『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

再開発が進む街における歴史の継承@シンガポール・クイーンズタウンのドーソン

シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。1960年の設立以来、HDBは約90万戸の住宅を建設してきました(90万戸のうち5万戸が賃貸住宅)。
ここでご紹介するクイーンズタウン(Queenstown)は、1950年代にシンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)による開発が始まり、1960年以降はHDB(住宅開発庁)が開発を引き継いだ街で、HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」(Mature estate)に分類されています。

近年、クイーンズタウンでは再開発が進められていますが、特に、大規模な再開発が進められているのが、MRTのクイーンズタウン(Queenstown)駅の北側のドーソン(Dawson)と呼ばれるエリア。ドーソンは、2007年に始められたHDBのROH(Remaking Our Heartland:リメイキング・アワ・ハートランド)というプログラムにより再開発が進められています*1)。

ROHにより最近建設されたのがスカイヴィル@ドーソン(SkyVille@Dawson)、スカイテラス@ドーソン(SkyTerrace@Dawson)という2つの大規模団地。柔軟性、緑、暮らしに焦点をあてた新世代の公営住宅で、受注生産方式(BTO)が採用されています*2)。

スカイヴィル@ドーソン(SkyVille@Dawson)

スカイヴィル@ドーソンは2015年に完成した960戸の大規模団地。46階建ての高層棟が3つ連結した形態になっています。

80戸の住宅で1つのクラスターとしてのまとまりを作ること、屋上庭園を共用スペースとすることなど、住民のコミュニティ形成が重視されています。さらに、ライフスタイルの変化に合わせて、次のように住戸のレイアウトを容易に調整することができるようになっています*3)。

  • 新婚夫婦:マスタースイートか広いリビングルームを選択
  • 最初の子どもが誕生:マスタースイートを分割して、育児室、ベビーサークル(赤ちゃんの遊び場の囲い)、子ども部屋にする
  • 三世代の家族:子どもたちが結婚し子ども(孫)を産んだら、子どもたち自身の住戸をそこに建設することができる(As the children get married and have children, they can live there while their own flat is built.)

住棟の北側にはオープンスペースが、南側には店舗、イーティング・ハウス、立体駐車場が配置されています。訪れたのは平日で、晴天の暑い時間帯だったからか屋外で過ごしている人はほとんど見かけませんでしたが、東屋に集まっている人がいたり、食事をしたりしている人がいました。また、近くの団地から買い物に来ている人も見かけました。

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スカイヴィル@ドーソンを歩いていると、大きな壁画(ミューラル・アート)が描かれているのを見つけました。
掲示によると壁画はこの地域で育ったアーティスト、Troy Chinさんの作品で、再開発される前の地域(1950年代に建設された団地)での暮らしの歴史を継承することを目的とするものだとのこと。壁画には地域で人気のあった水球チーム、ホーカー・センター(Hawker Centre)で食事をしたり*4)、ヴォイド・デッキ(Void Deck)で過ごす人々の様子*5)、保存されることが決まった公立図書館など地域で思い出深い風景に加えて、新たに建設されたスカイヴィル@ドーソンも描かれています。壁画は、子どもだった主人公が成長し、子育てをし、年老いていくことが、地域の風景の変化と重ね合わせて描かれているように見えました。

壁画はスカイヴィル@ドーソン内に、大きく分けて3つの場所に設置されています。立体駐車場から住棟に向かう通路の1階の「ヘリテージ・ループ」(Heritage Loop)、住棟南東の広場に面した「リフレクション・ウォーク」(Reflection Walk)、東のエントランス・ポートの裏側の「ドーソン・ドアウェイズ」(Dawson Doorways)。

この他、住棟のエレベーターホールの壁にも壁画が描かれているのを見かけました。

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スカイテラス@ドーソン(SkyTerrace@Dawson)

スカイヴィル@ドーソンの東隣には、スカイテラス@ドーソン(SkyTerrace@Dawson)という、こちらも2015年に完成した758戸の団地があります。スカイヴィル@ドーソンは特徴的なファサードの40~43階の高層住棟がスカイテラス(Sky Terrace)で連結された形態になっています。住棟の間は、立体駐車場の上部を活用してカスケード状の庭園がもうけられています。

スカイテラス@ドーソンでは多世代での生活を実現するためのパイロット的な仕組みが採用されており、親世代と結婚した子ども世代が隣り合う住戸を購入することができるようになっています。2つの住戸は別の住戸としてデザインされますが、相互に行き来するためのドアがあり、プライバシーを保ちながらの近居を実現することが考えられています*3)。

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スカイヴィル@ドーソン内の通路の壁にも、地域の歴史が展示されているのを見かけました。

アレクサンドラ運河ライナー・パーク(Alexandra Canal Liner Park)

スカイヴィル@ドーソン、スカイテラス@ドーソンの南側には、MRTのクイーンズタウン駅付近からアレクサンドル運河の西端までをつなぐ緑道(アレクサンドラ運河ライナー・パーク/Alexandra Canal Liner Park)となっています。
スカイヴィル@ドーソン、スカイテラス@ドーソンはこの緑道に向かって開かれており、緑道と敷地の間を自由に行き来することができるようになっています。

この緑道には6ヶ所、ヘリテージ(Heritage)と書かれた掲示がなされており、昔の写真とともに地域の歴史が説明されていました。

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緑道の周辺は再開発が進められており、HDBによるスカイレジデンス@ドーソン(SkyResidence@Dawson)、スカイオアシス@ドーソン(SkyOasis@Dawson)、スカイパーク@ドーソン(SkyParc@Dawson)という3つの住宅プロジェクトも進められていました。

スカイヴィル@ドーソンの壁画、スカイテラス@ドーソンの展示、そして、緑道の掲示からは、再開発によって変化していく地域において、ヘリテージを継承しようとする意志が感じられます。


注・参考資料

  • 1)ハートランド(Heartland):オーチャード・ロードとビジネス街の外側のエリア(郊外)を指し、HDBの団地が建ち並んでいる。
  • 2)「In Pictures: Stylish BTO projects at Dawson’s SkyTerrace and SkyVille」・『The Straits Times』2015年5月15日より。
  • 3)HDBの「Dawson Today and Tomorrow」のページより。
  • 4)ホーカー・センター(Hawker Centre)はこちらを参照。HDB団地内にはホーカー・センターがもうけられ、日常的に住民が訪れる場所になっている。
  • 5)ヴォイド・デッキ(Void Deck):団地の足下にあるピロティのこと。住民が交流できるようにとテーブル・椅子が置かれている。多くのテーブル・椅子は地面に固定式のもの。近年再開発されたHDBの団地にもヴォイド・デッキが見られる。

(更新:2022年7月29日)