日本の高齢者施設について、少し前、次のような話を伺ったことがあります。高齢者施設は入居者のためのもので、施設が立地している地域の住民のものになっていない。もしも、高齢者施設が地域に開かれていれば、施設に入居した後も、その人は住民のままで居ることができる。
この課題を解決しようとしたのが、小規模多機能(小規模多機能型居宅介護)と呼ばれている施設。小規模多機能は、元々、地域で草の根の動きとして取り組まれていた宅老所をモデルとして生まれたと言われており、1施設あたりの定員(1日の宿泊+通いの定員)は29名以下とされています。なぜ、29名以下という定員が定められたのかについて、別の方から、このぐらいの規模(小規模)であれば地域の中で建物・敷地を確保しやすく、周辺地域の人も気軽に出入りしてもらえると考えられたからという話を聞いたことがあります。しかし、制度(施設)化され29名という基準が一旦定められてしまうと、その基準だけが一人歩きして、必ずしも地域の中に開設されているわけではないという話も聞きました。
こうした話を伺い、高齢者施設と地域との関係、さらには、高齢者が施設と関わりながら地域に住み続けることについて、考えるべきことは多いと感じました。
このことを考える上で、ネパール・マタティルタ(Matatirtha)村にある高齢者住宅「マタティルタ・オールデイジ・ホーム」(Matatirtha Oldage Home)が多くのヒントを与えてくれるように思います。
マタティルタは、2016年から、ワシントンDCの非営利組織・Ibashoが、プロジェクトを進めている村。後にIbashoプロジェクトのコーディネートを行うことになったソーシャル・ベンチャー「Bihani」が、村の高齢者住宅のサポートをしていたことができっかけで、プロジェクトを行うことになりました。
高齢者住宅は住民によって結成された委員会(Oldage Home Committee)によって運営。現在、高齢者住宅には約25人の高齢の女性がお住まい。1人暮らしであったり、虐待を受けたりした女性だと伺いました。コーディネーターの「Bihani」代表のSさんは、この住宅は自由で、鍵のついた扉も、塀もない。このような高齢者住宅(施設)は珍しいのではないか、と話されていました。
高齢者施設と地域との関係、高齢者が施設と関わりながら地域に住み続けることを考える時、高齢者の住まいはこうあるべきかもしれない、と思ったことが3つあります。
○出入りする人々の多様さ
上で書いたようにこの高齢者住宅は住民によって結成された委員会によって運営されているため、日常的に村の人々も出入りされています。女性が出入りすると、小さな子どもも付いてくることになります。また、お祭りなどの時には食べ物を持ってきてくれる(寄付してくれる)人の訪問があったり、運営のサポートをするソーシャルベンチャ「Bihani」の人々が出入りしたり。
高齢者住宅の一室は、Ibashoプロジェクトのミーティング、ワークショップなどの活動のためにも貸していただいています。この時は、高齢者住宅の入居者だけでなく、村の高齢者、「Mahila Samuha」と呼ばれる女性グループのメンバー、そして、学校(Mahalaxmi Lower Secondary School)の子どもたちも参加。Ibashoプロジェクトが始まるまで、高齢者、女性グループ、子どもたちが一堂に会して意見交換する場所が村にはなかったとのこと。その意味で、Ibashoプロジェクトは村の人々の世代を越えた関わりのきっかけとなったということであり、高齢者住宅はそうした関わりの場所にもなっているということです。
○地域にない機能を補う
現在、高齢者住宅は増築が行われています。増築が完成した後、高齢者住宅の一画に図書館、インターネット・カフェをオープンする予定です。
高齢者住宅に図書館、インターネット・カフェを開くのはどうかという話は、今年3月に開いたIbashoプロジェクトのワークショップで提案されたもの。村の学校には図書館はあるが、十分に整った環境ではない。村ではインターネットを使っている人が少なく(ほとんどの人は携帯電話を使ってネットに接続している)、インターネットができる場所があればいいし、インターネット・カフェは高齢者住宅の収入にもつながる。このような話がなされました。
図書館、インターネット・カフェという村にない機能を取り込むことで、高齢者住宅は公共施設としての役割も担うことになります。
なお、高齢者住宅の増築にあたっては、敷地の高低差をいかして、2階へのスロープも作られています。スタッフのDさんの話では、ネパールで初めて車椅子に対応した高齢者住宅だということでした。
○入居している人もサービスの利用者ではない
高齢者住宅に住んでいる人も、サービスの利用者であるわけではないことも重要だと感じました。以前の記事でも紹介したように、8月7日(月)の夕方、入居している高齢の女性が、スタッフの男性と一緒に庭の草取りをされていました。また、Ibashoプロジェクトのワークショップ、ミーティングで訪れた時にはお茶をいれてくださったり、テーブルを運んでくださったりします。
以上は、見聞きした限られた情報に基づくもので、決してマタティルタ村の高齢者住宅を理想化するわけではありませんが、出入りする人々が多様であること、地域にない機能を補い実現しようとすること、入居者もサービスの利用者ではないことというのは、高齢者施設と地域との関係、あるいは、高齢者が施設と関わりながら地域に住み続けるとは何かを考える上で、多くのヒントを与えてくれるように思います。