『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

サンフランシスコにおける最近のコワーキング・スペース動き

近年では日本でも各地にコワーキング・スペース(Co-Working Space)が開かれており、コワーキング・スペースという場所、そして、コワーキングという働き方は少しずつ広がりつつあります。

コワーキング・スペースは独立した個々人が作業スペース、打合せスペース、会議室などを共有するという点で、見た目はシェアオフィスのようですが、ココワーキング・スペースとシェアオフィスとは発想が異なる場所。
佐谷恭氏は次のように説明しているように、コワーキング・スペースとは「その根底にコミュニティの発想」をもつ場所。

コワーキングスペースはその根底にコミュニティの発想があるので、「誰がいるか」によって場の状況は大きく変わります。文化や生活習慣の違う環境で過ごしている人が訪ねて来ることで、新たな情報を得たり、自分たちの仕事を別の視点から見つめ直したりすることができます。
*佐谷恭「コワーキングとはなにか」・佐谷恭 中谷健一 藤木穣『つながりの仕事術:「コワーキング」を始めよう』洋泉社新書 2012年

コワーキング・スペースはサンフランシスコで生まれたとされています。サンフランシスコには多数のコワーキングスペースがあり、テック系の企業、ベンチャー企業だけでなく、フリーランス、アーティスト、NGOなど様々な人々の場所になっています。

2012年に、現存する最古のコワーキング・スペースである「シチズン・スペース」(Citizen Space)、Uber、Spotifyといった大企業を輩出した「ロケット・スペース」(RocketSpace)などいくつかのコワーキング・スペースを訪問しました(訪問の様子はこちらをご覧ください)。
2018年9~10月にかけてサンフランシスコに滞在していた時にもいくつかのコワーキング・スペースを訪問しましたが、前回の訪問から6年が経過し、コワーキング・スペースの新たな動きが浮かび上がってきたように思います。それが、「カフェ的なコワーキング・スペース」、「コワーキング・スペース的なカフェ」と表現できる場所です。

元々、コワーキング・スペースには、メンバー登録せず1日単位で、あるいは、1時間単位で利用できるドロップイン(Drop-in)という仕組みがあります。メンバー登録せず、月額の利用料を払わずともよいため、ドロップインはコワーキング・スペースを利用する敷居を下げる仕組み。
しかしそうすると、仕事ができる場所という点で、コワーキング・スペースとカフェ(コワーキング・スペースとはうたっていない普通のカフェ)の境界は限りなく曖昧になってきます。座れる場所があり、電源が取れ、WiFiが利用できれば仕事ができる時代。実際、サンフランシスコに限らず、日本でも、例えばスターバックスなどで仕事をしている人は多数います。

ただし、自身の経験からも、カフェで仕事がしづらいと感じる状況として、次のようなことを容易に思いつきます。

  • 混雑時は席が取りにくい。
  • 飲み物を1杯注文しただけで長時間利用していると、嫌な目で見られはしないかと感じる。
  • 1人で利用していてトイレに行きたくなった場合、ノートパソコンなどを置いていくと盗難の恐れがある。かと言って、荷物を全てまとめてトイレに行くと、その間に席が取られることもある。
  • 周りの人は必ずしも仕事をするためにカフェに来ているわけでないので、騒がしいことがある。
  • WiFiが利用できないカフェがある。
  • 電源が取れないカフェがある。

これに加えて、カフェでの仕事は自分1人、あるいは、同じグループの人同士で行われることが多いように思います。つまり、カフェは「自分(たち)だけで仕事をする」場所であり、カフェでたまたま居合わせた人との会話が始まったり、そこから仕事が新たな仕事が生まれたり、カフェで何かを学んだりするという状況は考えにくい。この点も「その根底にコミュニティの発想」のあるコワーキング・スペースとの違いです。
ただし、人によってはコミュニティを煩わしいと感じる人がいるかもしれません。メンバー登録して月額の利用料を支払うことの敷居が高いと感じる人がいるかもしれません。

