『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

住民による地域の思い出を継承する試み@シンガポールのクイーンズタウン

シンガポールにクイーンズタウン(Queenstow)という街があります。シンガポール最初の「サテライト・タウン」(satellite town)として1950年代にシンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)による開発が始まり、1960年以降はHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)*1)が開発を引き継いだ街*2)。近年、クイーンズタウンのドーソン(Dawson)は大規模な再開発が進められています*3)。

(クイーンズタウンの光景)

クイーンズタウンで活動するクイーンズタウン・カキス(Queenstown Kakis:QTK)というグループがあります*4)。2022年、住民らが自主的に立ち上げたグループで、「カキス」(Kakis)はマレー語の「kaki」に由来する単語で、「友人」、「仲間」という意味。クイーンズタウン・カキスのメンバーは隔週、芝生の広場に集まって、食事会をしたり、ガーデニングをしたり、クラフト作りをしたり、歌を歌ったりしていると伺いました。

(主な活動場所の広場)

2025年8月16日、クイーンズタウン・カキスの初めての試みとして、スターリング・ストーリーズ(Stirling Stories)という、地域の思い出を聞く集まりが開かれ*5)、知り合いに声をかけられ参加させていただきました。

スターリング・ストーリーズが開かれたのは、HDB(住宅開発庁)の設立数ヶ月後に完成した7階建て住棟の1階にあるレストラン。
レストランが営業する住棟を含め、付近の3棟の住棟自体が歴史的な建物で、クイーンズタウンのヘリテージ・トレイル(Heritage Trail)でヘリテージに指定されています。

(ヘリテージに指定されている7階建ての住棟)

(ヘリテージ・トレイルの掲示)

スターリング・ストーリーズには、クイーンズタウン・カキスのメンバーや、住民、学生など約30人が参加。会場となったレストランの壁には、昔のクイーンズタウンの写真、8枚が貼られていました。

最初に、順番に自己紹介していった後、クイーンズタウン・カキスのメンバーなど5~6人の高齢の住民が、クイーンズタウンの思い出を紹介。レストランの奥にはピアノが置かれており、ピアノの伴奏にあわせて歌を披露する人も。思い出の語りや歌はビデオで記録されていました。この後、お茶の時間となり、1時間半ほどで集まりは終了しました。
前を通りかかった人の中には足を止める人もおり、最終的には40人以上が参加されていたように思います。

(スターリング・ストーリーズ)


スターリング・ストーリーズに参加して、次のようなことが印象に残りました。

1つは、気軽な雰囲気であったこと。地域の思い出を聞くというと仰々しくなり、参加するハードルが高くなるかもしれません。この日のスターリング・ストーリーズは、思い出を伺う時間は30分ほどで、残りは自己紹介をしたり、お茶を飲みながら話をする時間になっていましたが、このことが気軽な雰囲気になっていたように思いました。地域のレストランが会場だったことで、出入り自由な集まりで、表では知り合い同士で立ち話をしている人もいました。
地域の思い出を継承することは大きな目的ですが、それだけでなく、地域の人々が知り合い、関係を築くこともまた大切な目的。地域の思い出とは、地域の人々の関係を築くことの結果として継承されるものかもしれないと思います。

もう1つは、20~30代の若い人、小さな子どもを連れた人など、多様な世代の人々が参加していたこと。どなたがクイーンズタウン・カキスのメンバーで、どなたがクイーンズタウンの住民で、どなたが学生だったかはわかりませんが、高齢の方の思い出を、若い人が聞いたり、記録したりしていた光景が印象に残っています。


■注