『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

まちの居場所で生まれた関係を大切にする

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先日ご紹介した東京都の「親と子の談話室・とぽす」について、もう少しだけご紹介したいと思います。
1987年4月のオープン以来、「親と子の談話室・とぽす」はSさん夫妻によって運営が継続されてきました。先日、Sさんに30年間で大変だったこと、やめようと思ったことはありますか? と聞いたところ、大変だと思ったこと、やめようと思ったことはないという返事。

なぜ30年間も運営を継続できたかについて、運営資金は大切だけれど、運営資金があれば継続できるわけでもないと言って、Sさんは次のように話してくださいました。「人とのつながりがほんとに大切だな、ありがたいたなと思えるから、私は続けてこれたと思う」、「お金だけが問題ではなくて、やっぱりそこに来る人とのつながりがいかに美しいか、自分にとって宝物かっていうことかな」。
Sさんは自分が完璧な人間ではないと思ってるとのこと。でも、完璧じゃないからこそ、人とのつながりが生まれるのではないかとも話されました。そして、自分が完璧じゃないから、相手の弱さも受け入れることができるのだと。
完璧な人間じゃないという部分は、大船渡の「居場所ハウス」の運営理念の1つ、「完全を求めないこと」に通ずるところがあり、興味深いと思いました。

先日ご紹介したように、「親と子の談話室・とぽす」では年齢、性別、国籍、肩書き、障害の有無などの壁を取り払り、誰もが対等で自由に話ができること、そして、話したことは他の場所で噂話にしないことを大切にされています。
噂話をしないことについて、Sさんは次のように話してくださいました。「色んなこと、嫌なことも話すけど、それが噂話にならないような場所。家のような場所って言ったらいいかな。・・・・・・。やっぱり家の人って、家の恥を話さないよね。だから安心して話せるじゃない」。
噂話にはしないけれど、「親と子の談話室・とぽす」のことを理解してくれている方には、「この体験をこの人と一緒に共有して、話してもらえればいいかな」と考えて、人と人とをつなげる場合もあるとのことでした。この意味で、Sさんはいつもアンテナを張っていると話されていました。

情報共有というと、情報を広く発信するというイメージがあります。けれども、「親と子の談話室・とぽす」で行われていることは情報を広く発信するというのとは違います。
「親と子の談話室・とぽす」の内部では嫌なことも含めて何でも話せる雰囲気を作っておく。しかし、「親と子の談話室・とぽす」で話したことは外部では噂話にはしない。ただし、「親と子の談話室・とぽす」のことを理解してくれている人には話をして、人と人をつなげる場合もある。情報を広く発信するのではなく、場所の内部と外部を意識的に分けることによって、結果として人と人とがつながるということです。
「親と子の談話室・とぽす」の内部で聞いた嫌なことを噂話にはしないことの背景には、Sさんだけでなく「親と子の談話室・とぽす」に集まる人々が、そこで生まれた関係を大切にしようとする思いがあるのだろうなと思いました。