シンガポールには、国立図書館庁(National Library Board:NLB)が運営する公共図書館(Public Library)が27館あります*1)。
このうち、ジュロン(Jurong)、タンパニーズ(Tampines)、ウッドランズ(Woodlands)、そして、2022年4月5日に全面オープンしたプンゴル(Punggol)の4館は、「Jurong Regional Library」、「Tampines Regional Library」、「Woodlands Regional Library」、「Punggol Regional Library」というように地域図書館(Regional Library)と名付けられています。チャイナタウン(Chinatown)、エスプラネード(esplanade)、ハーバーフロント(Harbourfront)、オーチャード(orchard)の都心部に位置する4館は、「library@chinatown」、「library@esplanade」、「library@harbourfront、library@orchard」というように「library@・・・」という名称になっています。残りの19館はBedok Public Library、Queenstown Public Libraryというように公共図書館(Public Library)という名称になっています*2)。
(オープンしたばかりのプンゴル地域図書館)
(ライブラリー@オーチャード)
(トア・パヨ公共図書館)
LAB25
国立図書館庁(NLB)は1995年に設立以来、Library 2000(1994年発表)、Library 2010(2005年発表)、Library 2020(2011年発表)という一連の政策に基づいて、図書館、公文書館の整備を進めてきました*3)。シンガポールの公共図書館の政策を研究する宮原志津子(2014)は、Library 2000は「インフラの整備」、Library 2010は「電子図書館やインターネットサービスの推進」、Library 2020は「読書を推進するプログラム」に焦点をあてるものだと指摘しています。
国立図書館庁(NLB)が2021年10月に発表したのが、図書館と公文書館の未来を再構築するための5ヵ年計画である「LAB25(Libraries and Archives Blueprint 2025)」です*4)。
LAB25の策定にあたっては、ワークショップやフォーカスグループが行われています。2020年のパブリックコメントには440人からの意見が寄せられたということです。
このような経緯を経て策定されたLAB25は、社会・文化・経済が急速に発展する状況において、また、新型コロナウイルス感染症の流行に対応しながら、あらゆる階層の国民をサポートするために、図書館・公文書館サービスのオムニチャンネル(omni-channel)のネットワークを構築することが目指されています。
そのための4本柱が、①Learning Marketplace、②Informed Citizenry、③Singapore Storytellers、④ Equaliserです。
- ①Learning Marketplace(ラーニング・マーケットプレイス)
:志を同じくするパートナーとともに生涯にわたって学び続けるための全国的なプラットフォームを提供するために、国立図書館庁(NLB)のプラットフォームをハブとノードの活気あるネットワークに変える、複数の学びの経路を提供する、学びのコミュニティ(learning community)をサポートする。 - ②Informed Citizenry(情報化された市民)
:国立図書館庁(NLB)が、日々出会うものについて深く考えることのできる人を育てるために、深い読書(deep reading)を促し、洞察力を身に付けるための重要なプラットフォームになる。 - ③Singapore Storytellers(シンガポールの語り手)
:シンガポールの物語の発見と創造を促し、「私たち」の集団の経験を深く理解するために、国立図書館庁(NLB)はシンガポールの経験を捉えた物語をキュレーとし、スポットライトをあてる。そのために、シンガポールに関するコンテンツを収集する、コンテンツをデジタル保存する、コンテンツの発見・利用を可能にする、新たな世代の語り手をインスパイアする。 - ④Equaliser(平等をもたらすもの、イコライザー)
デジタル時代において、ギャップを埋め、より多くの人がデジタルに関われるようにして、全ての人に力を与えるために、国立図書館庁(NLB)はデジタルへの準備と健康に関する取り組み、誰もがアクセスできるようにするための取り組みを進める。特に、高齢者、障がいのある人、恵まれない人のためのアクセシビリティの向上と、コミュニティがテクノロジーを体験し、理解できるようにするためのパートナーシップの拡大の2つに注力する*5)。
宮原志津子(2014)は、シンガポールの図書館の様子を次のように記しています。
「シンガポールの図書館を訪れると、モダンで明るい館内は、どの時間帯でも小さな子どもから高齢者まで老若男女さまざまな年代でにぎわっており、思い思いのスタイルで本を読み、居心地のよい空間を満喫している。学生の勉強部屋から、多様な国民が集う場としての公共図書館への変ぼうという理想は、今や現実のものとなった。次はコミュニティーをつなぎ、シンガポール文化を創出するという大きな役割をいかに達成していくのか、今後も見守っていきたい。」(宮原志津子, 2014)
ここで指摘されている「コミュニティーをつなぎ、シンガポール文化を創出する」ために、図書館がどのような場所となり、どのような役割を担うか。LAB25はそのための道筋を描くものだと言えます。
公共図書館の空間
先日、いくつかの公共図書館を訪れる機会がありました*6)。少し訪れただけの表面的で、素朴な印象に過ぎませんが、公共図書館の建物に関して特に次のようなことが印象に残っています。
■立地が良いこと
訪れた公共図書館のほとんどが鉄道(MRT・LRT)の駅か、バスターミナルの近くにあり、雨に濡れずにアクセスすることができました。
早い時期から開発された団地であるクイーンズタウン(Queenstown)、トア・パヨ(Toa Payoh)をはじめ、いくつかの公共図書館は独立の建物になっていましたが、多くの公共図書館は駅に直結している、あるいは、駅前にあるショッピングモールに開かれていたり、ハートビート@べドック(Heartbeat@Bedok)、アワ・タンパニーズ・ハブ(Our Tampines Hub)、ワン・プンゴル(One Punggol)など近年生まれた大きな複合施設内に開かれていたりしました。ショッピングモールや複合施設内にありますが、公共図書館の館内は静かです。
