペースがあるのは3階建ての建物。建物は正面が白く塗られています。
案内してくださった方の話によると、ロケット・スペースはコワーキングではなく、インキュベートのための場所だとのこと。スタートアップ企業の事業を加速させる(accelrate)ことを目的としており、スタートアップ企業へのメンターもサービスとして行われているということです。ウェブサイトには「RocketSpace is an accelerator for seed-funded technology startups.」と書かれています。現在、デジタルカンパニーを中心に130の企業が利用しているという話でした。

中に入ると天井の高い空間になっており、四角い柱には入居していると思われる企業のロゴが貼られています。ソファ・セットやテーブルなどが置かれています。
入口を入った左手には、通りに面して舞台があり、舞台の前には椅子が並んでいます。入口を入った右奥は階段があり、2層の空間に。

仕事をしているのは20代~30代と思われる人で、性別は男性と女性が半分くらいずつ。ジャケットを着た人もいれば、Tシャツの人もおり、服装は様々。ラップトップ型のコンピューターを使っている人が多く、ほとんどの人がMacであるのが印象的でした。

*ロケット・スペース・サンフランシスコは、UberやSpotifyなど多くの人が名前を聞いたことがあると思われる大企業を輩出しています。

ネクスト・スペース・サンフランシスコ(NextSpace San Francisco)


  • 設立:2008年。ネクスト・スペース・サンフランシスコは2010年11月にオープン
  • 住所:28 2nd Street, 3rd Floor, San Francisco, CA

ネクスト・スペース・サンフランシスコは7階建ての建物の2階と3階に入居しています。メンバーシップ制が取られていますが、メンバーでないゲストでも利用可能だとのこと。3階はカフェ・メンバーシップ(Cafe Membership)のメンバーのためのフロアで、2階はそれ以外の人のためのフロア。メンバーは365日、24時間利用可能。ゲストは月曜から金曜の8:30から17:30まで利用可能だとのこと。

3階は細長いオープンスペースがメインになっており、レセプションのカウンター隣のホワイトボードには今週の予定が書かれています。
窓際には丸いテーブルが並んでいてカフェのよう感じ。反対側は中央に細長いテーブルが置かれ、高さが異なるテーブル、椅子が並んでいます。立ってコンピューターを使っている人も見かけました。壁の一部はペンで書くことのできる黄色い塗料が塗られており、ソーシャル・イベント、ビジネス・イベントなどのイベントの案内や、WiFiのパスワードなど様々な書き込みがされていました。

いくつかの部屋が並んでおり、部屋には机、ホワイトボードが設置。扉の脇のプレートには会社の名前が書かれており、複数の企業が1つの部屋を利用しているように思いました。
会議室もあり、椅子12脚とホワイトボードが備えつけられています。室内にはネクスト・スペースのある5つの都市(Santa Cruz、Los Angeles、Venice Beach、San Francisco、San Jose)それぞれの現在時刻を知らせる掛け時計が5つかけられています。

キッチンには冷蔵庫、レンジ、コーヒーメーカー。メンバーそれぞれのマグカップが吊り下げられているのも印象的でした。

2階の中央はラウンジと呼ばれるエリアで、ソファが丸く並んでいます。ソファの背後には「NextSpace Member Wall」と書かれた黒板になっており、100枚ほどのメンバーの顔写真が並んでいます。顔写真の下には、様々な色のペンで名前と企業名が書かれています。

2階にも、3階と同じようにホワイトボードがあり、今週の予定が書かれています。通りに面した部分にはいくつかのテーブルが並んでおり、窓際のスペースの値段が一番高いという話でした。通りと反対側は様々な形、高さのテーブルが置かれたスペース。

ネクスト・スペース・サンフランシスコでは、男性・女性いずれも仕事をしており、食事をしながら作業をしている人もいました。服装は様々でしたが、日本のオフィスのようにスーツにネクタイ姿の人は見かけませんでした。

シチズン・スペース(Citizen Space)


  • 設立:2006年11月
  • 住所:425 2nd St #100, San Francisco, CA

上で紹介した通り、シチズン・スペースは2006年11月にオープンした現存する最後のコワーキング・スペースとされています。

シチズン・スペースは天井の高い大きな空間。扉を入った右手のテーブルには「CHECK IN HERE」と書かれた紙がディスプレイされており、iPhoneでCheck Inする方法が説明。隣のモニター前には来訪者が名前を記入するための用紙とペン、シチズン・スペースの名刺とポストカードサイズのパンフレットが置かれていました。

