『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

まちの居場所の「理念・目的」と「日々の運営」との橋渡し

日本全国で様々なまちの居場所(コミュニティ・カフェ)が開かれています。

それぞれの場所は、「このような場所にしたい」という理念・目的をもって運営されています。先日、まちの居場所の話をしていたところ、「理念というのは、糖尿病のぼた餅ではないかと思う」とある方が話をされました。糖尿病の人がぼた餅を食べることは悪い。けれども、目の前で糖尿病の人がぼた餅を食べるのを目撃した場合、「ぼた餅を食べてはいけない」と言うだけではなく、もう一言、何か言えたらいいね。このような話をされました。

まちの居場所にとって、自分たちはどのような場所にするかという理念・目的はアイデンティティに関わる大切なもの。ただし、実際のまちの居場所の運営においては日々様々なことが起こりますし、それに対して判断し対応していかねばなりません。理念・目的だけでは日々の運営を行うことはできないのも確かです。
一方、日々の運営において判断しないといけないこと(飲物の値段をいくらにするか? どうやって活動を広報するか? どうやって協力者の輪を広げるか? 誰が明日の運営をするか? 運営資金をどう獲得するか? など)はあげればきりがありません。こうしたものの中にはある程度、好ましいやり方が定まったものがあり、それらを集めたマニュアルは運営を助けてくれるはずです。ただし日々の運営をこなすだけで、理念・目的をなおざりにしていては、何のためにまちの居場所を運営しているのかを見失ってしまう。
まちの居場所をめぐっては、理念・目的だけでもなく、日々の運営方法をマニュアル化するのでもなく、両者を橋渡しをするとはどういうことか? を考えていく必要がありそうです。

もう10年ほど前になりますが、3つのまちの居場所(コミュニティ・カフェ)の調査をして、それぞれの代表者に話を伺ったことがあります。3つの場所は地域も、オープンの経緯も、運営体制も全く異なるにもかかわらず、3人の代表者の話には共通することがあることに気づかされました。3人の共通する話を、まちの居場所の「運営を支える考え」として次の7点にまとめました。

  1. いつでも開いているお店として運営する

  2. あらかじめ運営内容を固定してしまわない
  3. 既存の組織に基づかずに運営する
  4. 主客の関係を固定しない
  5. 地域とつながりをもって運営する
  6. 居合わせるという状況を積極的に実現する
  7. ありあわせのものによってしつらえていく

*田中康裕「コミュニティ・カフェによる暮らしのケア」・高橋鷹志 長澤泰 西村伸也編『環境とデザイン』朝倉書店 2008年

この7項目は、まちの居場所の理念・目的を語るものではなく、かといって、すぐさま日々の運営に適用できるものでもありません(日々の運営を行うためには、もっと具体的な話が必要)。当時は「運営を支える考え」と呼んでいましたが、これらはまちの居場所を、具体的な場所として(空間性・時間性をもった場所として、身体性のある場所として)どのように「しつらえ」るかを語ったものであり、理念・目的、日々の運営方法とを橋渡しするものと言ってよい気がします。

まちの居場所を訪れると、この人がいるから成立しているんだと思うようなキーパーソン(場所の主(あるじ))に出会いますが、キーパーソンというのは理念・目的と日々の運営とを(意識的にであれば、無意識的にであれ)橋渡しされているのではないかと思います。

3人の方の次の言葉は、もう10年ほどまえに伺ったものですが、今でもずっと心に残っています。

●私は、ボランティアさんとお客さんは同じ立場だと思ってるわけね。・・・・・・。だから、ボランティアさんもふれあいの仲間なんですよね。で、お客さんもふれあいですね。だから、私、お客さまも、ボランティアさんも等々(とうとう)、対々(たいたい)だと思うのね、立場上ね。

071102-155020

●だから別に、特別に勉強してやってるわけでもない、ほんとに普段着の生活、普段着のそのまま、普段着で生活してる、来る人も普段着で来る、その普段着同士の付き合い、フラットな、それこそバリアフリーのつきあい、それがあそこではいいんだと思うんですね。・・・・・・。それよりも、みんなどっちもボランティア。だから来る方もボランティア、お手伝いしてる方もボランティアっていう感じで、いつでもお互いは何の上下の差もなく、フラットな関係でいられるっていうのがあそこは一番いい。

071206-155544

●お互いにそれぞれが自分のところに座ってて、誰からも見張られ感がなく、ゆっくりしてられるっていう。だけども、「何か困った時があったよね」って言った時には側にいてくれるっていう、そういう空間って必要だなと思って。

071213-133812

このようにに書くと、まちの居場所(コミュニティ・カフェ)はキーパーソンがいないと運営できないんだ、と思われるかもしれません。そして、これはある意味で事実だと思います。

上にあげた3つの中の1つの場所の話です。この場所では地域の人同士の「ふれあい」を目的として開かれました。代表者に話を伺ったところ、最初は何らかの活動に参加することを「ふれあい」だと考えていたが、運営を続けるうちに、必ずしも活動に参加したり会話したりすることを求めるのではなく、1人で過ごしたいという人に対してはそっとしておくのも大切だと考えるようになった、とのことでした。活動への参加から、多様な関わりの許容へと、この場所で目的としている「ふれあい」の中身が豊かになっていることを伺うことができます。
当時、これをまちの居場所の目的(目的の中身)は、運営を始めた後に事後的に形作られていくと表現していました。これを理念・目的と日々の運営との関係という視点からみると、運営を継続することで、日々の運営と理念・目的をつながりをもって捉えることができるようになった、と考えてよいのではないかと思います。

まちの居場所はキーパーソンがいないと運営できない可能性があります。しかし、ここでみたようにキーパーソン自身が、まちの居場所の運営を通して、理念・目的と日々の運営とのつながりを学んでいくという側面は見過ごせません。

まちの居場所の運営の理念・目的と、日々の運営との橋渡しをするために何らかのお手伝いをすること。これが、今、求められていることかもしれません。