『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールのニュータウンの巨大な複合施設:ワン・プンゴル

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいます。HDBが開発する最新のニュータウンであるプンゴル(Punggol)に、2022年中旬、ワン・プンゴル(One Punggol)という住民のコミュニティのニーズに応える「総合的なライフスタイル・ハブ」(integrated lifestyle hub)*1)がオープンしました。近年、HDBが開発するニュータウンに巨大な複合施設が作られており、ワン・プンゴルもそのような巨大な複合施設の1つです。

(ワン・プンゴル)

ワン・プンゴル(One Punggol)

ワン・プンゴル(One Punggol)へのアクセス

プンゴルは、シンガポールの北東部に開発されたニュータウン。ワン・プンゴル(One Punggol)は、MRT北東線(MRT North East Line)の終着駅であるプンゴル駅から、無人運転のLRTに1駅乗車したサム・キー(Sam Kee)駅に直結しています。

(LRTのサム・キー駅から繋がるブリッジ)

LRTに乗らない場合でも、プンゴル駅から歩いて5~10分ほどでアクセスできます。LRTの高架下が遊歩道として整備されているため、雨に濡れずにワン・プンゴルまで歩くことができます。

(プンゴル駅からワン・プンゴルにつながる遊歩道)

(ワン・プンゴルからプンゴル駅の方面を望む)

ワン・プンゴル(One Punggol)

ワン・プンゴルの特徴は、2つの吹き抜けの大きな広場があること。1つは、LRTの線路沿いにもうけられています。この広場からつながるように、もう1つの広場。こちらの広場には椅子が並べられています。

(広場)

「総合的なライフスタイル・ハブ」として建設されたワン・プンゴルにおける統合のコンセプトは、政府全体の住民中心主義(resident-centricity)、資源とインフラの最適化(optimization of resources and infrastructure)、住民プログラムによるコミュニティ・オーナーシップの奨励(encouraging community ownership through resident programmes)という3つの原則に基づくもの。運営は、人民協会(People’s Association)が、パートナー(co-location partners:CLPs)の次の9機関と連携して運営することで、新たなコラボレーションの実現が目指されています*2)。

□人民協会のパートナー(co-location partners)

  • コミュニティ・クラブ(One Punggol Community Club:CC)
  • 地域図書館(Punggol Regional Library、NLB(国立図書館庁))
  • ホーカー・センター(Hawker Centre、NEA(国家環境庁))
  • 幼児教育開発機構チャイルドケア・センター(Early Childhood Development Agency(ECDA)Childcare Centre)
  • 住宅開発庁支局(Housing Development Board(HDB)Branch Office)
  • 保健省/KKH児童発達局(MOH/KKH Department of Child Development:KKH-DCD)
  • 保健省/シニアケア・センター・聖ルカ・エルダーケア(MOH/Senior Care Centre(SCC)St Luke’s Eldercare)
  • 保健省/保健科学庁採血センター(MOH/Health Sciences Authority(HSA)Blood Collection Centre)
  • 保健省/腎臓透析センター(MOH/Kidney Dialysis Centre(KDC))

※People’s Associationの「One Punggol」のページより。

子どもから高齢者までのケアに関わる機関、健康や医療に関わる機関、図書館、コミュニティ・クラブ、住宅に関わるHDBの支局、そして、食事のできるホーカー・センター(Hawker Centre)と、幅広い機関がパートナーになっていることがわかります。

ワン・プンゴルのフロア構成は以下のようになっています。

□5階:○ファンクションルーム、○カラオケルーム、○図書館、○多目的ホール、○バーベキュー・ピット、○コミュニティ・ガーデン、○サンデッキ、○スカイデッキ

□4階:○カンファレンスルーム、○選挙区オフィス(constituency office)、○料理スタジオ、○透析センター、○KKH児童発達局(KKH Department of Child Development)、○図書館、○MENDAKI@Punggol、○多目的室、○音楽スタジオ、○シニアケア・センター、○SGO@Pasir Ris-Punggol

□3階:○アクティビティ・ルーム、○チャイルドケア・センター、○ダンス・スタジオ、○図書館、○マネジメントオフィス、○セミナー室、○フットサル・コート

□2階:○献血センター、○ホーカー・センター、○図書館

□1階:○ServiceSG Centre、○セレブレーション・スクエア(Celebration Square)、○ザ・プラザ(The Plaza)、○Unity Deck

□地下1階:○駐車場
※ワン・プンゴルの案内板より作成。

(ワン・プンゴルの案内板)

2階のホーカー・センター(Hawker Centre)とは、飲食物を販売する屋台が集まる場所。古くからあるホーカー・センターは独立した建物に開かれていましたが、近年ではワン・プンゴルのように複合施設の一画に開かれるホーカー・センターもあります。ワン・プンゴルのホーカー・センターで使われている食器は、ハラル(Halal:イスラム法上で食べることが許されている食事)に用いる緑色の食器と、ハラルでない食事(Non-Halal)に用いる黄色の食器の2種類*3)。食器の返却口も緑色・黄色に分かれています。様々な人々が暮らす国家であるシンガポールならではの配慮だと感じます。

(ホーカー・センター)

プンゴル地域図書館(Punggol Regional Library)

ワン・プンゴルにプンゴル地域図書館(Punggol Regional Library)が開かれています。2023年1月に1階と2階部分のみオープンし、2023年4月5日に全館オープンしたばかりの新しい図書館*4)。
シンガポールには、国立図書館庁(National Library Board:NLB)が運営する公共図書館(Public Library)が27館あります*5)。27館のうち4館は日本の都道府県立図書館に相当する規模の地域図書館(Regional Library)という位置づけとなっています*6)。プンゴルは、ジュロン(Jurong)、タンパニーズ(Tampines)、ウッドランズ(Woodlands)に次いで、4館目に開かれた地域図書館です。

