『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

住宅地を管理・運営するための体制:アメリカのラドバーンより

千里ニュータウンで採用された計画手法として、必ず名前が出てくるのがラドバーン方式による歩車分離です。ラドバーン(Radburn)とは、都市住宅会社(City Housing Corporation:CHC)が、ニューヨーク市から15マイル(約24km)離れたニュージャージー州に開発した郊外住宅地のこと。

ラドバーンは、当初、イギリスのレッチワース(Letchworth)のようなガーデンシティ(田園都市)を実現したいと構想されましたが、最終的に郊外住宅地として計画されることになりました。ラドバーンの計画に携わったクラレンス・スタインは、ラドバーンでは、ガーデンシティ(田園都市)の基本的なアイディアのある緑地帯と産業(green belts and industry)をもたない郊外だと表現しています。その理由として、緑地帯を確保するための十分な敷地面積を確保することができなかったこと、そして、当時は住宅に関する政府の援助は存在せず、工場で勤務する人々はラドバーンに住むことができず、住民のほとんどがニューヨークに通勤するホワイトカラーになったことがあげられています(Stein, Clarence, 1951)。

ラドバーンが開発された当時、自動車が急速に普及し、結果として交通事故が深刻な問題になっていました。ラドバーンは次の5つの要素によって「自動車といかに共存するか」、あるいは、「自動車があるにも関わらず、いかに共存するか」という課題への対応が行われました。

■ラドバーン計画の要素
①スーパーブロック(SUPERBLOCK)
②全ての用途のためでなく、単一の用途のために計画され、建設された特殊な道路(SPECIALIZED ROADS PLANNED AND BUILT FOR ONE USE INSTEAD OF FOR ALL USES)
③歩行者と自動車の完全な分離(COMPLETE SEPARATION OF PEDESTRIAN AND AUTOMOBILE)
④住宅の逆転(HOUSES TURNED AROUND)
⑤近隣の中心(背骨)としての公園(PARK AS BACKBONE)
※Stein, Clarence(1951)より。

このような要素によって歩車分離を実現する手法はラドバーン方式と呼ばれており、その後のニュータウン、郊外住宅地などに大きな影響を与えました。千里ニュータウンでもラドバーン方式が採用されています。

(藤白台の戸建住宅地にもうけられたクルドサック)

(府営新千里南住宅では「コ」の字型・逆「コ」の字型に連続させた住棟配置により歩車分離を実現)


このようにラドバーンで採用された歩車分離の手法は千里ニュータウンにも影響を与えましたが、エヴァン・マッケンジー(2003)は『プライベートピア』において、歩車分離の手法より後世に大きな影響を与えたものがあると指摘しています。

「「ラドバーン構想」は、車道と歩道の分離と、住戸の「逆転」、すなわち広い内庭的な緑地帯側にリビングを配置し、道路側には台所やトイレなどのサービスエリアを備えるという配置計画のゆえに有名になった(35)。ラドバーン方式のなかでももっとも長く後世へ寄与するものと考えられるのは、弁護士で政治学者でもあったチャールズ・アッシャーによって編み出された、住宅所有者組合をつうじて運営される制限約款にもとづいた私的政府形態であろう(36)。ラドバーン政府は、進歩党のシティ-マネージャーモデルにもとづくもので、今日のCID体制の原型となったものである。」(マッケンジー、エヴァン, 2003)

CIDとは「コモンを有する住宅地」(Common Interest Developments)のことで、エヴァン・マッケンジーによれば、CIDにはコンドミニアム、計画的一体開発(PUD)*1)、株式コーポラティヴ住宅、コミュニティ・アパートメントの4つの基本的形態があり、いずれも次を含むと指摘しています。

「四つのすべての住宅所有形態は、次を含む。個別住戸の個人による利用と所有に一体化した、私的居住用不動産の共同所有。共有不動産の利用を管理し、個人の住戸利用を制限する住宅所有者組合(HOA)への、すべての不動産所有者の強制的加入。組合の資金調達、管理の方法、所有者が共用空間と個人の住戸について守るべき規則についての一連の管理文書(11)。」(マッケンジー、エヴァン, 2003)