今回、サンフランシスコを訪れて浮かび上がってきた「カフェ的なコワーキング・スペース」、「コワーキング・スペース的なカフェ」と表現できる動きは、ドロップインという仕組みも使いながら、これらを乗り越えようとする動きと捉えることができるように思います。

以下で紹介するのは「コワーキング・スペース的なカフェ」であるWorkshop Cafe、Capital One Cafeと、「カフェ的なコワーキング・スペース」であるCovo、Spaciousの4つです。

Workshop Cafe(ワークショップ・カフェ)

Workshop Cafeはノートパソコンで仕事をする専門家に応えることのできるカフェ経験を実現するため、エンジニア、デザイナー、レストラン、ホスピタリティの専門家が集まり、カフェ体験を完全に再設計(Redesign)した場所。このアイディアは、創設者でありCEO(最高経営責任者)のRich Menendez氏がシリコンバレーのカフェで勤務した経験から着想を得たものです。
Workshop Cafeでは創造性・生産性を向上させるための場所を作ることが重視されており、ウェブサイトには「環境は経験を形成する」)Environment shapes experience.)という表現が用いられています。それを実現するため、高品質なWiFi、電源アダプター、最新のモニター、快適な椅子、小会議室(Breakout spaces)、豊富な飲食メニュー、フレンドリーなスタッフ、最高の音楽が提供。食事はWorkshop Cafe内のキッチンで調理されたもの。音楽はSpotifyのプレイリストが利用されており、利用者もプレイリストについて提案することが可能となっています*1)。

これらにより、1日中リラックし、仕事ができるコミュニティを作り出すことが考えられていますが、もう1つ重要なのはテクノロジー。Workshop Cafeでは(スマートフォンの)Workshop Cafeのアプリケーションのコミュニティのページを通して、起業家、フリーランサー、ハッカー、製作者、クレイエイター、作家、金融の専門家などによるコミュニティを作ることが行われてきました*2)。

Workshop Cafeでは様々なところでテクノロジーが使われています。利用じには設置されたタブレット端末に、電話番号(アメリカの電話番号)を入力。届いたSNSに記されたURLを開いて、座席の番号を入力しチェックインすることが求められます。全ての席に番号が振られているので、自分が座った席の番号を入力。これでチェックインが完了します。
利用料は時間制となっており、1時間2.5ドル。チェックインした時点から時間のカウントが開始されます。スマートフォンでチェックアウトした時点でカウントが停止され、登録したクレジットカードから代金が引き落とされる仕組み。長時間利用する人向けに、13ドル/4時間、70ドル/25時間、125ドル/50時間のパッケージもあります。
席にはランプが付いており、空席時は白、利用時は緑にランプの色が変わります。このランプにより、在席状況がわかる仕組みになっています。

なお、(スマートフォンに)アプリケーションをインストールしておけば、チェックイン時に電話番号を入力する必要もなく、チェックインからチェックアウトまで全てアプリケーション内で操作可能。この他、リアルタイムでの在席状況の確認、ミーティング・ルームの予約、飲食メニューの注文も全てアプリケーション経由で行えます。

Workshop Cafe Inc.は2012年に設立。現在、サンフランシスコの金融地区(FiDi=Financial District)とSoMa(South of Market)地区の2店舗を運営してます。

Workshop Cafe FiDi

  • 住所:180 Montgomery Street, San Francisco, CA 94104
  • 営業時間:月~金:7時~21時、土日:10時~21時

最初にオープンした方の店舗で、オフィスビルが建ち並ぶ金融地区(FiDi=Financial District)にあります。
通りにはテーブルが出されています。中に入ると正面にカフェのカウンター。ここで飲み物、食べ物を注文することができます。この光景だけを見ると、普通のカフェと大きな違いはありません。ワークスペースを利用しなくても飲み物、食べ物を注文することができ、通りに出されたテーブルとエントランス付近のテーブルを、普通のカフェのように利用することはできます。

