2020年4月20日、アメリカ・ハーバード大学のエドモンド・J・サフラ倫理センター(Edmond J. Safra Center for Ethics)が『パンデミック・レジリエンスへのロードマップ』(ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE)というレポートを発表しています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって閉鎖された経済を安全に再開していくための提言で、センターが招聘した様々な分野の45人の専門家によってまとめられたもの。ここで用いられているレジリエンス(Resilience)は、脆弱性(Vulnerability)の反対の概念で、回復力、復元力、弾力性などと訳されることがあります。
現在、アメリカでは社会的・物理的な距離を確保することで感染拡大を防止するソーシャル・ディスタンシングが徹底して行われています。これに対して、レポートでは「TTSI」(Testing, Tracing, and Supported Isolation)、つまり、検査(Test)、接触者追跡(Contact tracing)、そして、感染した人へのサポートされた隔離(Supported isolation)の重要性が提言されています。
「ワクチンが利用可能になるまで、集団的にソーシャル・ディスタンシングに頼るだけでは、経済は12ヶ月から18ヶ月もの間断続的に停止し、何兆ドルもの費用がかかることになります。これに代わり、公衆衛生インフラ、特に効果的な接触者の追跡・警告プログラムを組み合わせた診断と血清学的検査、そして、サポートされた隔離(supported individual quarantine and/or isolation)への大規模な投資により、8月までに完全に経済を再開することができます。」
※『ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE』Edmond J. Safra Center for Ethics at Harvard University(Updated 12:00 P.M., April 20, 2020)の「Introduction」の翻訳
検査(Test)については、具体的には、2020年6月上旬までに1日あたり500万件、7月下旬までには1日2,000万件の検査をすることとされています。
接触者追跡(Contact tracing)については、スマートフォンのBluetoothとGPSを用いて、感染者との接触でウイルスに暴露した可能性がある人に警告を行うアプリケーションの開発に言及されています。ただし、その際にはプライバシーが最大限に保護されること、入手したデータを商業目的には利用しないことが付言されています。
そして、感染者の隔離(Isolation)は雇用保障、資源の提要、ヘルスケアの点でサポートされた隔離(Supported isolation)になっていることが言及されてます。
以上の「TTSI」により、次のような段階を経て、2020年8月には完全なパンデミック・レジリエンスが実現するとされています。
目次
パンデミック・レジリエンスへの4つのフェーズ
フェーズ1:基幹部門の安定化(2020年5月)
- ソーシャル・ディスタンシングの維持
- 検査、追跡、エッセンシャルワーカーへのサポートされた隔離(Supported isolation)の提供
- 陽性診断されたエッセンシャルワーカーを交代するための人材の再育成
- 検査、追跡、認証インフラの実験
フェーズ2:エッセンシャルワーカーの拡大(2020年7月)
- 短期、中期、長期のニーズに対応するためのエッセンシャルワーカーの拡大
- 基幹部門の継続な不足への対応
- 拡大されたエッセンシャルワーカーのためのソーシャル・ディスタンシングの修正
フェーズ3:全体の自宅待機の終了(2020年7月下旬)
- 非・基幹部門への追加の10%の労働者の動員
- ニーズのあるコミュニティを支援するためのコミュニティ団体と社会サービス機関を募集
- 非・基幹部門に必要な修正を加えるための一時的な規制緩和
フェーズ4:完全なパンデミック・レジリエンス(2020年8月)
- 在宅勤務をしている労働者の20%をオフィスに戻す
- 学校の再開
※『ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE』Edmond J. Safra Center for Ethics at Harvard University(Updated 12:00 P.M., April 20, 2020)の25頁に掲載の図「FIGURE 2. SECTORAL PHASING GRAPHIC REPRESENTATION」の翻訳。グラフィックは除外している。
『パンデミック・レジリエンスへのロードマップ』でその重要性が言及されている「TTSI」は、新型コロナウイルス感染症の対応に成功したと評価されてる韓国、台湾の対応に通ずるものだと考えることができます。
これに対して、症状が出ていてもなかなか検査してもらえない、それゆえ、接触者追跡(Contact tracing)も難しく、また、継承者は基本的に自宅療養とされているが十分なサポートが得られないという日本の状況は、「TTSI」、あるいは、韓国や台湾の対応とは大きく違うと言わざるを得ません。
日本では都会から地方に帰省した人や医療従事者などが、感染の可能性があるとして差別や嫌がらせを受ける事態も発生しているようですが、これも検査がされないがゆえの不安から生じているものだと考えることができます。さらに、感染者の家に投石や落書きといった嫌がらせをしたり、感染者が見つかった大学に脅迫の電話をかけたりと、隔離に対して十分なサポートがなされているとも言えない状況です。
