2020年4月16日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、全国に緊急事態宣言が出されました。当初、ゴールデンウィーク明けの5月6日までとされてた緊急事態宣言は延長されることになりましたが、感染者数が減少していることなどが考慮され、39県で参考して解除されることが議論されています。
緊急事態宣言が解除された後は、徐々に閉鎖されていた施設や場所が再開されていくと思われますが、再開により感染の第二波も懸念されています。かと言って、いつまでも施設や場所を閉鎖したままにしておくわけにもいきません。
こうした状況に対して、アメリカでは段階を経て社会を再開していくという考え方が取られています。
段階的な社会の再開の考え方を提唱している1つが、ここで紹介するのはアメリカ企業公共政策研究所(AEI=American Enterprise Institute)によるレポート『National Coronavirus Response: A Roadmap to Reopening(March 28, 2020)。2020年3月28日と早い段階で公開されたもので、このウェブサイトでも紹介しているジョンズ・ホプキンズ大学のレポート『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governors』(April 17, 2020)、ハーバード大学のレポート『ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE』(April 20, 2020)でも、アメリカ企業公共政策研究所のレポートの考え方が参照されています。
アメリカ企業公共政策研究所のレポートでは、再開のロードマップとして次の4つのフェーズがあげられています。現在、アメリカはフェーズIになりますが、これから州ごとにフェーズIIに移行することが期待されています。
- フェーズI:蔓延を遅らせる(Slow the Spread in Phase I)
- フェーズII:州ごとの再開(State-by-State Reopening in Phase II)
- フェーズIII:免疫による防御の確立とフィジカル・ディスタンシングの解除(Establish Immune Protection and Lift Physical Distancing During Phase III)
- フェーズIV:次のパンデミックへの備えの再構築(Rebuild Our Readiness for the Next Pandemic in Phase IV)
アメリカ企業公共政策研究所のレポートでは、それぞれのフェーズに移行するための条件、及び、それぞれのフェーズで取るべき対応策が明確に定められているという特徴があります。また、初期のフェーズでは物理的な距離の確保により感染拡大を防止するフィジカル・ディスタンシングが重視されていますが、徐々にデータに基づいたヘルスケアシステムや治療に移行することに言及されていることも特徴です。
「将来の感染の拡大をコントロールするための主要なツールとしてのフィジカル・ディスタンシングへの依存から徐々に脱却するためには、以下が必要である。
1)感染が拡大しているエリア、および、人口における暴露率と免疫率を特定するためのより良いデータ
2)州および地方におけるヘルスケアシステムの能力の向上、アウトブレイク(感染爆発)を早期に特定するための公衆衛生インフラ、症例の封じ込め、十分な医療物資の供給
3)最も弱い立場にある人々を守り、重症化する可能性のある人々を守るためのツールを提供する治療的、予防的(herapeutic, prophylactic, and preventive)な治療と、より良い情報に基づいた医療的介入」
※『National Coronavirus Response: A Roadmap to Reopening』(AEI, (March 28, 2020)の翻訳。
フィジカル・ディスタンシングから脱却するためにはより良いデータが必要であり、そのためには検査が必要。これは、症状があってもなかなか検査をしてもらうことができない日本の状況とは異なっています。検査を拡充してデータに基づく対応をしようとするアメリカと、検査を制限しようとする日本のどちらがよいかは現時点では判断できませんが、日本と違う考え方に基づいて社会を再開していこうとしている国の情報も重要だと思います。
このような考えから、以下ではアメリカ企業公共政策研究所のレポートであげられている4つのフェーズの内容をご紹介したいと思います*1)。
- 1)以下は『National Coronavirus Response: A Roadmap to Reopening』(AEI, March 28, 2020)の一部の翻訳である。ただし、脚注は除いている。
目次
フェーズI:蔓延を遅らせる
これが現在の対応フェーズである。アメリカにおける新型コロナウイルス感染症のエピデミックが拡大しており、全ての州で市中感染(community transmission)が発生している。この時期の感染拡大を遅らせるために、全国の学校は閉鎖され、労働者は可能な限り自宅で仕事をすることが求められ、モールやジムのようなコミュニティの集まりの場所は閉鎖され、レストランはサービスの制限が求められる。これらの対策は、感染拡大が目立って原則し、健康インフラ(health infrastructure)が拡大し、アウトブレイク(感染爆発)を安全に管理し、病人の治療ができるようになるまで各州で行われる必要がある。
目標
フェーズIの目標は、以下によって人命を救うことである。
- 感染の実効再生産数(effective reproduction number)を減らすことで、全米での新型コロナウイルス(SARS-CoV-2 )の感染を遅らせる*2)。
