『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

イギリスのニュータウン:ミルトン・キーンズのアーカイブ②

先日の記事で、イギリスのニュータウン、ミルトン・キーンズでのアーカイブとして、ニュータウン開発公社から資料を引き継いだミルトン・キーンズ・シティ・ディスカバリー・センターと、ニュータウン開発前の暮らしの歴史を展示するミルトン・キーンズ・ミュージアムの2つをご紹介しました。
ここではアートと歴史という異なる分野の2人の活動をきっかけとして生まれたユニークなグループ、リビング・アーカイブのご紹介をしたいと思います。

リビング・アーカイブ

  • 設立年:1984年
  • チャリティ団体登録:1994年
  • 活動の概要:地域のドキュメンタリー演劇の制作、居住者のオーラル・ヒストリーの収集を行なっていた2人の活動がきっかけで設立。地域の思い出を素材とする演劇、ミュージカルなどの作品を制作。
  • 2010年度の活動予算[収入/支出]£177,057/£197,669 (27,266千円/30,638千円)
  • 活動拠点があるエリア:Wolverton(ニュータウン開発前からの集落があるエリア)

*活動予算は「The regulator for charities in England and Wales」ウェブサイトに記載のデータで、£1 = 150 円で換算。

リビング・アーカイブはアートと歴史の分野の2人の活動をきっかけとして生まれたグループですが、設立の背景にはニュータウンが開発されたことが大きく関わっています。つまり、ニュータウン開発前から住んでいた人々に対しては「進歩という名のもとにそれまでの暮らしと歴史が損なわれてしまった人々が、どうすれば誇りを持ち続けることができるか?」という問題意識が、一方、ニュータウン開発後に越して来た人々に対しては「家族や仲間をおいて、まっさらな土地にやって来た人々が、どうすれば新しい場所を継承することができるか?」という問題意識があります。
このような背景から活動をスタートしたリビング・アーカイブは「誰もが語ることのできる物語をもっている(Everybody has a story to tell)」「自分がいる場所を理解する/好きになる(Digging where you stand)」を活動のモットーとしています。地域の歴史はミュージアムに展示する静的なものではなく、人々を地域に巻き込むために共有すべきものと捉えられており、住民の思い出を素材としたドキュメンタリー演劇、映画、本、写真展、CD-ROMs、ビデオ・ドキュメンタリー、彫刻イベント、テキスタイル・プロジェクト、ダンス・ショー等の作品が制作・上演されています。そして、このような制作活動を行うことで写真やインタビューが蓄積され、結果として100,000枚以上の写真、約35,000枚の写真ネガ、1,000時間以上の録音テープをアーカイブとして蓄積することになったとのことです。
また、リビング・アーカイブでは、ウェブページの作成、画像編集、デジタルサウンド・ビデオ編集などまちづくりに必要なITスキルのトレーニングも行っています。

リビング・アーカイブのスタッフにお会いした時、スタッフの男性は次のような話をしてくださいました。

ドキュメンタリー・アートのプロセスには5つのステージがある。写真を聞いたり、誰かの話を聞いたりしてインスピレーションを得る。もっと調べたくなる。録音したり、物を集めたりする。書き写したり、録音したりして、集めたものを〔アートの材料として〕使えるかたちにする。それから、形を整えたり、編集する。それで、自分の作品を作るんだ。そして、次が最も大切なことで、作品を還元する、シェアする。・・・・・・。それ〔最後の点〕がミュージアムとの違いだと思う。・・・・・・、ミュージアムは静的・固定的〔static〕だから。あなたちが展示会を開いたとする。「展示会を開きました。これが街の歴史です、ヘリテージ(Heritage)です」って。でも、しばしば、そこには街で聞く普通の声〔ordinaryvoices〕が反映されてない。

リビング・アーカイブは、ほとんど偶然アーカイブを作ることになったんだ。なぜなら、〔地域を〕調べた結果を絵劇や本、ウェブサイトのために使っているから、〔演劇や本、ウェブサイトを作るのと〕同時にアーカイブが蓄積されていった。・・・・・・。正直に言うと、当初、1980年代は〔インタビューを〕録音さえしていなかった。ビデオも使ってなかった。