こうした状況を少しでも改善する参考になればと思い、『パンデミック・レジリエンスへのロードマップ』の「エグゼクティブ・サマリー」(要約)部分の翻訳をすることを考えました。
以下は、『ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE: Massive Scale Testing, Tracing, and Supported Isolation (TTSI) as the Path to Pandemic Resilience for a Free Society』Edmond J. Safra Center for Ethics at Harvard University(Updated 12:00 P.M., April 20, 2020)の「Executive Summary」の翻訳です。正確な情報を記載するよう努めていますが、不明な点などは原文をご確認いただければと思います。
パンデミック・レジリエンスへのロードマップ
パンデミック・レジリエンスへのロードマップ
:自由な社会のためのパンデミック・レジリエンスへの道としての大規模な検査、追跡、サポートされた隔離(TTSI)
ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE
: Massive Scale Testing, Tracing, and Supported Isolation (TTSI) as the Path to Pandemic Resilience for a Free Society
エグゼクティブ・サマリー(要約)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、大恐慌と第二次世界大戦に匹敵する、私たちの民主主義に対する深遠な脅威です。
これまでと同様、民主主義を守る最大の防波堤は私たちです。この恐ろしい病と闘い、人名を守り、制度を守り、経済の崩壊を防ぐために、私たちが互いに、より一層互いに協力して何をするかによって、自由な社会が実存的な危機に対するレジリエンスをもつと証明されるかどうかが決まります。
私たちがしなければならないことは、ほとんどの人が認識しているよりはるかに大きなものです。
私たちは検査(Testing)、接触者追跡(Contact tracing)、感染した人の隔離(Isolation)、感染の可能性がある人の隔離(Quarantine)を大幅にスケールアップし、全ての個人にこれらを可能にするための資源を提供する必要があります。
検査への幅広い迅速なアクセスは、疾病のモニタリング、迅速な公衆衛生対応、疾病管理に不可欠です。
社会を安全に再び開くためには、6月上旬までに1日あたり500万件の検査を実施する必要があります。経済を完全に再び動かす(Remobilize)ためには、検査数は時間とともに(理想的には7月下旬までに)1日2,000万件に増やす必要があります。この検査数であっても、公衆衛生を守るためには十分ではないかもしれません。可能性はかなり低いですが、検査をさらにスケールアップする必要もあります。それを行う必要があるかどうかがわかるまでに、私たちはそれを行う方法を知るのにより良い状況にいるべきです。どのような状況においても、これらの数値を達成するためには、検査方法のイノベーションにかかっています。
今から8月までの期間に、労働力を動かすための持続可能な検査プログラム(Sustainable testing programs for mobilized sectors of the workforce)を提供する能力の増大と同期させて、経済を段階的に動かしていく必要があります。
このアプローチの大きな価値は、経済を開いては閉じ、開いては閉じという繰り返しを防ぐことです。これにより、停止した経済の部分を着実に再開し、最前線の労働者を守り、ワクチンが見つかるまでウイルスを効果的に管理・治療できるレベルにまで封じ込めることが可能になります。
私たちはボトムアップのイノベーションと参加、トップダウンの指揮と保護を同時に行うことができます。そのために私たちの連邦制度が設計されているのです。
この政策ロードマップは、大規模な検査(Testing)と接触者追跡(Contact Tracing)、そして、強力な社会的サポートを伴う社会的な隔離(Social Isolation)、つまり、TTSIが、いかにして私たちの個人的な安全と愛する人々の安全に対する信頼を再構築できるかを示しています。これは、経済の再開(A renewal of mobility and mobilization of the economy)を順次サポートしていきます。本稿は、総意の国家戦略(Consensus national strategy)として出現していることについてアメリカ国民を啓蒙することを目的としています。
本稿は、ロックフェラー財団(Rockefeller Foundation)との協働で制作されたもので、ジョンズ・ホプキンズ大学健康安全保障センター(Johns Hopkins Center for Health Security)、デューク大学マルゴリスヘルスケア政策センター(Duke Margolis Center for Public Health Policy)、アメリカ進歩センター(Center for American Progres)、および、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(American Enterprise Institute)が既に発表している重要な仕事に基づいています。