元々、CIDはエベネザー・ハワードの田園都市(ガーデンシティ)の構想に触発されたものですが、エベネザー・ハワードの構想がもつユートピア的な側面が実現されたわけではありません。エヴァン・マッケンジーはCIDを「ハワードのユートピア的な構想とアメリカのプライヴェテイズムとの混成」と捉え、これを「プライベートピア」と呼んでいます。

「彼〔=チャールズ・アッシャー〕はコミュニティによる私的所有権に立脚したエベネザー・ハワードの構想に魅せられていたが、制限約款を利用することによって、彼の構想した住宅地をより私有化し防御する必要を感じた。私的政府をこれらの制限約款と結びつけることによって、彼は今日の住宅地において最も支配的になっている近代的な住宅所有者組合(HOA)という制度をつくりあげた。」

「ハワードが思い描いた善意の公共的地主のかわりに、CIDは、アメリカ人の住宅の個人所有志向を利用した私的政府という形態を特徴とし、さらに多くの場合、それを反友好的なプライヴェティズムというイデオロギーに変えてしまう。資産価値の保護はもっとも高い社会目標であり、住宅地の生活がもつ他の側面は、下位におかれることになる。厳密で押しつけがましい、そして大概くだらない規則の強制は、ハワードのゆるやかな管理をとる政府のカリカチュアとなっている。そして、合理的な計画に対する信頼は、従順のための従順の強調へとゆがめられている。」(マッケンジー、エヴァン, 2003)

千里ニュータウンではラドバーンで採用された歩車分離方式がモデルとされました。例えば、千里ニュータウンの開発主体である大阪府が「事業誌」として刊行した『千里ニュータウンの建設』にも、歩車分離について言及された部分にラドバーンの名前が登場します。

「千里における公営住宅は、ラドバーン方式を基調とした歩車分離の考え方、動的、静的空間の意味づけ、さらにクルドサックのアプローチを結びあいにした新しい近隣関係の設置、斜面の処理についての対応手段など、試行錯誤をくりかえして丘陵地の新しい団地づくりを進めていった。しかし、この試みはまたいくつかの批判も受けた。南北軸棟建物の問題、囲まれた内庭の取扱い、外部造園施設等の投資不足など、いろいろ未知の問題につき当たったが、しかし千里ならではの大胆なブロックパターンが示された。」

「中心地区および隣接高密度地区において自動車と歩行者を立体交差させるのは、経済的には不可能ではないが、一般住区内ではラドバーン方式を基礎にして平面的処理を行なう。中央歩行者路は各住区の幹線であり、住居地区はフットパス(歩路)で結ばれ、また分散道路につながるクルドサックにも結ばれている。」(大阪府, 1970)
※下線は引用者によるもの

この一方で、ラドバーンがどのような体制によって管理・運営されているかについての記述はありません*2)。ただし、日本の分譲マンションは、CIDの4つの基本的形態のうちコンドミニアムに相当し、分譲マンションの管理組合が住宅所有者組合(Home Owner’s Association:HOA)ということになります。つまり、開発主体である大阪府の考えに関わらず、現在の千里ニュータウンは実質的に多くの分譲マンションというかたちのCIDによって管理・運営されていることになります。これらのCIDは個々の分譲マンションの単位であり、千里ニュータウンで重視されている住区という単位での管理・運営をするための体制が整っているわけではありません。このことは、今後の千里ニュータウンのあり方を考えるうえで重要な視点になると考えています。


住区単位での管理・運営のための体制として、近年、豊中市域は小学校区を単位とする地域自治協議会を立ち上げています。千里ニュータウンでは、豊中市域の新千里東町、新千里北町で地域自治協議会が立ち上げられました*3)。

「多様化、複雑化する地域の課題は、地域のことをよく知る住民が、地域の特性に応じて主体的に取り組み、行政がその取組みを支援することにより、より良い解決を図ることができます」という「地域自治の考え方」*4)には反対できませんが、地域自治協議会の活動について見聞きして感じることは、専門的、あるいは、事務的な側面で住民をサポートする専属のスタッフが必要ではないかということ。住民によって町を管理・運営することが基本だとしても、日中は都心に通勤しているなどの理由で住民が必ずしも地域のことに詳しいと限らないこと、理事会の役員が任期ごとに変わってしまうため活動の継続性が持ちにくいこと、町を管理・運営するためには様々な専門的知識が求められることなどがその理由です。

