『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

「まちの居場所」の可能性としての「非-施設化」

今年2月、立命館大学にて「まちの居場所シンポジウム−カタストロフィ後の回復力と可塑性−」が開催されました。このシンポジウムで、千里ニュータウンの「ひがしまち街角広場」を紹介させていただきました。

「まちの居場所」を運営していくためには、どうやって運営資金を獲得していくか? どうやってスタッフを集めるか? どうやって宣伝・広報するのか? 飲み物の値段はいくらがよいか? 運営主体はどうするか? 等々の情報も大切ですが、これらの情報をハウツー(how-to)として寄せ集めるだけでは、「まちの居場所」の可能性を最大限に実現することはできないのではないか?
先日、東京港区の「芝の家」のコーディネーターの方と以上のような話をしていました。

それでは「まちの居場所」の可能性とは何か?

シンポジウムでは「ひがしまち街角広場」が実現している場所のしつらえとして、以下の7つの点をご紹介しました。

1)毎日場所を開ける
・気が向いた時にふらっと立ち寄れる。わざわざ予定・予約しなくていい

2)お店として運営する
・訪れるための、過ごすための名分が無くてもよい

3)「まち」の情報が集まる場所にする
・「まち」の人が運営している/集まる。「まち」(「まち」の情報)の窓口になる

4)過ごし方を強要しない
・一人でも居られる/居合わせた人と無理に関わらなくていい。みなで一緒の活動(会話)に参加しなくてもいい

5)主客の関係を固定しない
・サービスを提供する側/受ける側の関係ではない。地域組織の役割(分担)として運営に関わるわけではない

6)ありあわせのものでしつらえていく
・写真や絵画、作品を展示したり、食器や家具等を持ち寄ったりしてしつらえる。日々の運営を担うスタッフ以外の人でも、運営に関われる余地がある。

7)運営内容・目的をあらかじめ決めてしまわない
・人々の声に応えるかたちで運営していく。目的の中身が事後的に形成される(場所の意味が事後的に明らかになる)

これらもハウツー(how-to)の情報として受け取られる恐れがありましたが、この7項目で伝えたかったのは「ひがしまち街角広場」が実現している「場の質」ということです。

071206-155544

写真は「ひがしまち街角広場」でよく見られる光景。
コミュニティのための場所というと、みなで一緒におしゃべりしたり、何かの活動をしたりすることを思い描く方も多いかもしれませんが、写真の通り「ひがしまち街角広場」では、おしゃべりしている人もいれば、新聞を読んでいる人もいるというように、決してみなが一緒になって過ごしているわけではありません。

何故、こうした「場の質」が実現されているのかと考えて、整理したのがシンポジウムでご紹介した7つの項目です。

話は千里ニュータウンから飛んでしまいますが、先日から岩手県大船渡市で進められている「居場所創造プロジェクト」に関わらせていただいています。

非営利組織「Ibasho」の開設者・代表者は、大船渡の「居場所創造プロジェクト」の意義を表現するために「de-institutionalization」というキーワードを使っておられます。高齢者が施設に閉じ込められるのではなく、当事者として地域に関わり、互いに面倒を見あえるような暮らし。高齢者や子どもが弱者だと見なされない暮らし。子どもは学校へ、高齢者は老人ホームへ行くというように、施設とその対象者とが一対一で対応しているのではない暮らし。こんな暮らしを実現するための「de-institutionalization」。
先日は、「de-institutionalization」を「脱-施設化」と訳されていましたが、このプロジェクトの意義を最大限に汲み尽くすためには「非-施設化」と訳すべきかもしれません。

「脱-」と「非-」に関しては、イヴァン・イリイチによる『Deschooling Society』が『脱学校の社会』と、『Medical Nemesis』が『脱病院化社会』と訳されてしまったことについての、次のような指摘が思い出されます。

そして、ディスクーリングが「学校解体論」「学校廃止論」と誤認されて一人歩きしていったのだ。
日本ではいちはやく「脱学校」と称されたが、そのとき学校改良であることが先取りされている。学校改革のひとつと矮小化された。はっきり言って導入者たちの意図的な戦略である。学校信仰をよいことに「脱学校(化)」は、骨抜きにされた。わたしが、「非学校化」であると、学校批判ならざる「学校化批判」を徹底させたとき、わたしは教育学界から排除されていく。学校教育批判をする者は教育学者として失格であるという露骨な排除である。・・・・・・
「非学校化」が学校をなくすか否かではなく、「学ぶ」自律性を取り戻すことであることを強調したのもわたしであるが、ここは無視されていく。
*山本哲士『イバン・イリイチ』文化科学高等研究院出版局 2009年

また、イリイチ理解をしていく上で、日本的なある土壌がどうにも気になることがある。それは「脱」という観念だ。脱学校でも脱病院化でも脱身体化でもない、「非」であること、それは《非編制》であること、ここが総なめして見失われてしまっていることが訳語にでてしまっている。dis-やde-を脱実体化してしまっているのだ。非学校化という実態域がある、非医療化という実態域がある、非身体化という実態域があるのだ、それが編制された構造からはじきだされて、「非編制」の閾において個々人の自律性においてありうるのである。この非編制されている半分の可能条件をもっている実体的実態を見届けることである。編制された目から見えなくなっているが、いまここに「在る」のだ。いまの次にくるものではない。対立的亀裂、裂け目が在る。そして、編制されたものに支配の座を明け渡しているのではなく、そことの多元的な均衡を産みだしていくこと、それが相反的なものが共存するコンビビアルな状態である。ともすると単線的に流れていく変化を想定しがちであるが、そういう読みはイリイチの深みにはたどりつくまい。共時的でもない。ここが難しいところでもある。一つの生産様式や一つの実体様式が支配している、それにたいして多様なものごと多様な生産様式を創出していくことである。「実体」をめぐっての理論転換が要されているのだ。
*山本哲士『イバン・イリイチ』文化科学高等研究院出版局 2009年

「まちの居場所」の可能性としての「非-施設化」。
「まちの居場所」が持つ可能性は、これまでの暮らしや施設を(これまでの制度を保存したまま)ちょっと改良するだけのものではないこと。これまでの暮らしや施設を成立させている「当たり前」や「思い込み」を覆すものであること。

何故、上の「ひがしまち街角広場」の写真が魅力的に見えるのかを考えると、「ひがしまち街角広場」で実現されている「場の質」に、「非-施設化」を実現するためのヒントが隠されているからだと思います。

先日、大船渡のプロジェクトのメンバーの方々に、この写真を紹介したところ、ある地域の方から「それぞれが好きに過ごしているこういう場所っていい」という反応がありました。一番伝えたかった「場所の質」ということを、お伝えできたという手応えがありましたし、これを聞いた瞬間、このプロジェクトは面白くなりそうだと思いました。

実現したい「場の質」がメンバーで共有されれば、上の7項目をハウツー(how-to)としてマニュアル化せずとも、工夫によって運営のあり方が無限に広がりそうです。

(更新:2013年3月31日)