(ライブラリー@オーチャードのあるショッピングモール)
(タンパニーズ地域図書館のあるアワ・タンパニーズ・ハブ)
■カウンターがないこと・広々としたロビーがあること
全ての公共図書館で、端末にるセルフの貸し出しが行われていました。エントランスの外側には本の返却口、予約していた本を受け取るためのロッカーが設置されています。そのため、司書がいて図書の貸し借りを行うカウンターはありません。
エントランスを入ったところには、明るく、広々とした、場合によっては吹き抜けのロビーがもうけられた公共図書館。住民が作ったクラフトなどの作品を展示しているところ、大きなモニターが設置されているところ、カフェがあるところもありました。
タンパニーズ地域図書館では、エントランスを入ったロビーの脇に、アワ・タンパニーズ・ギャラリー(Our Tampines Gallery)という部屋があり、地域の歴史を紹介するパネルや写真が展示されたり、地図が配布されたりしていました。
エントランスを入ったところに司書のいるカウンターもなく、明るく、広々としたロビーがある。これによって、公共図書館のエントランス周りから受ける印象が大きく変わることに気づきます。
(ジュロン地域図書館のロビー)
(べドック公共図書館のロビー)
(タンパニーズ地域図書館のギャラリー)
■本棚が整然と並んでいないこと
シンガポールの公共図書館を訪れて、本棚が整然と並んでいない印象を受けました。これは本が少ないという意味ではなく、本の配架の仕方や本棚のレイアウトの仕方に工夫がされていること、曲面の本棚やボックス型の本棚など多様なかたちの本棚が使われていること、そして、室内の面積や天井の高さ、明るさなどによって、このような印象の空間を生み出しているように思います。
(ライブラリー@オーチャード)
(パシール・リス公共図書館)
■1人のための場所であること
いずれの公共図書館にも、多くの座れる場所がもうけられていました。テーブルのある席は勉強をしたり、ノートパソコンを開いたりしている若い世代を中心とする人が多く、時間帯によってはテーブルのある席がほぼ満席になっている公共図書館もありました。
テーブルのある席以外にも、窓際に並べられたソファ、身体を包むようなかたちの座れる場所、テラス状の座れる場所など、様々なかたちの座れる場所がもうけられています。
座れる場所に関して特に印象に残っているのは、窓際のソファに座っている人、身体を包むようなかたちのソファに座っている人など、1人で座っている人がいたことです。本を読んだり、スマートフォンを触ったり人もいますが、外の景色を眺めている人もいました。
コミュニティやコミュニケーションが重視される状況において、あるいは、本などの資料がデジタルで閲覧できるようになった状況においても、人が身体を持った存在であることに変わりはありません。それゆえ、何か特定の活動に参加せずとも、1人で居てもいい場所、1人でも堂々と居られる場所になっていることは、公共図書館が実現し得る大切な価値の1つだと感じました。
(ライブラリー@オーチャード)
■テクノロジーに触れる機会を提供すること
シンガポールの公共図書館には、「eNewspaper」と書かれたデスクトップのコンピューターが並んだコーナーがありました。ここでは、特に高齢の人を中心とする人が座っていたような印象を受けます。
館内には3Dプリンター、デジタルカッター、ロボットなどの最新の技術を体験できる「MakeIT at Libraries」という部屋もあります。ここでは、無料のワークショップも開催されているようです*7)。
新たなテクノロジーに触れる機会の提供を通して、人々を新たな世界に媒介することも、公共図書館が担う大切な役割であること。しかし考えてみれば、本などの資料を提供することも、人々を新たな世界に媒介することです。本、新たなテクノロジーなど提供するものは時代に応じて変化しても、人々を新たな世界へと媒介することは、公共図書館が変わらずに担い続けてきた役割と言えるかもしれません。
(ジュロン地域図書館の「MakeIT at Libraries」の部屋)
今回、海外からの訪問者であるにも関わらず、いずれの公共図書館にも自由に出入りし、過ごすことができました。このこと自体が、公共図書館が誰に対しても開かれたパブリックな場所になっていることを証明しているように感じました。これも、公共図書館が実現している大切な価値です。
■注
- 1)27館は国立図書館庁(NLB)の「Our Libraries and Locations」のページで、「Public Libraries」としてあげられている図書館。このページには27館の「Public Libraries」以外に、National Library/Lee Kong Chian Reference Library(シンガポール国立図書館)、National Archives of Singapore(シンガポール国立公文書館)、Singapore Botanic Garden’s Library(シンガポール・ボタニック・ガーデン図書館)、The LLiBraryの4館も掲載されている。The LLiBraryは国立図書館庁(NLB)とSkillsFuture Singapore(SSG)の共同で運営されており、成人向けの資料を中心に提供する図書館である。
- 2)宮原志津子(2014)によれば、地域図書館(Regional Library)は日本の都道府県立図書館に、公共図書館(Public Library)は日本の市区町村立図書館に相当する。
- 3)National Archives of Singapore(シンガポール国立公文書館)が国立図書館庁(NLB)の管轄下に置かれたのは2012年である。
- 4)LAB25に関する以下の内容は国立図書館庁(NLB)の「LAB25 (Libraries and Archives Blueprint 2025)」のページより。
- 5)国立図書館庁(NLB)の資料「WHAT IS LAB25?」に記載内容より。
- 6)以下では、国立図書館庁(NLB)の「Our Libraries and Locations」のページで、「Public Libraries」として挙げられている27の図書館を公共図書館と表記している。
- 7)国立図書館庁(NLB)の「MakeIT at Libraries」のページより。
■参考文献
- 宮原志津子(2014)「シンガポールの新図書館情報政策:コミュニティーにおける公共図書館の役割」・『情報管理』Vol.57, No.7