ワークスペースはカウンターの奥から入ります。ワークスペースの入口にチェックイン用のタブレット端末が設置されており、電話番号を入力。届いたSNSに記載されているURLを通して、座席を指定しチェックインを完了させます。初めて利用する際は、アカウント認証が求められ、名前、メールアドレス、クレジットカード情報、住所を入力(日本のクレジットカードだったせいか、アカウント認証はできませんでした)。なお、お試しとして最初の3時間は無料で利用できるようになっていました。
飲み物、食べ物を注文せずにワークスペースを利用することができます。チェックイン、チェックアウト、利用料の支払いまで全てスマートフォンで行えるため、必ずしもスタッフと会話を交わす必要もありません。

ワークスペースには大きなテーブル、2~4人がけのテーブル、壁沿いの1人席、ソファなど様々な家具が置かれています。ほとんどのテーブルには電源のコンセントがあります。もちろん、WiFiの利用も可能。

訪れた時には、ほとんどの人が1人でノートパソコンで作業をしていました。ヘッドフォン・イヤフォンで音楽を聴きながら作業をしている人も。男性、女性いずれも見かけましたが、男性の方がやや多い印象を受けました。

Workshop Cafe SoMa

  • 住所:25 Spear Street, San Francisco, CA 94105
  • 営業時間:月~金:7時~20時、土日:10時~20時

もう1店舗のWorkshop Cafe SoMaは、MUNIメトロ/BartのEmbarcadero駅やフェリー・ビルディングから徒歩数分の位置にあります。利用の仕組みはWorkshop Cafe FiDiと同様。

Workshop Cafe SoMaの店内にも1人席、背の高いテーブル、ソファ、2~4人がけのテーブルなど様々な家具が置かれていたり、ミーティング・ルームがありました。

Capital One Cafe(キャピタル・ワン・カフェ)

アメリカの大手銀行Capital One(キャピタル・ワン)が全米の主要都市で展開するカフェで、コワーキング・スペースとしても利用できるようにスペースが開放されています。2001年に最初のカフェがニューヨークに開かれており、サンフランシスコのカフェは8店舗目として2011年に開かれました*3)。

ピーツ・コーヒー(Peet’s Coffee)*4)と提携しており、Capital Oneのクレジットカード・デビットカードを提示すると、全メニューが半額になるという特典があります。

カフェはコワーキング・スペースとして無料で利用でき、電源の取れるテーブルもあり、WiFiも利用可能。さらに、非営利団体、同窓会、学生グループがミーティングやイベントのために無料で利用できるコミュニティ・ルームもあります。もちろん、ATMのコーナーも。

このように書くと、様々な設備が整い、仕事場としても利用できるカフェというイメージを持たれるかもしれませんが、Capital One Cafeの特徴はそのプログラムにあります。Capital One Cafeには「Ambassadors」(アンバセダー)と呼ばれる銀行スタッフがおり、銀行口座のこと、Capital One Cafeで行われるイベントのこと、昨夜のビッグゲーム(last night’s big game)のことなどの質問に対応。また、認定されたコーチから、無料で1対1のマネーコーチを受けることもできます*5)。

様々なサービス、技術の登場により、もはや銀行は不要だと言われる時代。Capital One Cafeはこうした時代において、銀行という業種にはどのような可能性があるのか、銀行が物理的な空間としての店舗を構えることにはどのような可能性があるかを探ろうとする場所です。

Capital One Cafe, San Francisco Union Square

  • 住所:101 Post Street, San Francisco, CA 94108
  • 営業時間:月~金:7時~18時、土日:定休日

サンフランシスコのCapital One CafeはMUNIメトロ/BartのMontgomery駅、ユニオン・スクエア(Union Square)から徒歩数分の位置にあります。訪れた時は、外壁が改修工事中でした。
カフェは3フロアからなる大きな空間で、エントランスを入って右手にピーツ・コーヒー(Peet’s Coffee)のカウンター。1~2階は吹き抜けとなっており、丸いテーブル、カウンターのような背の高いテーブル、ソファなど色々な家具が置かれています。カウンターのような背の高いテーブルには電源が取れるようになっています。1階には銀行スタッフのいるカウンターもあります。
地下1階は4人がけの丸いテーブル、大きなテーブルが置かれている他、階段脇の段差になっているところにも座れるようになっています。

