少し前、人々の姿が目に飛び込んでくる体験の意味について考えたことがあります。先日、社会福祉法人・佛子園が運営するいくつかの場所を訪れる機会があり、このことの意味について改めて考えました。
三草二木西圓寺
佛子園は1960年に、障害をもつ子どもの入所施設として設立された社会福祉法人。近年では、人々が障害の有無や年齢などの属性によって分けられないという「ごちゃまぜ」をコンセプトとするプロジェクトを進めています。佛子園のターニングポイントになったと言われているのが三草二木西圓寺です。
西圓寺は、200~300年前に小松市野田町に移築されたお寺。2005年に住職が亡くなり廃寺となった後、佛子園が土地・建物の寄贈を受け、リノベーションして、2008年に三草二木西圓寺として開かれました。三草二木西圓寺は、高齢者デイサービス、生活介護、障害のある人の就労継続支援を行う福祉拠点であり、同時に、飲食店(カフェ)、駄菓子屋、温泉も備えています。飲食店は、夜は酒場にもなるという、従来の福祉施設の枠組みにはあてはまらない新たなかたちの場所。
従来の施設では、ある属性の人々にサービスを提供することが目的とされるため、ある施設では子どもだけが対象とされ、別の施設では障害のある人だけが対象とされ、また別の施設では高齢の人だけが対象とされてしまう。
こうした従来の施設に対して、三草二木西圓寺では、上にあげたような多様な機能を複合させることで、多様な属性の人々が訪れる場所となっています。同時に、障害のある人や高齢の人というように、一般的に弱者と見なされる人々を、サービスの受け手としてのみ扱わないことも取り組まれています。具体的には、「ワークシェア」として、障害のある人が毎朝の温泉の掃除をしたり、漬物や梅干しを作ったり、高齢者が漬物や梅干し作りを手伝ったり、カフェの運営を担当したりするというように、障害があっても高齢でも、自分にできる役割を担いながら、互いに助け合い、地域に関わっていくことが大切にされています。
(三草二木西圓寺)
先日訪れた時、中に入ると休憩スペースのソファでテレビを見ている人、通路のところで立ち話をしている人、食堂(カフェ)のカウンターやテーブルで食事をしている人、テーブルを拭いている人など、様々なことをしている人の姿が目に飛び込んできました。しばらくすると、本堂の一画で佛子園の職員と思われる人の離任式が始まりました。大人たちの周りでは、遊んだり、畳に寝転んだりしている子どもたち。
少し前に議論したように、訪れる人立場によっては、このような光景を見ただけで、一人ひとりがどのような思いを抱いているかを捉えることは難しいかもしれません。これは、一人ひとりの思いを軽んじているわけではありません。けれども、このような光景は、それを目の当たりにした人に対して、ここが「ごちゃまぜ」の場所であることを既に伝えてしまっている可能性がある。それゆえ、「ごちゃまぜ」は、そこを訪れた人もそこに包摂してしまう、言い換えれば、訪れた人も「ごちゃまぜ」の光景の一部にするという力をもつのだと思います*1)。
2018年、三草二木西圓寺の向かいに、空き家をリノベーションして野田町珈琲という場所が開かれました。その向かいの撚糸工場だった土地には、地域密着型の健康増進施設「GOTCHA!WELLNESS小松」(ゴッチャ!ウェルネス小松)が建てられました。
「GOTCHA!WELLNESS小松」の建物は、通りに面して大きなガラス張りの開口部がもうけられています。通りを歩いていると、建物の中で子どもたちが遊んでいるのが見えました。一般的なジムでは子どもの姿を見かけることはありませんが、「GOTCHA!WELLNESS小松」では子どもたちが遊んでいる。もちろん、機器を使ってトレーニングしている大人も。これもまた「ごちゃまぜ」の光景です。
(GOTCHA!WELLNESS小松、野田町珈琲)
シェア金沢
三草二木西圓寺は佛子園にとってターニングポイントとなるプロジェクトであり、後のプロジェクトに大きな影響を与えることになりました。
「生活介護と高齢者デイサービス、障害者の就労継続支援施設、地域住民が利用できる温泉入浴施設の機能を兼ね備えた『三草二木西圓寺』の運営は、佛子園関係者の事前の想像を上回る化学反応を引き起し、後に『シェア金沢』や『B’s行善寺』、『輪島カブーレ』を構想していく上での土台になっていく。佛子園による福祉のまちづくりの『シーズン1』だ。」(雄谷良成・竹本鉄雄, 2018)
福祉のまちづくりの「シーズン2」と位置づけられているのが、2014年に全面オープンしたシェア金沢です。シェア金沢は病院跡の約36,000m2の土地にゼロから街を作るというプロジェクトですが、興味深いのは三草二木西圓寺で実現された「ごちゃまぜ」をシェア金沢で再現するうえでは、設計においてクリストファー・アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』が用いられたこと。
『パタン・ランゲージ』を用いることは、佛子園の雄谷良成理事長からの提案で、シェア金沢、B’s行善寺、輪島KABULETの設計を担当した五井建築研究所の西川英治社長は、シェア金沢の設計について次のように話しています。