- 症状のある人全員と、その人との濃厚接触者(close contacts)の検査するための検査能力を向上させる。
- ヘルスケアシステムが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者と、他の介護を要する人の両方を安全に治療する能力を持っていることを保証する。
フェーズIが成功すると、フィジカル・ディスタンシング(physical distancing)を大幅に緩和し、より対象を絞った症例ベースの介入が可能になるフェーズIIに移行することが可能になる。
必要とされるステップ
●フィジカル・ディスタンシングの維持。
各州は、フェーズIIに移行するための閾値が満たされるまで、コミュニティ・レベルのフィジカル・ディスタンシング対策を維持しなければならない。フェーズIにおける対策には以下が含まれる。
- 州全体で学校、ショッピング・センター、食事のための場所(dining areas)、美術館、ジムなど(屋内で人々が集まる場所)のコミュニティの集まりの場所(community gathering spaces)を閉鎖する。
- 州全体で、不可欠でない従業員(nonessential employees)のテレワークを促進する。
- 不必要な国内移動、海外移動の制限を要請する。
- 会議やマスギャザリング(mass gatherings)をキャンセル、または、延期する。
- 食事のための場所(dining areas)を閉鎖するが、可能であれば、レストランにテイクアウトやデリバリーサービスを提供することを推奨する
- 感染が特に激しいホットスポット(例えば、ある都市や地域で症例数が3~5日ごとに倍増している場合など)での自宅待機勧告(stay-at-home advisories)を出す。
- コミュニティがフィジカル・ディスタンシングと自宅待機勧告(stay-at-home advisories)を遵守しているかをモニタリングし、適切にリスクメッセージを調整し、必要に応じて遵守のための代替のインセンティブを特定する。
●診断検査の能力を高め、結果を迅速に共有するためのデータ・インフラの構築。
●ヘルスケアシステムの機能の確保。
●個人防護具(PPE)の供給量の増大。
●包括的な新型コロナウイルス感染症の監視システムの導入。
●大規模な接触者追跡(Contact Tracing)と隔離(Isolation and Quarantine)*3)。
●自宅外での自主的な隔離(Isolation and Quarantine)を可能にする。
●マスク着用の奨励。
訳者注
- このレポートは2020年3月29日に刊行されている。
- 2)実効再生産数(effective reproduction number)は1人が何人に感染させるかを示す値で、実効再生産数が1を下回ると、新規感染者数が減少に転じるとされる。詳細は日本疫学会「新型コロナウイルス関連情報特設サイト」のページを参照。
- 3)IsolationとQuarantineはいずれも隔離を意味する語だが、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)のウェブサイトでは感染症に感染した人の隔離がIsolation、感染症に感染した可能性がある人の隔離がQuarantineとされている。詳細はこちらのページを参照。
フェーズIIに移行するための条件(トリガー)
以下の全てを達成した州はフェーズIIに安全に移行することができる。
- 少なくとも14日間、症例が持続的に減少すること。
- 州内の病院が、危機管理基準(resorting to crisis standards of care)に頼ることなく、入院を必要とする全ての患者を安全に治療できること。
- 州が、新型コロナウイルス感染症の症状を持つ全ての人を検査できること。
- 州が、確認された症例とその接触者の積極的なモニタリングを行うことができること。
フェーズII:州ごとの再開
各州は、新型コロナウイルス感染症の感染者とその接触者を安全に診断、治療、隔離(isolate)できるようになればフェーズIIに移行することができる。フェーズIIでは、学校やビジネスは再開することができ、通常の生活の多くは段階的に再開することができる。けれども、感染が再び加速するのを防ぐために、いくつかのフィジカル・ディスタンシングの対策と集まりの制限は引き続き必要である。高齢者(60歳以上)、基礎疾患のある人、他の新型コロナウイルス感染症のリスクが高い人々は、コミュニティで過ごす時間を制限し続けることが重要である。
公衆衛生は大幅に改善され、共有スペース徹底的な清掃はより日常的になるはずである。他の対策の中で、特に共有される物の表面(shared surfaces)はより頻繁に消毒される。発症者とその接触者をより積極的に特定し隔離(isolate)する症例ベースの介入に加えて、一般の人々はまず集まりを制限することが求められ、無症状の人が感染させるリスクを減らすためコミュニティにいる間は布製の非医療用のマスク着用が求められる。発症した人は自宅で待機し、新型コロナウイルス感染症の検査を受けることが求められる。ポイント・オブ・ケア診断(point-of-care diagnostics)が完全に医師のオフィスに配置されるようになると、検査はより広く、日常的に行われるものになる*1)。
このレポートは、責任ある方法と監視データに基づいた州レベルの再開に焦点を当てているが、これらの条件が州内で異なる場合には郡または地域レベルで再開を進める可能性があること、および、大都市圏を共有する州の間で再開に向けた調整が必要になることには注意が必要である。
目標