訪れた時は1人でノートパソコンで作業をしている人、数人で話をしている人、本を読んでいる人など、大半の席が埋まっていました。

この光景だけを見れば、普通のカフェのようにも見えますが、上に書いた通りCapital One Cafeで特徴的なのはそのプログラムにあります。
エントランスの正面に置かれたホワイトボードには、「あなたの銀行/あなたのコミュニティ」(your bank/your community)と書かれ、その下に、次のようなプログラムが記載されていました。支出の理解、クレジット・レポートの確認、貯蓄などに関するプログラムが行われていることがわかります。

  • Oct 19th “Happy Hour” 1pm-2pm Friday
    Show your Capital One credit or debit card and got a handcrafted Peet’s beverage on us!
  • Oct 23th “Spend Smarter: How to get more for your money” 10am-11am Tuesday
    This course is intended to help you gain a better understanding around spending
  • Oct 25th “How to Check your Credit Report” 2pm-3pm Thursday
    Your credit score is a key part of your financial health and it’s important to understand what impact it.
  • Oct 16th “Gals: Navigating Life’s Twist & Thurns” 10am-11pu Tuesday
  • Oct 18th “Building your savings” 2pm-3pm Thursday

Capital Oneのスタッフによる相談も行われており、訪れた時もテーブルに座ってCapital Oneのスタッフと話をしている人がいました。

Covo

Covoは「どのように仕事をするかだけでなく、どうやってよりよく生活するかを考えた最初のコワーキング・スペース」。コーヒーショップ、カフェ、バー(Tap Room)があり、「仕事をする人がホーム(自宅)と呼べるような空間を作り出すことによって、コワーキングを前に進めていくこと」を理念に掲げています*6)。また、「Covoのコミュニティは家族の単位を拡大したもの。選ばれた家族に囲まれた世界のノマド、個人、そして、目的を達成し、全ての瞬間を楽しむチームのための安息地(Heaven)です」ともされており、ホーム(自宅)、家族が意識されていることもわかります*7)。

CovoのCEO(最高経営責任者)であるRebecca Brian Pan氏は、コワーキング・スペース「NextSpace」の共同設立者でCOO(最高執行責任者)でもあり、Covoには氏のNextSpaceでの経験も生かされています。
Rebecca氏はインタビューにおいて、NextSpaceでの次のようなエピソードを紹介しています*8)。NextSpaceではメンバーに良い豆を利用したコーヒーを無料で提供していたが、メンバーはスターバックスにコーヒーを買いに行っていた。なぜスターバックスに行くのかを聞いたところ、無料のものに価値を見出せないという回答があった。あらかじめポットに作り置きされているコーヒーを飲むのは、朝食のようなもので気が進まないし、ポットに入っているコーヒーが強いのか弱いのかもわからない。だから、スターバックスに行ってコーヒーを買うのだと。Covoにコーヒーショップ、カフェ、バーがあるのはこうした経験が背景になっています。

同じインタビューでRebecca氏は、Covoは女性やマイノリティの起業家に焦点を当てているとも話しています。デザイン、雰囲気に気を配ったり、イベントを行ったり、Eメールで情報を伝えたりという工夫により、新たな人に来てもらう工夫をしており、また、メンバーになる前にドロップインとして利用することも奨励しているということです。

Covoでは次の料金プランが設定されています。

  • Hourly Coworking:4ドル/1時間
  • Open Seating:419ドル/1ヶ月
  • Dedicated Desk:569ドル/1ヶ月
  • Private Office:819ドル/1ヶ月