メインの空間には四角いテーブルが並んでおり、壁に取り付けられたホワイトボードで議論している人もいました。鉛筆、テープ、はさみ等の文房具が置かれたコーナーも。壁には所々ポスターが貼られていましたが、装飾はあまりされていない印象を受けました。
奥は2層になっており、上のフロアは打ち合わせができる空間。テーブルの上にはプロジェクターが置かれており、ホワイトボードに投影できるようになっています。下のフロアにはキッチン、電話のブースがありました。

メインの空間の隣は現在改装中で、将来的にはブロードキャストができるスタジオを作るという話でした。

パリソマ・イノベーション・ロフト(pariSoma inovation loft)


  • 設立:2008年
  • 住所:169 11th street San Francisco, CA

パリソマ・イノベーション・ロフトは4階建ての建物に入居しています。エントランスを入ったところにiMacが置かれていて「Check In」の画面。壁には入居していると思われる企業のロゴ。黒板には今週行われるイベント、クラスが手書きで書かれています。「EVENT: Evernote’s Portfolio Critique」「Class: Wealth in Human Relations Meetup: Boost strappers’ Anonymous」「Class: Design Thinking Crash Course」などがイベント、クラスとして書かれていました。

パリソマ・イノベーション・ロフトは中央が吹き抜けの空間になっており、1階がオープンな共用エリア、2階が企業や個人がレンタルするエリアになっているとのこと。

1階には6台の卓球台が置かれています。卓球台はテーブルとして使われており、個人作業をしている人もいれば、通りがかりに打合せの会話に入っている人もいました。
吹き抜け中央の柱の下にはソファ。柱にはプロジェクターが設置。壁際にもたくさんのモニターが設置されていました。
コーヒーメーカー、レンジが置かれたキッチン。キッチン正面の壁には「ビジネス・モデル・キャンバス」(The Business Model Canvas)と書かれたホワイトボードが架けられていました。

2階には四角いテーブルが並んでいます。ソファ、ハンモックが置かれたコーナーや、扉のついた部屋もありました。

パリソマ・イノベーション・ロフトで仕事をしているのは20~30代の若い世代が多く、性別は男性が女性よりやや多いように感じました。
案内してくださった女性によると、現在の建物に移る前は、小さなスペースで運営していたとのこと。時々テーブルになっている卓球台を利用してピンポンコンペをしたり、みなで近くのBarに飲みに行ったりすることもあるいうことでした。


サンフランシスコで4つのコワーキングスペースを訪れ、次のようなことが印象に残っています。

  • 仕事をしているのは20~30代くらいの若い世代。スーツにネクタイ姿という人はおらず、話をしたり、何かを食べながら仕事をしたり、ソファに座っている人もいたりと、日本で想像するようなオフィスという感じはしなかった。
  • いずれも既存の建物をリノベーションして開かれていたこと。
  • 色々な形、高さのテーブル、椅子、ソファが置かれたり、オープンなエリアとクローズドなエリアが区分されたりするなど、空間のしつらえが工夫されていたこと。
  • ホワイトボード、黒板などに文字を書きながら打ち合わせをしたり、イベント情報などを案内したりするなど、手書きできるものが効果的に使われていたこと(手書きの文字があると柔らかい雰囲気になると感じた)。
  • シチズン・スペースの「チーフ・エヴァンジェリスト」(Chief Evangelist)、ネクスト・スペース・サンフランシスコの「コミュニティ・キュレーター」(Community Curator)というように興味深い肩書を持つ人がいて、場所に目を配ったり、人と人との関係を媒介したりしていること。

オープンなエリアで作業をしていると、周りの会話は嫌でも聞こえてくるため、1人で集中したいという人には向いていないのかもしれません。そう考えるならコワーキング・スペースとは空間的なスペック(光・音・温熱環境、設置されている設備など)に価値があるというより、同じように仕事をしている人が周りにいること、そこから新たな出会いやプロジェクトが生まれること、そして、何かを相談したり教えてもらったりしやすいことに価値が置かれている。「コワーキングスペースはその根底にコミュニティの発想がある」という佐谷恭氏の指摘が思い起こされます。

また、既存建物のリノベーションであること、従来のビルディングタイプの枠組みには入らないこと、小規模だが色々な人々が訪れ、思い思いに過ごせること、場所に目を配ったり人と人との関係を媒介したりする人が存在していることなど、日本の「まちの居場所」との共通点は多いと感じました。
ただし、日本の「まちの居場所」で見かけるのは高齢者、子ども、主婦などが中心で、現役世代が仕事をしている場所にはなっていません。
コワーキング・スペースで仕事をしているのは若い人が中心であることには、「まちの居場所」が現役世代にアプローチするヒントが示されているのかもしれないと思いました。さらに、地域で暮らすことと働くことをなだらかに連続させ得る可能性、地域を良くするための活動が収入が得られる仕事にしていける可能性がコワーキング・スペースにはあるようにも思いました。

(更新:2018年9月20日)