『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールの小さな書館「リトル・ライブラリー」と地域の場所における本の意味

シンガポールでは、近年、リトル・ライブラリー(Little Library)と呼ばれる小さな図書館が各地に開かれています*1)。リトル・ライブラリーは、住民手作りのコミュニテイの場所で、本は住民の寄付によって揃えられています。

これまでに、HVリトル・ライブラリー(HV Little Library)、スカイパーク@ドーソン・リトル・ライブラリー(SkyPark@Dawson Little Library)を訪れたことがあります。
HVリトル・ライブラリーは、ホランド・ビレッジ(Holland Village)のHDB*2)の住棟のヴォイド・デッキ(Void Deck)に開かれた場所。看板には、「ここは単なるHVリトル・ライブラリー以上のもの」(This is more than just a HV Little Library)と書かれています。

(HVリトル・ライブラリー)

スカイパーク@ドーソン・リトル・ライブラリーは、クイーンズタウン(Queenstown)にあるHDBの団地、スカイパーク@ドーソン(SkyPark@Dawson)の1階通路部分に開かれた場所。本棚は、寄付された本で既にいっぱいになったようで、近くの公立図書館に寄付をお願いする張り紙が掲示されていました。

(スカイパーク@ドーソン・リトル・ライブラリー)

近年、日本でも「まちライブラリー」、「みんなの図書館」という本によるコミュニティの場所が開かれていますが、国を越えて、本によるコミュニティの場所が開かれているのは興味深いです。


コミュニティの場所において、本はどのような意味があるのだろうかと考えました。本には、知識を得ること、想像力を豊かにすること、心の安定を保つことなどの意味があります。これらは本がもつ最も重要な意味ですが、電子書籍にも共通することと言えるかもしれません。ここで考えたいのは、「物理的な本」がもつ意味です。

「物理的な本」の意味として、場所を作りあげる方法、コミュニティの人々を浮かびあがらせる、場所に滞在する理由、会話のきっかけ、をあげることができるように思います。

■場所を作りあげる方法
本を並べることで、人々が足を止めたり、時間を過ごしたりする場所を物理的に作ることができます。しかも、本は一度にではなく、少しずつ並べていくことができる。この点で、本棚に空きがあるのは未完成と認識されず、これからも本を並べることができる余地があるという可能性を表すものと認識されることは重要だと思います。
人が環境に働きかけ、場所を作りあげることは大切ですが、本を並べることは場所を作りあげるための、あるいは、場所を作りあげることに協力するための、最も容易な方法の1つと言えるかもしれません。

■コミュニティの人々を浮かびあがらせる
人がある本を手に入れるきっかけは、著者が好きである、内容が重要だと思う、タイトルや装丁に惹かれるなど様々あると思いますが、どのようなきっかけであっても、手に入れた1冊1冊の本の間には何らかの思い入れがあるもの。本を寄付するとは、そのような思い入れを伴うものを、他者に共有する行為と言えるかもしれません。そうすると、寄付された本が並べられた場所は、コミュニティには、このようなことを考えている人、このようなことに興味を持っている人などがいることを浮かびあらがせていると考えることができます。

■場所に滞在する理由
人がある場所に足を止めたり、時間を過ごしたりするためには、何らかの理由(大義名分)が必要です。何らかの理由がなければ、「あの人は何をしているのだろう?」と周りから不自然に思われてしまう。
本棚に並べられた本を探す、本を手に取る、本を読むことは、周りから明確に認識されるがゆえに、その場所に足を止めたり、時間を過ごしたりするための理由になります。

■会話のきっかけ
ある場所に足を止めたり、時間を過ごしたりしていれば、たとえ他者と積極的に関わろうと思っていなくても、他者との関わりが生まれる可能性がある。ここで重要なのは、本は会話のきっかけになること。同じコミュニティに生活する人でも、相手のことをよく知らなければ、どのような会話をすればよいのかと悩みますが、本は会話のきっかけになる。もちろん、これは電子書籍にもあてはまりますが、電子書籍をスマートフォンやタブレット、コンピューターで見るよりも、「物理的な本」の方が、表紙を眺める、手に取る、ページをめくるなどによって、一緒に見やすいように思います。

ここにあげた4つの意味は、本がもつ付随的な意味かもしれませんが、「物理的な本」はこのような意味をもつからこそ、コミュニティの場所において注目されているのかもしれません。


■注