1時間ごとに利用料を支払うHourly Coworkingがドロップインです。Hourly Coworkingと、1ヶ月ごとに利用料を支払うOpen Seatingのプランの場合、自分の席はなく、ラウンジと呼ばれるスペースの空いている席に座ることになります。もちろん、それぞれの席では電源が取れ、WiFiを利用することが可能です。
ただし、Open Seatingは、Dedicated Desk、Private Officeと同様メンバー扱いとなり、週7日24時間の利用、メンバー限定のイベントへの参加、ミーティング・ルーム、メール・サービスなどのアメニティが使えるようになります。

現在、Covoはサンフランシスコ、セントルイス(St Louis)の2店舗を展開しています。

Covo San Francisco

  • 住所:981 Mission St, San Francisco, CA 94103, USA
  • 営業時間(コワーキングのラウンジ):月~金:8時~20時、土日:定休日。メンバーになれば週7日24時間利用可能
  • 営業時間(コーヒーショップ):月~金:8時~17時、土日:定休日
  • 営業時間(バー):月~金:17時~20時、土日:定休日

CovoはSoMa(South of Market)地区にあり、MUNIメトロ/BartのPowell駅からは徒歩5~10分で到着。
古い印刷倉庫をリノベーションした建物で、表には「WORK. LIFE. BALANCED.」という看板。入口脇のガラスには、「west elm WORKSPACE -WITH INSCAPE- AND GOODDESIGN」の掲示。Covoの空間をデザインした会社で、聞いたところwest elm(ウェストエルム)、グッドデザイン(GOODDESIGN)とも有名なデザイン会社だとのこと。

エントランスの正面にコワーキング・スペースの受付、左手にカフェ・バーのカウンター。カフェ・バーはコワーキング・スペースを利用しない人でもコーヒー、サンドイッチ、ワインなどを注文でき、コワーキンス・スペースの受付の手前、道路側のエリアは自由に利用することができます。

スタッフが座っている受付には、チェックイン/チェックアウト用のタブレット端末が置かれています。チェックインを選択した後、クレジットカードを通してチェックイン完了。チェックアウトは同じ端末で、チェックアウトを選択します。
ドロップイン(Hourly Coworkingのプラン)の場合の利用料は1時間4ドルですが、料金は分刻みでの請求となり、クレジットカードから代金が引き落とされる仕組みとなっています。

受付を入ったところがラウンジで、2人がけのテーブル、8人がけのテーブル、カウンターのような背の高い席、ソファなど様々な席が用意されています。天井の高い大きな空間で、レンガの壁にはアートが飾られています。

訪れた時、多い時間帯では30~40人がラウンジで仕事をしていました。正確に数えたわけではありませんが、男性が6~7割、女性が2~3割という印象。20~40代くらいの若い人が多いが、それより上の年齢に見える人もいました。
1人でノートパソコンで作業をしている人が多かったですが、話をしたり、話をしながらノートパソコンで作業をしている人。食べ物を持ち込んで、食事をしながら作業している人も見かけました。

天井の高い空間の奥は2フロアになっています。下のフロアには電話のためのブース、大小いくつかのミーティング・ルーム、プリンターのあるコーナー、トイレがあります。上のフロアには、ガラスで区切られたメンバー用のスペースになっています。

Covoを利用している人は1人か、同じグループの人と話をしている人が大半で、偶然居合わせた人との会話が始まるという感じにはなっていないように見えましたが、何人かが受付のスタッフと話をしている光景を見かけました。

Spacious

2016年に設立されたSpaciousは「都市環境における空間のアイディアとそれを効率的に使う方法を再考すること(reimagining)」をミッションとして掲げています*9)。
夕方以降営業するレストランの空間は、昼間は空いていることに注目。使われていない時間帯のレストランを、スタイリッシュで、生産的なワークスペースとし、それを都市全体のネットワークにするというプロジェクト。使われていない空間資源を、別のかたちで有効に活用するという意味で、シェアの思想に立つものだと言えます。そしてこれは利用者にとってのメリットになるだけでなく、これまで使われていなかった時間帯からも収入を得られるという点で空間のオーナーにとっても利益をもたらすものです。