ロードマップのキーポイント
(1)必要とされる検査とサポートされた隔離(Supported isolation)のレベルは、どれだけ効果的に接触者追跡を行い、接触した人々に暴露と検査の必要性を警告し、接触した人々を検査し、陽性診断された人々を隔離(Isolate)できるかにかかっている。
(2)成功のためには、隔離(Isolation)が、雇用保障、資源のサポート、および、ヘルスケアの面でサポートされなければならない。
(3)州によって確立され、地方の保健当局によって管理される検査と公衆衛生の対応プログラムは、市民権(Civil liberties)、デュープロセス(Due process/法の適正な手続き)、差別禁止(Non-discrimination)、データと健康のプライバシー保護、そして、健康倫理(Health ethics)と完全に合致させることができ、そして、完全に合致させるべきである。
以上を実現するために必要なこと
○検査方法のイノベーション。
○連邦政府によって設立されたパンデミック検査委員会(Pandemic Testing Board)は、強力だが狭い範囲での権限を持ち、検査のための供給と検査の展開展開に必要なインフラの確保を任務とする。
○デュープロセス(Due process/法の適正な手続き)、市民権(Civil liberties)、平等保護(Equal protection)、差別禁止(Non-discrimination)、プライバシー基準(Privacy standards)に合致した州の検査プログラムのための連邦政府および/または州のガイダンス。
○地域の保健指導者、市長、部族の指導者、およびその他の公務員が、検査の管理プロセスと隔離(Isolation)をサポートする資源を設定するのをサポートするための準備フレームワーク。
○市、郡、保健区(Health districts)を結ぶ地方レベルでの組織的なイノベーション。詳細は州によって異なる。
○10万人分への投資によってスタートする接触者追跡を担当する人々のための連邦および州による投資(ョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターによる推薦)。
○ピア・トゥー・ピアの警告アプリケーション(Peer-to-peer warning apps (注)BluetoothとGPSを用いて感染者との接触可能性の通知をスマートフォン上で受け取れるアプリケーション)の設計と使用に関するガバナンスと適用の明確なメカニズムと規範。最大限のプライバシー保護、利害関係のない第三者の監査(Independent and regulatory audit)によるオープンソースコードの利用可能性、そして、これらのアプリのあらゆるデータを商業目的での利用禁止を含むもので、理想的には専制法(Pre-emptive legislation)によって達成される。
○雇用保障、隔離(quarantine and isolation)期間の物質的なサポート、ヘルスケアへのアクセスというかたちでの隔離(quarantine and isolation)のサポート
○アメリカ公衆衛生局士官部隊と、医療(または健康)予備隊(有償奉仕の役割)の拡大、および各州の州兵部隊への健康予備隊の追加
○国立感染症予測センター(National Infectious Disease Forecasting Center)による疾病追跡の近代化(アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所によるScott Gottliebからの推薦)
何が必要かについてのコンセンサスが出てきています。どうすればよいのかが見えてきました。行動の時が来たのです。
(翻訳ここまで)
補足:QuarantineとIsolationの違い
『パンデミック・レジリエンスへのロードマップ』では、隔離を意味する語として、QuarantineとIsolationという2つが登場します。両者の違いについて、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)のウェブサイトには次のように説明されています。この説明によれば、Quarantineは感染症に感染した可能性がある人の隔離、Isolationは感染症に感染した人の隔離と捉えることができます。
QuarantineとIsolationの違いは何ですか?
Quarantine
Quarantineは、新型コロナウイルス感染症に感染した可能性がある人を、他の人から遠ざけるために用いられます。Self-quarantine(自己隔離)をしている人は、他の人と離されたままで、家や現在の場所の外への移動が制限されます。(例えば、移動中やコミュニティの外などで)知らないうちにウイルスに暴露された可能性、無症状でもウイルスに感染している可能性があります。Quarantineは、新型コロナウイルス感染症のさらなる拡散を制限するのに役立ちます。Isolation
Isolationは、病気の人と健康な人を離すために用いられます。Isolation(隔離)されている人は家に滞在するべきです。家では、病気の人は、(可能であれば)特定の「病人用の」寝室やスペースに滞在し、別のバスルーム(洗面所・トイレ)を利用することで、他の人から離される必要があります。
※CDC「Social Distancing, Quarantine, and Isolation」のページの翻訳。
(更新:2020年4月27日)