『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

地域の歴史を収集・共有するための実践的なITスキル

以前、イギリスのニュータウンの1つ、ミルトン・キーンズ(Milton Keynes)で活動するリビング・アーカイブ(Living Archive)というグループをご紹介しました。地域の人々のオーラルヒストリーを収集し、それを素材としてドキュメンタリー演劇、映画、本などを制作するという興味深い活動をされているグループです。

リビング・アーカイブでは、ITスキルをトレーニングするという活動も行われています。日本でよく行われているパソコン教室とは少し違い、地域の歴史を収集・共有するための実践的なITスキルの習得が目指されており、リビング・アーカイブの建物内には写真のようなITスキルのトレーニングルームもあります。

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リビング・アーカイブを訪問した際にお会いしたロジャー・キッチン氏は、リビング・アーカイブの創設者の1人であり、歴史とアートを大切にしてより良い地域を実現するためのコンサルタントをされています。このような種類のコンサルタントは日本ではあまり馴染みがありませんが、ロジャー・キッチン氏のウェブサイトには、以下のような人に対して力になれるかもしれないと書かれています。

  • オーラルヒストリーをインタビューする方法、インタビューを録音する方法を学びたい人
  • 地域の歴史に関するプロジェクトを行う際の組織作り、資金調達のための申請書類の作成を手伝って欲しい人
  • 地域の歴史に関するプロジェクトを通して収集した写真や音声をデジタル化、アーカイブを作っていくのを手伝って欲しい人
  • 地域の歴史を伝えるための創造的な方法を見つけたい人
  • コミュニティに参加し、その将来を決定していくための革新的な方法を見つけたい人
  • 所属しているグループの将来の方向性を再検討するのを手伝って欲しい人

さらに、ウェブサイトにはオーラルヒストリーの収集と、写真をアーカイブしていくための以下のような方法が公開されています。これらはリビング・アーカイブにおけるITトレーニングにも取り入れられているものです。


オーラルヒストリーの収集に関するスキル:レコーダーを使ったインタビューの録音、録音した音声のパソコンへの取り込み、取り込んだ音声ファイルの編集(SoundForge、あるいは、Audacityという具体的なソフトウェアを使って音声レベルを揃えたり、不要部分をカットしたりするなどの方法)など

この中で、レコーダーを使ったインタビューの録音においては、①性能の良いマイクを使う。クリップタイプのマイクが好ましい、②マイクを話し手の口元に近づける、口元から6〜9インチ(約15〜23cm)の距離にするのが好ましい、③周囲のノイズに気をつける、④録音レベルは小さ過ぎず、大き過ぎずに設定する、⑤きちんとしたメディアを使う、安売りのカセットテープやミニディスクは使わない、⑥あらかじめ機器の使い方を練習しておく、の6つの心得が書かれています。
*Roger Kitchen『Six Tips for Getting a Good Sound』

写真をアーカイブするための関するスキル:写真のスキャン、スキャンした写真の編集(Photoshop Elementsを使って明るさを補正する、シャープネスをかける、サイズを変更する、ウォーターマークをつけるなどの方法)、Microsoft Accessによる写真データベースの作成など

写真のスキャンについては、スキャン時の解像度の説明があり、写真が絵葉書以上の大きさなら300dpiに、それより小さい時は600dpiにすること、そして、たとえ元の写真がモノクロであってもセピア色の色合いが失われないようカラーモードでスキャンすることと書かれています。
*Roger Kitchen『A guide to compiling a digital photo archive』


少し前に作成された資料のため、カセットテープやミニディスクなど今では使われなくなった機材のことも触れられていますし、今だと音声に加えて動画の撮影・編集方法もあるかもしれませんが、今でも参考になる部分は大いにあります。

日本でパソコン教室と言うと年賀状やカレンダー、家計簿など個人の暮らしを豊かにするためのスキルを教えてもらう場所という傾向があるように感じますが、リビング・アーカイブのITスキルのトレーニングが興味深いのは、歴史を収集・共有するという地域の活動に直結する具体的、実践的なスキルの習得に主眼が置かれていることです。
個人の楽しみや、個人の暮らしだけを豊かにするのではなくて、より良い地域を実現するためにスキルを身につけるというように、具体的なスキルを介して個人と地域とを積極的に結びつけていこうとする姿勢からは学ぶべきことが多いと感じます。