都市全体のネットワークという表現が使われているのは*10)、現在、サンフランシスコの7のレストラン、ニューヨークの15のレストランが、昼間、Spaciousのワークスペースになっており、メンバー登録すれば好きなレストランを自由にワークスペースとして利用できるからです。Spaciousは「流動的で、柔軟な専門家からなる生き生きとしたコミュニティの一員として、新たな関係を築き、キャリアを構築してください」というメッセージを出しています*11)。

Spaciousのウェブサイトでは、専用オフィス(Private Office)、コワーキング・スペース、カフェ、在宅勤務で仕事をすることには次のような問題があると指摘されています。

  • 専用オフィス(Private Office):通勤のため貴重な時間が無駄になる、単調なオフィスは創造力を奪う
  • コワーキング・スペース:コワーキング・スペースはカフェからの小さな前進だが、値段が高い
  • カフェ:WiFiが保障されていない、混雑し騒々しいかもしれない、電源コンセントの奪い合いになるなど、当てにならない
  • 在宅勤務:孤立する、気が散る

これらの問題を乗り越えるのが、Spaciousというわけです*12)。

Spaciousでは次のプランが料金プランが設定されています。月単位でのプランが中心ですが、1日利用できるデイパスもあります。

  • 129ドル/1ヶ月
  • 357ドル/3ヶ月(1ヶ月あたり119ドル)
  • 1,188ドル/1年(1ヶ月あたり99ドル)
  • デイパス:29ドル/1日

Finn Town

  • 住所:2251 Market St, San Francisco, CA 94114
  • 営業時間:月~金:8時30分~17時、土日:定休日

最初に紹介するのはFinn Townというレストラン。Market Street沿いにあり、MUNIメトロのChurch駅、Castro駅のほぼ中央と立地の良い場所にあります。
Spaciousになっている時間帯は、全ての場所に「SPACIOUS / Walk in and work from here today.」と書かれた黄色い看板が出されており、Spaciousであることがすぐわかるようになっています。

中に入ると、正面のカウンターにチェックイン用のタブレットが置かれています。事前にメンバー登録しておいた電話番号を入力するとチェックイン完了です。上に書いた通り、Spaciousは時間制でなく、月単位でメンバー登録をするか、デイパスを購入するかして利用する。そのためチェックアウトの操作は不要で、利用を終えたらそのまま出ていくことができるようになっています。

Finn Townは細長い空間になっており、丸いテーブル、バーのカウンター、2人がけの四角いテーブルなど色々な席があり、空いている席を自由に利用。一部の席には「Quiet Zone」と書かれた黄色い札が置かれていました。
これらの席は全て、レストランで使われている席をそのまま利用。ただし、レストランには電源がないため、電源が取れるように延長コードが所々に置かれています。WiFiは、Spaciousが設置。レストランの奥にはコーヒー、紅茶、水などの飲み物があり、自由に飲むことができます。

訪れた時は20人弱が作業をしていました。1人で作業をしている人が多いですが、打ち合わせをしている人もいました。

Press Club

  • 住所:20 Yerba Buena Ln, San Francisco, CA 94103
  • 営業時間:月~金:8時30分~16時、土日:定休日

もう1つ紹介するのはPress Clubというレストラン・バー。MUNIメトロ/BartのMontgomery駅、Powell駅のほぼ中間にあります。ダウンタウンの中心部という立地であり、内装を見ると、かなり高級なレストラン・バーだと思われます。

入口を入ったところのテーブルにチェックイン用のタブレットが置かれているのはFinn Townと同様。チェックインを済ませ、階段を降りていきます。
Press Clubは地下1階にあり、かなり奥行きのある空間。階段を降りたところにコーヒー、紅茶、水などの飲み物が置かれています。

レストラン・バーの席がそのままコワーキング・スペースになっているため、お酒のボトルやビールサーバーを目の前にしながらの仕事。延長コードで電源を取ったり、SpaciousのWiFiがあることも、Finn Townと同様です。

