少し前になりますが、大阪府堺市の泉北ニュータウンの「泉北ほっとけないネットワーク」を訪問させていただきました。
「泉北ほっとけないネットワーク」は泉北ニュータウンの1住区である槇塚台において、自治会、NPO法人、福祉機関、大学、行政の連携により2010年9月に立ち上げられたもの。
泉北ニュータウンはクラレンス・A・ペリーの近隣住区論に基づいて計画された町です。各住区の核になるのが近隣センターで住民が歩いて日常生活を送れるために各種店舗や集会所などがもうけられました。しかし空き店舗の増加により自家用車を運転できない高齢者にとっては住みにくい町となり、近隣住区論が成り立たなくなってきたこと、計画された町であるが故にサービス付き高齢者住宅(サ高住)を建てる敷地がないこと、高齢化が進んでいるが7割近くの高齢者は住み慣れた地域に住み続けたいと考えていること。これらが「泉北ほっとけないネットワーク」設立の背景になっています。
「泉北ほっとけないネットワーク」とは、住まいと(専門家による)支援とを柔らかくつなげるもので、生活を中心においた支援のネットワーク。地域の人的・物的資源を連携させることで、①安心居住サポート、②食健康サポートを行うことで、高齢になっても地域に住み続けることができることを目指されています。
「泉北ほっとけないネットワーク」では主に次のような事業が行われています。
(1)府営住宅を改修したサポート付共同住宅
近隣センター近くの府営住宅の空き住戸を改修することで、一人で生活するのが困難な高齢者に、見守りつきの一時的な住居が安価に提供されています。ショートステイの代わりとして、介護者の外出時に、シェルターとして、介護疲れの軽減のため、遠方からの来客のためなどの目的で利用されているとのこと。
階段室型の5階建ての府営住宅の2〜3階にある6室が改修され、12人が入居できる住宅(1室に2人の入居スペースがある)。入居スペースそれぞれにトイレがあり、基本的な家具・電化製品も設置。風呂は、府営住宅1階の部屋を改修した共用室を利用することになっています。
共用室には支援員が常駐。常駐している支援員の役割は介護支援ではなく、生活支援だと伺いました。例えば食事については、支援員が用意するのではなく、入居されている方自身に買い物に行ってもらうようにしている。自分で買い物に行くことで楽しみにもなり、健康にもよい。そして、重い荷物を運ぶなど入居されている方ができないことについては支援を行なっているということでした。
改修された6室は共用スペースがある部屋、個室が大きく取られた部屋、ベッドでなく布団が敷かれた部屋など全て違うタイプの住戸担っています。改修は、住民からの要望を聞きながら大阪市立大学の学生が提案したもの。手すりは介護用のものでなく、木を利用することで、施設感が出ないような工夫もされていました。支援員の対応に加えて、建築も、施設でなくあくまでも住宅にすることが目指されています。
(2)戸建て空き家改修事業
当初は高齢者のシェハウスにすることも計画されていましたが、現在は空き家を障害者のグループホームにする計画が進められていると伺いました。
(3)空き店舗改修事業
近隣センターの空き店舗を活用してコミュニティ・レストラン「槇塚台レストラン」を開き、食事の提供、配食サービスが行われています。管理栄養士が考えた栄養バランスの取れた食事が500円で提供。ここで食べることもできますし、配食を申し込むことも可能です。いつも配食は45食ぐらいだが、訪問した日は注文が多く60食近くを配食したとのこと。表に出されたメニューの看板には「完売」の文字が貼られていました。
空き店舗は「泉北ほっとけないネットワーク」のメンバーであるNPO法人・すまいるセンターが賃貸。調理は自治会発展型のNPO法人・NPO法人槇塚台助け合いネットワークが担っており、地域における雇用創出にもつながっているとのこと。
配食、食事の提供に加えて、近郊農家で穫れた野菜の朝市が行われたり、夜は自治会OBによる居酒屋が開かれたりしているとのこと。
「槇塚台レストラン」2階はコミュニティ・スペースとして教室や集まりが開かれています。地域の集会所は営利目的の活動はできない、持ち物を置きっ放しにはできないなどの制約があるため、2階のコミュニティ・スペースはこうした制約は設けていないとのこと。訪問した日は、2階で子育て広場が行われていました。
