MRTのトア・パヨ駅(Toa Payoh)駅に直結してHDBの本部のHDBハブ(HDB Hub)があります。HDBというのは住宅開発庁(Housing and Development Board)のことで、シンガポール全国民の約8割がHDBが建設する住宅に住んでいます。
HDBハブの1階はアトリウムになっており、住宅購入などの契約、相談などのために訪れている多くの人々。アトリウムにはHDBが開発している最新の街・団地の模型が置かれており、住宅の購入予定者だと思われる人々が熱心に模型を眺めていました。アトリウムの一画には住宅を購入する際にオプションとして選択可能な扉や床材の見本も展示されています。
HDBハブの地下1階にはHDBギャラリーがあります(オープンは月曜〜土曜の8:30〜17:00まで。日曜・祝日は休館。入場料は無料)。1960年に設立されたHDBの歴史を振り返ったり、暮らしを紹介したり、HDBの今後を伝えたりと、HDBについて学ぶことができる場所。
HDBギャラリーの展示によると、2008年時点のシンガポールの人口は480万人であり、そのうちの82%がHDBの住宅に住んでいるとのこと。また、HDBはこれまで900,000万戸以上を建設し、このうち50,000戸が賃貸であるようです。
写真において赤で記されているのがHDBの街・団地がある場所。国土において一定の割合をHDBの街・団地が占めていることがわかります。
ギャラリー内の展示はどれも興味深かったですが、特に印象に残ったのが都市計画の理念(Town Planning Principles)についての展示。
シンガポールでは活気ある、持続可能な街を実現するために(1)計画の基本的な考え方(Planning Concepts)、(2)市松模様(Checkerboard Pattern)、(3)自給自足(Self-sufficiency)、(4)産業を街の周辺部に(Industrial at the Periphery)、(5)階層(Hierarchy Concept)、(6)相互の連結(Connectivity)の6つの計画理念が大切にされているようです。それぞれの内容は以下のように書かれていました*1)。
目次
(1)計画の基本的な考え方(Planning Concepts)
①近隣住区の考え方:ほとんどのHDBの街で採用されている考え方で、近隣センター、近隣公園が近隣住区の中心になる。近隣住区の規模は4,000〜6,000戸で、それぞれの近隣住区には小学校などの各種施設が配置される。
②「プンゴル21」の考え方:シンガポールの最新のHDBの街であるプンゴルで採用されている考え方。プンゴルは共有の緑地(Common Grrens)をもつ団地によって構成されている。各団地の規模は1,200〜3,000戸。地元の買い物のニーズを満たすために、街中のLRTの駅と商業センターに店舗群が配置される。(2)市松模様(Checkerboard Pattern)
低層・低密度の土地区画(land parcels)を、市松模様にして高層・高密度の開発の中に注意深く配置する。これにより密集した印象を与えず、資格的な安心感と楽しい生活環境を提供することができる。
(3)自給自足(Self-sufficiency)
住民の多様なニーズに応えるための自給自足の街を計画する。そのために、住宅開発だけでなく、公園や運動施設などの社会的な活動とレクリエーションのための施設、店舗、マーケット、オフィスなどの商業・産業のための施設、学校、コミュニティ・センターなどの教育と組織的な活動のための施設をあわせて計画している。
(4)産業を街の周辺部に(Industrial at the Periphery)
シンガポールのほとんどの街では、住民が自宅近くで働けるようにするため、街の周辺に軽工業が配置されている。新しく開発された街では、どのように産業を開発していくかが地域ごとに計画されている。例えば、センカン(Sengkang)では周辺部の土地が地域の産業開発のために確保されている。これは産業の影響により住環境が悪化しないようにするためである。
(5)階層(Hierarchy Concept)
住民が街と、街の環境に秩序と構造を感じることができるようにするために階層のコンセプトを導入している。以下のように上部の階層の施設はより多くの人々の、高度の要求に対応する一方で、下部の階層の施設は身近な要求に対応する*2)。
- 商業施設:地域センター/タウンセンター → 近隣センター → 管区の店舗群
(Regional/Town Centre → Neighbourhood Centre → Precinct Shops)- 住宅:街 → 近隣住区 → 管区 → 住棟 → 住戸
(Town → Neighbourhood → Precinct → Block → Flat)- 公園:地域の公園/街の公園 → 近隣公園 → 管区のスペース
(Regional/Town Park → Neighbourhood Park → Precinct Space)(6)相互の連結(Connectivity)
良好な交通システムによって、街の内部、及び、他の街との間でのアクセシビリティ、連結の良さを実現する。利便性と乗り換えやすさのため、MRTの駅はタウン・センターのバス乗り場(バス・インターチェンジ)とともに配置する。高速道路に接続された街における地元の道路、幹線道路の包括的なネットワークは、車両の街の出入りのアクセスを便利なものにする。
※HDBギャラリーの展示の翻訳。
このようにシンガポールでは千里ニュータウンで採用されたものも含めて、様々な計画手法が採用されていることがわかります。
街がどのような理念に基づいて計画されたかを知ることは、千里ニュータウンにおいても重要です。HDBギャラリーの展示を見ていて、千里ニュータウンにおいても計画理念を共有していくことが必要だと感じました。それは例えば展示というかたちかもしれませんし、まち歩きというかたちかもしれません。
いずれにせよこうした理念を共有することでしか、街の何を大切にし、何を変えていくべきかという議論は始まらないのだと思います。
■注
- 1)HDBギャラリーの展示の翻訳にあたっては、次のような翻訳語をあてた。
- HDB Town:HDBの街(ただし、Town Centreはタウン・センター)
- Estate:団地
- Regional:地域の(Regional Centre:地域センター)
- Neighbourhood:近隣住区(Neighbourhood Centre:近隣センター、Neighbourhood park:近隣公園)
- Precinct:管区
- Block:住棟
- 2)千里ニュータウンの場合は、以下のような階層によって街が構成されている。
- 住宅:千里ニュータウン → 地区 → 住区 → (分区) → 丁目
- 商業施設:地区センター → 近隣センター
- 公園:総合公園 → 地区公園 → 近隣公園 → 街区公園 → プレイロット
※HDBのギャラリーは2018年9月にリニューアル・オープンしました。リニューアル後のギャラーの様子はこちらをご覧ください。
(更新:2022年7月24日)