ここで、エヴァン・マッケンジーの「ラドバーン政府は、進歩党のシティ-マネージャーモデルにもとづくもので、今日のCID体制の原型となったものである」という指摘が思い起こされます。ラドバーンでは、市議会(カウンシル)の意向に沿ってシティ・マネージャーが業務を行うように、ラドバーンでは理事会によって雇用されたマネージャー(管理者)が業務を遂行する「カウンシル・マネージャー制」をモデルとする仕組みが取り入れられました。

「市議会が正式の市長と並立しているように、ラドバーンには九人の理事からなる理事会と正式の会長とがいた。ちょうどシティ・マネージャー(市議会の選任を受けた市政担当官)が市議会の意向にそって業務を遂行するように、ラドバーンでは、「管理者」が理事によって随意に雇われ、また解雇されるとした。管理者も理事も、ラドバーンの住民である必要はなかった」

「アッシャーと彼の顧問たちがラドバーンのために生みだした特定の契約約款を基盤とした私的政府という形態は、今日のCIDで制度化された。それらはカウンシル – マネージャーシステムのプライヴェタイズされた形式であり、ある意味で、進歩党時代の遺産である(65)。」(マッケンジー、エヴァン, 2003)

柴田健(2002)によれば、全米の住宅所有者組合(HOA)のうち、専門の管理会社と契約しているHOAが42%、常駐のマネージャーを雇用しているHOAが26%、これらを組み合わせているHOAが5%、住民自身によって運営されているHOAが27%あるということです。このうち、常駐のマネージャーを雇用しているHOAではマネジャーをはじめとするスタッフが常駐するオフィスがあり、スタッフは居住者に対する対面サービスの提供、各種アクティビティやイベントなどのコミュニティ・サービスの提供、緑地、アメニティ施設、道路の維持・管理などを行なっているということです。

「私は、CIDが本質的に悪であるといっているのではない。・・・・・・。私はコミュニティ全体を丸ごと計画するという考えや、私的な土地利用の計画および管理が適切なかたちでなされるのであれば、それは有効で有益なものだという信念に異論はない。共有の資産を伴う、新しい私的な住宅所有権や借家権が、さらに探求されるべきだと思っている。
もちろん、地方の民主主義の力を強めることには何の異存もない。
私の頭を悩ませるのは、これらの方針ではなく、それらの名目のもとに実際になされてきたことである。」(マッケンジー、エヴァン, 2003)

「カウンシル・マネージャー制」をモデルとするHOAの私的政府というかたちを千里ニュータウンの住区の管理・運営に導入することはできませんが、住民が住区をどう管理・運営するのか、それを、誰がどのようなかたちでサポートするのかが解決すべき課題であることに変わりはありません。この意味でも、千里ニュータウンはラドバーン(を原型とするCIDの歴史)と関わりを持ち続けています。


■注

  • 1)「計画的一体開発(PUD)とは、独立した一世帯用戸建て住宅やタウンハウスで構成される。住宅所有者組合(HOA)は共用部分を所有管理するが、そこには、多くの場合、街路や公園が含まれる」(マッケンジー、エヴァン, 2003)。
  • 2)千里ニュータウンの開発では、海外の事例がハードの側面から参考にされる傾向にあった可能性がある。ただし、大阪府に町を管理・運営する視点が全くなかったわけではない。例えば、最初に入居が始まった府営千里佐竹台住宅では、団地での暮らしに不慣れな人々をサポートするため、大阪府の職員、および、その家族が管理人(管理員)として入居していた。
  • 3)千里ニュータウンは近隣住区論に基づいて、1住区=1小学校を基本として開発されたため、地域自治協議会が住区を単位とするものになっている。
  • 4)豊中市「地域の自治・コミュニティ」のページより。

■参考文献

(更新:2022年4月18日)