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ディスカバー・ミルトン・キーンズ

  • 設立年:2008年
  • 活動の概要:歴史とアートにまつわる活動を行なうグループのための「ショーケース」として、センター地区ショッピングセンターの空店舗を活用してオープン。リビング・アーカイブが運営
  • 活動拠点があるエリア:The Centre:MK(センター地区のショッピングセンター)
  • 開館時間:月〜土 10:00〜18:00
  • 入場料:無料
  • 備考:2011年から場所を移転し、ミルトン・キーンズ内の3図書館で運営されている

*活動予算は「The regulator for charities in England and Wales」ウェブサイトに記載のデータで、£1 = 150 円で換算。

ディスカバー・ミルトン・キーンズは歴史とアートにまつわる活動を行なうグループのための「ショーケース」です。ミュージアムに足を運ばない人に、歴史やアートに触れてもらうための試みとして、ショッピングセンターの空店舗を活用して開かれた場所で、オープンした1年目は14,500人、2年目は24,000人の来訪があったとのこと。
ディスカバー・ミルトン・キーンズ内ではミルトン・キーンズに関する内容のパネル(「Desinger City」「Milton Keynes at War」など)が展示されていますが、いつも同じ展示だと見てもらえなくなるので、常に新しい情報を発信するため6週間ごとに展示パネルが交換されているとのこと。また、ミルトン・キーンズで活動する団体のパンフレットを配布したり、ミルトン・キーンズのグッズ、書籍を販売したりしています。
バスのチケット売り場、観光案内所の役割も果たしており、わざわざミュージアムに足を運ばない人がやって来て、ミルトン・キーンズの歴史や、活動する団体に触れることができる場所になっています。

スタッフの女性は次のような話をしてくださいました。

ミュージアムには歴史が好きな人しか行かない。だから、ここで実験してることは、より多くの、幅広い人を引きつけることなの。ここに来る人は買い物客で、彼らのほとんどはミュージアムになんて行こうと思ったことがない。ここはバスのチケットを売ってるから、・・・・・・、みながここに来る一番の理由はバスのチケットだわ。・・・・・・でも、少しずつ、彼らは〔ここに置かれている〕ミュージアムのリーフレットに気づいて、手に取り始めるようになった。ここに来て、そして、ミュージアムに行った人が何人いるのか、数える方法はないのだけど。

ここに来る人の目的は、バス・チケットが1番目、観光情報が2番目、ヘリテージ(Heritage)は3番目。でも、一緒にやってることが大事。・・・・・・。旅行会社も、ヘリテージ(Heritage)を理由にやって来る人が多いことを認識してる。

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ミルトン・キーンズのアーカイブを行うグループの活動をご紹介してきましたが、ミルトン・キーンズのアーカイブは、オフィシャルな主体による開発の歴史を保存するだけにとどまらない広がりをもっていると言えます。ミルトン・キーンズのアーカイブは次のようにまとめることができます。

開発後だけでなく「開発前の歴史をも含んだアーカイブ」

  • ニュータウン開発で閉鎖される農場や工場の物を収集(ミルトン・キーンズ・ミュージアム)

オフィシャルな主体が作るだけでなく「個人を契機とするアーカイブ」

  • 住民グループが物を収集し始めた(ミルトン・キーンズ・ミュージアム)
  • 誰もが語ることのできる物語をもっている(リビング・アーカイブ)

開発時の(昔の)資料保存でなく「活動とともに増え続けるアーカイブ」

  • 作品作りの結果として偶然アーカイブが蓄積された(リビング・アーカイブ)
  • 新聞記事のスクラップ、寄贈資料の受付(ミルトン・キーンズ・シティ・ディスカバリー・センター)

展示室の中の静的なものでなく「気軽にアクセスし共有できるアーカイブ」

  • バスチケット購入のついでに立ち寄ってもらう(ディスカバー・ミルトン・キーンズ)
  • 思い出を素材として作りあげた作品を還元する、共有する(リビング・アーカイブ)

※参考:田中康裕「英国ミルトン・キーンズにおけるアーカイブの概要とその意義:計画住宅地におけるアーカイブに関する研究」・『日本建築学会学術講演梗概集(北海道)』F分冊 pp339-340 2013年8月