訪れた日は金曜だったためか、仕事をしている人はまばらで、10人弱だったと思います。1人でノートパソコンで作業をしている人がほとんどでした。

Press Clubのどの席でも仕事ができますが、14時になるとPress Clubのバーが開店するということで、14時前には階段を降りた所のエリアに移動して欲しいという連絡がSNS経由で届きました。14時以降はこのエリアだけがSpaciousになります*13)。

Finn Town、Press Clubに限らず、Spaciousの重要な特徴として、それぞれの場所に「Host」(ホスト・主(あるじ))と呼ばれるスタッフがいること。Hostは受付の近くに座っており、来訪者に対応をする他、コーヒーを入れ直したり、食器を洗ったり、閉店時には延長コードを片付けたりする作業をします。
Spaciousを利用している人も、1人で仕事をする人、同じグループの人と一緒に話をしている人がほとんどであり、偶然居合わせた人との関わりは生まれていないと感じましたが*13)、「Host」と話をしている人がいるのは頻繁に見かけました。

「Host」は来訪者を受け入れ、仕事のしやすい環境をしつらえる存在であり、ささやかな関わりかもしれませんが、ちょっとした話をすることもできる。この意味で、「Host」の存在はSpaciousの重要なポイントだと感じました。


「コワーキング・スペース的なカフェ」、「カフェ的なコワーキング・スペース」を訪れて改めて実感したのは、仕事をするために専用のオフィスを不要とする人がいるということ。そして、「コワーキング・スペース的なカフェ」、「カフェ的なコワーキング・スペース」は、専用のオフィスを構える前の段階ではなく、これら自体が仕事の場所として成立していることです。
座れる場所があり、電源が取れ、WiFiがあればどこでも仕事ができる。美味しいコーヒーが飲めたり、家具が工夫されていたりなど、環境が整えられていればなおのこと。こう考えると、仕事をする場所は限りなくカフェに近づいていきます。
しかし、普通のカフェは仕事をする場所として決して快適とは言えない。そこで、ここで紹介した場所はそれぞれのやり方で快適な環境を作ろうとしていました。コワーキング・スペースとは、オフィス、飲食店といったこれまでの枠組みを再構築しようとする動きかもしれません。

いくつかの場所を実際に訪れて気づいたことは、これらの場所の利用者は1人で仕事をしている人か、同じグループの人と話や打ち合わせをしている人が大半であり、偶然居合わせた人と話が始まることはほとんど生じないということ。その中で印象的だったのは、利用者がスタッフとが挨拶を交わしたり、ちょっとした話をしている光景を見かけたことです。Spaciousのスタッフは「Host」、Capital One Cafeのスタッフは「Ambassadors」と呼ばれていました。
スタッフとは決して無理に関わる必要はありません。けれども、そこに何度か通っているうちにスタッフと顔見知になり、挨拶したり、会話を交わしたりすることができる。非常にささやかな関わりかもしれませんが、ある組織の所属するのではない人々にとっては、貴重な関わりではないかと思いました。
スタッフは利用者の対応をするのに加えて、飲み物を入れたり、掃除をしたりと場所に目を配り、仕事をしやすい環境を実現しようとしている。「Host」というのは主(あるじ)ですが、まさに、場所の主(あるじ)です。

ただし、Workshop Cafeで実践されているように、利用者同士の交流はアプリケーションなどを通してオンラインで行われている可能性があります。従って、偶然居合わせた人との関わりが空間として目に見えないことが、必ずしも利用者同士の関わりがないことを意味しないことは補足しておきたいと思います。

コワーキング・スペースではコミュニティが大切にされている。Workshop Cafeではアプリケーションのコミュニティのページを通した起業家、フリーランサー、ハッカー、製作者、クレイエイター、作家、金融の専門家などによるコミュニティ、Covoでは「家族の単位を拡大したもの。選ばれた家族に囲まれた世界のノマド、個人、そして、目的を達成し、全ての瞬間を楽しむチームのための安息地」、Spaciousでは「流動的で、柔軟な専門家からなる生き生きとしたコミュニティ」という表現が用いられていますが、これらの言葉で表現されているのは内部に閉じたコミュニティではなく、多様性のある、緩やかなコミュニティ。