フェーズIIの目標は以下の通りである。
- 協調的かつ慎重な方法で、厳密なフィジカル・ディスタンシング対策を解除する。
- 大多数のビジネスや学校のオープンを許可する。
- 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染経路をコントロールし続け、フェーズIに戻らないようにする。
これらのフェーズIIの対策を採用には、慎重なバランスが必要である。利用可能なデータに基づいてこれらの対策の実施を絶えず再評価する必要があり、そして、地域的、国家的、世界的な感染の広がりに応じて、時間の経過とともにアプローチを調整する準備が必要になる。このことは、特にあるフェーズから次のフェーズに移行する際にあてはまる。
必要とされるステップ
●症例ベースの介入の実施。
フェーズIで開発された公衆衛生能力を利用して、確認された全ての症例は、少なくとも7日間、またはCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の最新のガイダンスに従って、自宅、病院、または(自主的に)地元の隔離施設に隔離(isolate)されなければならない。検査結果を待っている人には、検査結果が返ってくるまで隔離(quarantine)することを助言するべきである。
確認された症例との濃厚接触者(close contacts)は追跡され、少なくとも14日間、またはCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の最新のガイダンスに従って、アクティブな毎日のモニタリング(active daily monitoring)を受けながら、自宅または中央の隔離の下に(under home or central quarantine)置かれるべきである。症状を発症した全ての濃厚接触者(close contacts)には、直ちに診断検査が行われるべきである。
●フィジカル・ディスタンシング対策の緩和の開始。
フェーズIIの期間においても、テレワーク(可能な限り)、手指の消毒と咳エチケット(respiratory etiquette)の維持、公共の場でのマスク着用、よく触る場所(high-touch surfaces)の定期的な消毒、最初は社会的な集まり(social gatherings)を50人以下に制限することなど、一般的なフィジカル・ディスタンシングの予防策は標準として行われ続けるべきである。これらの推奨事項は、フィジカル・ディスタンシングの行動を理解し、必要に応じてリスクメッセージを調整するための技術的なソリューションを通して増大されるべきである。これは、プライバシーの保護と、コンプライアンス遵守のための強制的手段の回避に最新の注意を払いながら、民間部門とのパートナーシップによって達成されるべきである。
子どもが学校や保育所(つまり接触の多い環境)に戻り、人々が高密度の職場に戻るにつれて、これらの組織のリーダーは、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)による学校やビジネス向けのガイダンスに基づいて、フィジカル・ディスタンシングの対策を継続的に見直し、実施する必要がある。
●脆弱な人々のための特別なケア。
●治療薬の開発の加速化。
●免疫がある人の特定。
訳者注
- 1)ポイント・オブ・ケア診断(point-of-care diagnostics)とは、医療現場で行うリアルタイム診断のこと。POC(point-of-care testing)と表記される場合もあり、日本語では「臨床現場即時検査」、「簡易迅速検査」と訳される。
フェーズIIIに移行するための条件(トリガー)
ワクチンが開発され、安全性と有効性の試験が行われ、FDA(Food and Drug Administration=アメリカ食品医薬品局)の緊急使用許可を受けると、州はフェーズIIIに移行することができる。
フェーズIII:免疫による防御の確立とフィジカル・ディスタンシングの解除
フィジカル・ディスタンシングの制限やその他のフェーズIIにおける対策は、広範な監視、重篤な疾患をもつ患者を救ったり、最もリスクの高い患者の深刻な病気を予防したりできる治療薬、あるいは、安全で効果的なワクチンなど、新型コロナウイルス感染症のリスクを軽減するための安全で効果的なツールが利用可能な場合に解除することができる。
目標
感染経路をコントールするための安全で効果的な技術の目標は以下の通り。
- 感染を防ぐ。
- 初期症状のある人を治療し、悪い結果を防ぐ。
- 感染にさらされている人が発症したり重症化したりするのを防ぐために、予防薬を提供する。
- ワクチンにより、ウイルスに対する集団レベルの免疫を構築し、発症者や死者を減らしたり、蔓延を止めたり大幅に遅らせたりする。
- 全てのフィジカル・ディスタンシング対策を解除できるようにする。
必要とされるステップ
●ワクチンまたは治療薬の生産。
●ワクチンまたは治療薬の優勢順位付け:供給量がまだ限られている場合。
●ワクチンまたは治療薬の大規模な供給:供給量が十分にある場合。
●世界的なワクチンのスケールアップ(規模拡大)とワクチン接種。
●集団免疫を決定するための血清学的調査。
フェーズIV:次のパンデミックへの備えの再構築
新型コロナウイルス感染症を打ち負かした後は、アメリカが新たな感染症の脅威に向き合う準備ができていないことを決して繰り返してはならない。そのためには、研究開発イニシアチブへの投資、公衆衛生とヘルスケアのインフラと労働力の拡大、強力な準備計画を実行するための明確なガバナンス構造が必要になる。適切に実施されれば、ここで説明されているステップは、将来の病原体が引き起こす可能性のある被害を食い止めるための基盤になる。
(翻訳ここまで)