「雄谷さんが『パタン・ランゲージ』を知っているということがまず驚きでしたね。でも、『ごちゃまぜ』をコンセプトに佛子園がどんな空間づくりを目指しているのか、合点がゆきました。計画全体の枠組みをまず決め、そこから各施設を機能別にどう集合・配置させるかというところに私たちの考えは偏っていたので、人が集まる場、人と人がコミュニケーションを取る場をどうつくり、『ごちゃまぜ』にしていくかに軌道修正しました。生活の中の小さなイメージシーンをいくつも積み重ねて全体を構成する、当初とは真逆の手法への転換です」(雄谷良成・竹本鉄雄, 2018)
生活をイメージシーンとして捉えるというあり方には、そのイメージシーンを観察している人の視点が含まれたものと考えることができます。つまり、シェア金沢で用いられた「生活の中の小さなイメージシーンをいくつも積み重ねて全体を構成する」という手法は、そのイメージシーンを誰が、どこから、どのようにして観察するのかという視点をも含んでいる。
この点で、シェア金沢で最も魅力的と感じるのは、温泉や食事処のある本館の窓からの光景。ここから通り(U字型の市道)を見おろすと、遊んでいる子ども、迎えに来た保護者と一緒に帰っていく子ども、犬の散歩をしている人、家の前で立ち話をしているサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)の住民の姿など、多様な人の姿が目に飛び込んできました。「生活の中の小さなイメージシーン」の重なりが生み出す街角と表現するにふさわしい光景ですが、このような街角の光景が、ゼロから作られた街でも実現していることに驚かされました。
通りで過ごしている人々と直接交流しなくても、このような街角の光景を見ることができる。このこと自体が、自らがこの街に居合わせているのだという手応えを与える大切な価値ではないか。本館の窓からの光景を見て、このようなことを考えていました。
(シェア金沢の本館からの光景)
B’s行善寺
福祉のまちづくりの「シーズン3」と位置づけられているのが、白山市の法人本部のリニューアルとして、2016年にグランドオープンしたB’s行善寺です。
シェア金沢以降のプロジェクトでは『パタン・ランゲージ』は使われなくなったようですが、B’s行善寺を訪れると「生活の中の小さなイメージシーンをいくつも積み重ねて全体を構成する」という手法が継承されているという印象を受けます。それを強く感じるのが、B’s行善寺の第一期として完成した温泉、食事処のあるカウンター周りです。
建物を入ると、右手にボディケアサロン。廊下を左に進むと、正面に足湯、右手にソファの置かれたコーナー、左手に陶器などを売るコーナーがあります。廊下の角を曲がると、先には真っ直ぐな通路が続いています。通路の右手に温泉の入口、左手に食事処(行善寺やぶそば)、その隣に受付・売店のカウンター。さらに進むと、右手にカラオケルーム、左手に野菜や米などを売るコーナーがあります。
(B’s行善寺のカウンター周り)
カウンター周りには多様な機能をもつコーナーが集められ、温泉に来た人、食事に来た人、野菜などを買いに来た人、通路を歩いていく人など、多様な人の動線が交わっています。訪れた時も、ソファに座っている人、温泉に入っていく人、食事処のカウンターで一人で食事をしたり、テレビを見たりしている人。グループでテーブルに座って話をしている人。食事処のメニューを眺めている人。調理している人。野菜を買う人。様々な人を見かけました。これもまさに「生活の中の小さなイメージシーン」の重なりが生み出す「ごちゃまぜ」の光景です。
B’s行善寺のスタッフの方から次のような話を伺いました。
施設では、一般的に安全確保のため死角のない空間が作られる。けれども、人は死角がないところでは落ち着かない。これに対して、B’s行善寺の空間には死角があるけれども、行き来する人の目によって、結果として死角のない状態が実現されている。そして、例えば、「おじいさんが倒れてるよ」と教えてもらえると。
「ごちゃまぜ」が実現されればされるほど、そこを行き交う人の目が多様なものになっていく。それによって、あえて監視せずとも、結果として緩やかな見守りが実現される。このことも、他者と直接交流をせずとも、他者が居るのを目にすることができることが生み出す1つの効果なのだと気づかされました。
なお、B’s行善寺のカウンター周りの作り方は、「シーズン4」と位置づけられている輪島KABULETにも継承されているように感じます。
■注
- 1)佛子園の場所を見学する際の注意事項として、「施設で生活されている方々・利用者の方々は普段見慣れない服装の集団に驚いてしま」うため「スーツはご遠慮ください」と記載されているが、これは、スーツを着た人の集団は「ごちゃまぜ」の光景に包摂されず、違和感を与えるからという側面もあると考えることができる。
■参考文献
- 雄谷良成監修 竹本鉄雄編著(2018)『ソーシャルイノベーション:社会福祉法人佛子園が「ごちゃまぜ」で挑む地方創生!』ダイヤモンド社
- クリストファー・アレグザンダー(平田翰那訳)(1984)『パタン・ランゲージ:環境設計の手引』鹿島出版会
※「アフターコロナにおいて場所を考える」のバックナンバーはこちらをご覧ください。