『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

先進国と開発途上国(開発進行国)

ネパールのマタティルタ(Matatirtha)村の子どもたち。先日、地域に対して外部の者/専門家に対して担い得る役割は何か? という記事を書きましたが、地域の人と外侮の人との関係に、先進国と開発途上国(Devleloping Countries:開発進行国と表現すべきか?)という関係が加わると、軽はずみなことは言えなくなります。

先進国が必ずしも優れているわけではありませんが、(客観的に見れば)やはり日本に生まれたことは恵まれている。だからと言って、先進国から開発途上国への一方的な支援は、先進国/開発途上国という壁を高くするだけ。それをふまえた上で、それでは外部の者には何ができるのか? と考えてしまいます。

ネパールは2015年に大震災に見舞われました。その後、ネパールの人々は海外から被災地への支援金に依存する傾向が強くなったとのこと。

ただ、考えてみれば、どの子どもも好んで先進国に生まれるわけではないし、好んで開発途上国に生まれるわけでもないというのも事実です。