広井良典氏は『コミュニティを問いなおす:つながり・都市・日本社会の未来』(ちくま新書 2009)年において、「「コミュニティ」という存在は、その成立の起源から本来的に”外部”に対して「開いた」性格のものである、といえるのではないか。言い換えると、コミュニティづくりということ自体の中に(ある意味で逆説的にも)「外部とつながる」という要素が含まれているのではないか。またそうした「外部とつながる」というベクトルの存在が、一見それ自体としては“静的で閉じた秩序”のように見える「コミュニティ」の存在を、相互補完的なかたちで支えているのではないだろうか」と述べています。

「コワーキング・スペース的なカフェ」、「カフェ的なコワーキング・スペース」は、カフェというかたちで多様な人々を、つまり、「外部」を受け入れることで、多様性のある、緩やかなコミュニティを築くことを目指す場所だと捉えることができると考えています。


  • *1)Workshop Cafeのウェブサイト「About」、「Workspace」のページより。
  • *2)「THE COMMUNITY / Connect with the people around you. / We’ve built an awesome community of entrepreneurs, free-lancers, hackers, makers, creatives, writers, financial professionals, etc and many have asked us: “How do we meet some of these other people around us?” / The solution? The Community page on our app!」(Workshop Cafeのウェブサイトより)。
  • *3)Facebook「Capital One Cafe」のページより。
  • *4)ピーツ・コーヒーは「サンフランシスコ・ベイエリアに拠点を置くアメリカ合衆国のコーヒー焙煎、小売り事業者」で、「スターバックスの事業にとっては先行モデルとなった」(Wikipedia「ピーツ・コーヒー&ティー」のページより)。
  • *5)Capital Oneのウェブサイトの「San Francisco Union Square Capital One Café」のページより。
  • *6)「Covo is the first coworking space that enhances how you live, not just how you work.」、「Covo pushes coworking further, with the goal of creating a space you’ll be proud to call home.」(Covoのウェブサイトの「Covo Sf」のページより)。
  • *7)「Covo’s community is an extension of this family unit. A haven for global nomads, individuals, and teams searching for a place where they can achieve their purpose and enjoy every moment, surrounded by a chosen family.」(Covoのウェブサイトの「Team & Mission」のページより)。このHavenは「居場所」と訳してもよいかもしれません。なお、日本の「まちの居場所」では家庭的な雰囲気を作ることを目指している場所がありますが、Covoの考え方はこれにも通じています。
  • *8)「RemoteOfficeFM」のウェブサイト「Episode23: Meet Rebecca Pan, Founder of Covo San Francisco – Coworking Spaces with AEC Amenities」(Nov 3, 2017)のページより。
  • *9)Spaciousのウェブサイトの「Our Mission」のページより。
  • *10)Spaciousのウェブサイトには「Spacious transforms unused space into a city-wide network of stylish, productive workspaces where you can meet, work, and get stuff done.」と表記されている。
  • *11)「New Connections / Make new connections and build your career as part of a thriving community of mobile, flexible professionals.」(Spaciousのウェブサイトより)。
  • *12)Spaciousのウェブサイトの「How it works」のページより。
  • *13)Press Clubに限らず、Spaciousでは夕方以降はレストラン・バーの営業が始まるため、Spaciousになっている時間帯にも食材を搬入したり、冷蔵庫の食材をチェックしたり、さらに、開店が近づくと家具をセットしたりという作業が行われます。
  • *14)一度、Finn Townで作業している時、居合わせた人に、MacBookの電源アダプターを貸して欲しいと声をかけられたことがあります。限られた事例ではありますが、居合わせた人との関わりが皆無というわけではないと思われます。