プンゴル地域図書館は、ワン・プンゴルの北側の区画の1~5階に開かれています。1階の入口脇には、返却された図書を機械が自動で運搬する部屋があり、訪れた時、子どもたちが部屋の中を見入っていました。入口を少し入ると、吹き抜けの空間があります。初めて訪れた時、宇宙船の中にいるような近未来的な印象を受けました。

(プンゴル地域図書館の入口)

(プンゴル地域図書館の吹き抜け)

プンゴル地域図書館は、次のようなフロア構成となっています。

□5階:プログラム・ルーム

□4階:アダルト・ゾーン、ティーン・ゾーン
○コワーキング・ゾーン、○MakeIT、○ExperienceIT、○マルチメディア・ゾーン、○Launch、○Singaporium

□3階:アダルト・ゾーン、ティーン・ゾーン
○会議室、○ティーン・スペース、○Sing Lit、○ボランティア・ゾーン、○スタディ・ゾーン

□2階:チャイルド・ゾーン
○カフェ、○Storyteller Cove、○Calm Pod、○Story Pods、○Spark!Lab、○World and Us Zone

□1階:早期リテラシー・ゾーン
○Calm Pod、○Stories Come Alive Room、○コミュニティ・ウォール、○TinkerTots、○ファミリー・ラウンジ、○トイ・ライブラリー
※プンゴル地域図書館の案内板より作成。

プンゴル地域図書館で印象に残っているのが、座れる場所が多数あり、勉強をしたり、ノートパソコンを開いて作業をしたりしている人がいること。

また、次のようなスペースがもうけられていたことも印象に残っています。4階のExperienceITは、人工知能(AI)と機械学習について学ぶためのスペースで、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が協力しているとのこと。MakeITは、3Dプリンター、デジタルカッター、ロボット工学などを体験できるスペースで、シンガポールの4つの地域図書館全てにもうけられています。Launchは、国立図書館庁(NLB)によるビジネス・リソース・センターであ、個人、起業家志望者、独立して働く人に対して、起業に関するサポートが行われています*7)。これらのスペースがもうけられていることからは、現在の図書館には、本の貸し出しをするのに加えて、ITに触れたり、仕事のサポートをしたりと、多くの役割が期待されていることに気づかされます。

(ExperienceITのコーナー)

(コワーキング・ゾーンのブース)

もう1つ印象に残っているのが、4階のSingaporium。国立図書館庁(NLB)が所蔵する歴史コレクションを身近に触れてもらうことを目的とする常設の展示スペースで、初回展示として、「プンゴル・ストーリーズ」というプンゴルがHDBによって開発される前から、現在までの展示が行われていました*8)。年表の一部は電子パネルになっており、手元のボタンで操作できたり、地図上にマッピングされた「プンゴル全体」、「農業」、「余暇」、「戦争」という4つのテーマにまつわる思い出をディスプレイに表示させて読んだり、映像を見たり、インタビューの音声を聞いたりと、様々なメディアを用いた展示となっています。昔の本、写真も展示されていました。4階のSingaporiumは、1階のStories Come Alive Room、3階のThe Lens of Literatureと連動して、図書館内を巡ってプンゴルの歴史を知るという、フロアを跨いだ企画にもなっています。

(Singaporiumの展示)

ニュータウンはしばしば歴史のない街だと思われますが、プンゴルでは、ニュータウンとして開発される前も、そして、ニュータウンとして開発された後も、歴史として継承すべきものとして扱われていることが非常に印象に残っています。千里ニュータウンにも、南千里駅前に千里ニュータウン情報館が開かれたり、図書館内に千里ニュータウンの歴史が置かれたコーナーがあったりしますが、プンゴル地域図書館のSingaporiumを見て、多くの人手をかけ、予算をつけて歴史を継承しようとしていることは羨ましいと感じました。


■注

  • 1)People’s Associationの「One Punggol」のページ。
  • 2)People’s Associationの「One Punggol」のページ。
  • 3)緑の食器、黄色の食器の使い分けは、ワン・プンゴル以外のホーカー・センターでも見かけたことがある。ただし、全てのホーカー・センターの食器がこの2食になっているかどうかは確認できていない。
  • 4)国立図書館庁(NLB)の「Five-Storey Punggol Regional Library Officially Opens Today」April 5, 2023のページより。
  • 5)27館は国立図書館庁(NLB)の「Our Libraries and Locations」のページで、「Public Libraries」としてあげられている図書館。このページには27館の「Public Libraries」以外に、National Library/Lee Kong Chian Reference Library(シンガポール国立図書館)、National Archives of Singapore(シンガポール国立公文書館)、Singapore Botanic Garden’s Library(シンガポール・ボタニック・ガーデン図書館)、The LLiBraryの4館も掲載されている。The LLiBraryは国立図書館庁(NLB)とSkillsFuture Singapore(SSG)の共同で運営されており、成人向けの資料を中心に提供する図書館である。
  • 6)宮原志津子(2014)によれば、地域図書館(Regional Library)は日本の都道府県立図書館に、公共図書館(Public Library)は日本の市区町村立図書館に相当する。
  • 7)国立図書館庁(NLB)の「Five-Storey Punggol Regional Library Officially Opens Today」April 5, 2023のページより。
  • 8)国立図書館庁(NLB)の「Five-Storey Punggol Regional Library Officially Opens Today」April 5, 2023のページより。

■参考文献