このように「泉北ほっとけないネットワーク」では多様な活動が行われていますが、地域包括ケアという言葉ができる前から、自分たちで地域包括ケアをやってきたと思うと話されていました。こうした活動を継続するためには、当初考えていた配食、食事の提供に加えて、活動を行う中で生まれてきた子育て支援、居酒屋など多様な活動を重ね合わせることが大切だと思うとも話されていました。
「泉北ほっとけないネットワーク」を訪問させていただき、次のようなことを感じました。
近隣住区論を見直し高齢社会に対応した場所とする
各住区の核として計画された近隣センターは、買い物をしたり、会合を開いたりする場所という意味で、日々の暮らしをサポートする場所だったと言えます。一時期は空き店舗が増えた時期もあったようですが、「槇塚台レストラン」は現在社会に必要とされているかたちで、日々の暮らしをポートする場所になっている。近隣住区論を高齢社会に対応するものとして見直すことは、千里ニュータウンなど他のニュータウンにも求められることだと感じます。
既にあるハードを有効に使う
近隣センターの空き店舗を「槇塚台レストラン」に、府営住宅の空き住戸を高齢者のためのショートステイに、戸建の空き家をシェアハウスや障がい者のグループホームにするというように、「泉北ほっとけないネットワーク」では新築ではなく、今あるものを活用するという考え方がとられています。
ハードにお金をかけ過ぎないという考え方は、財政難の時代においては必須の考え方。ただし、空き店舗や空き住戸を活用したからといって、それは決して古臭くないというのがポイント。実際に「槇塚台レストラン」や府営住宅を改修した住戸を見学させていただき、これらはまだまだ十分に現役だということを実感しました。
様々な主体が関わることで実現される多様な活動と多角的経営
「泉北ほっといけないネットワーク」には槇塚台において、自治会、NPO法人、福祉機関、大学、行政など多様な主体が関わっています。
府営住宅の空き住戸を借りる際、NPO法人に貸した実績はないが社会福祉法人にならすぐにでも貸せるという話があったため社会福祉法人が空き住戸を借りていること、大学生が府営住宅の空き住戸の改修の案を提案していること、自治会発展型のNPO法人が「槇塚台レストラン」において調理を担うことで地域に雇用を生み出していること、自治会OBが「槇塚台レストラン」で居酒屋を開いていること、「槇塚台レストラン」では朝市や子育て広場が開催されていること。これらは多様な主体が関わっているからこそ実現されている活動であり、多様な活動の重ね合わせの結果として、地域での暮らしの風景が浮かびあがってくると同時に、「泉北ほっといけないネットワーク」が多様な経路から収入を確保できることにも繋がっているのは重要なポイントだと思います。
なお、「泉北ほっとけないネットワーク」は平成22年度国土交通省「高齢者等居住安定化推進事業」の助成を受けて設立されていますが、行政が設立時の支援を行うという点で重要な役割を担っています。
地域で仕事をする人の存在
特に千里ニュータウンと比べた時、「泉北ほっとけないネットワーク」に特徴的だと感じたのは、地域で仕事をする人が関わっていること。地域をより良いものにする活動が、自身の仕事と不可分であるような人々がたくさんいることは、地域活動を当事者として担う人が多いということです。
逆に言えば、地域で仕事をする人がいない/少ないベッドタウンでは、地域をより良いものにすることが、自身の仕事を分離してしまっている。そのため地域活動には仕事の余暇を活用するか、定年退職してからでしか関わりにくいということ。また、定年退職した人の地域デビューという問題も生じてしまう。これが、地域活動を偏ったものにしていることは否定できないと思います。
事後的に生み出されるものの豊かさ
話を伺って興味深かったのは、「泉北ほっとけないネットワーク」では最初に計画していなかったことがどんどん生まれてきたということ。例えば、その1つが近隣センターで行われているハロウィン。ハロウィンには近隣センターの店舗・事業所が参加して行われるようになっており、多世代が関われる行事になっていると同時に、近隣センターにおける横のつながりを復活させることにもなったとのことでした。
「槇塚台レストラン」がきっかけとなって、近隣センターに新たな風景が生み出されるというように、「泉北ほっとけないネットワーク」は面的な広がりをもった活動になっています。