『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

Ibashoフィリピンのメンバーらと防災を考えるワークショップを開催

2017年7月24日(月)~29日(土)、フィリピン・オルモック市のバゴング・ブハイ(Barangay Bagong Buhay)をIbasho/Ibasho Japanのメンバーで訪問しました。バゴング・ブハイはIbashoフィリピンの活動が行われている地区。今回の訪問では、主に次のような活動を行いました。

  • 台風、地震の経験を共有し、Ibashoフィリピン、あるいは、地区(バランガイ)でどのような防災の対応ができるかを考えるワークショップ
  • 2017年6月にIbashoフィリピンのメンバーが改修したフィーディング・センター(Feeding Center)へのペンキ塗り
  • Ibashoフィリピンのメンバーが収入を得るための活動(Livelihood Projects)として新たに考えている石鹸作り、編み物作りの紹介
  • 2015年10~12月に行った調査の結果の報告
  • 今後のIbashoフィリピンの活動についての意見交換

7月25日(火)、26日(水)の2日間は防災を考えるワークショップを行いました。また、バゴング・ブハイ内を歩きました。
このワークショップが最終的に目指すのは、防災に対してIbashoフィリピン、あるいは、地区(バランガイ)でどのような対応ができるか考えること。今回のワークショップは、その準備として台風や地震の時の経験を共有することを目的として行いました。

地震についての経験を共有する

オルモック市のあるレイテ島では大きな地震が起こらない場所ですが、2017年7月6日(木)の16:10にM6.5の地震が発生。数日後の7月10日(月)にも強い地震が発生しています。オルモック市は大きな影響はなかったようですが、山の方の地域は被害を受けたとのこと。バゴング・ブハイでも、山の方の地域で被災した人々を受け入れるための準備として、避難所として仮設のテントが設置されました(ただし、バゴング・ブハイに避難してきた人はいなかったようです)。

このような大きな地震があったことを受け、1日目のワークショップでは7月6日(木)の地震の時の経験について話をしてもらい、みなで共有しました。

地震時の行動

地震発生時の行動を伺ったところ、自宅にいた人からは、「椅子に座っており、身動きができず周りにあるものにつかまっていた」、「部屋の中で横になっていた時に地震が起こった」、「外に出て、家と道路の間の空間に座っていた」、「お皿を並べている棚が倒れないように手で支えていた」などの意見がありました。
自宅近くの店にいたという女の子は、「座って頭と覆った」とのこと。
バゴング・ブハイの外にいた方も何名かいました。「ビューティーパーラーでマニキュアをしてもらっており、外に走り出した」という方、「何回か建ての建物の1階にいて、揺れが収まるまで床に座っていた」という方。バゴング・ブハイの外にいた方からは、地震の後、津波が来ると言って山の方に走り出す高校生も見かけたという話も聞きました。

この地震についてみなが共通して話されたのは、このような大きな地震は初めての経験で、どうすればよかったかわからなかったということ。

揺れが収まった後の行動

地震の揺れが収まった後の行動を伺ったところ、多くの方が子ども、孫の安否を確認したと話されました。出会った近所の人と「大丈夫?」と声を掛け合ったという方も。バゴング・ブハイ外にいた方は、パニックにならないように気をつけたと話されていました。
地震の後、もし次に地震が起こった時は学校など待ち合わせをする場所を決めておこうと、孫と約束したという女性もいました。

地震時に避難所になり得る地区内の場所

バゴング・ブハイ内で地震が起こった場合に避難所になり得る場所をあげてもらいました。
最初はワークショップを行なっていた周囲にあるバランガイ・ホール(Barangay Hall)、屋根付きのバスケットボール・コート(Covered Court)、ヘルス・センター(Health Center)、チャペルしかあげられませんでしたが、これらの場所だけでは6,100人以上のバゴング・ブハイの人々が避難することはできません。そこでバゴング・ブハイの地図を見ながら、それぞれのプロック(Purok。バゴング・ブハイは7つのPurokで構成されている)ごとに避難所になり得る場所はないか考えてもらったところ、プロックごとに次のような場所があげられました。バスケットボール・コートは普段は男の子たちが遊んだり、練習したりする場所ですが、避難所にもなり得るオープンスペースとして認識されていることが伺えます。

  • プロック1(Purok 1):バスケットボール・コート
  • プロック2(Purok 2):田んぼ
  • プロック3(Purok 3):デイケア・センター
  • プロック4(Purok 4):バランガイ・ホール、屋根付きのバスケットボール・コート、ヘルス・センター、チャペル、小学校、小川(Creek)
  • プロック5(Purok 5):チャペル
  • プロック6(Purok 6):チャペル
  • プロック7(Purok 7):バスケットボール・コート、チャペル

今回のワークショップのポイントは地区の地図を描いてもらったこと。地図を見ながら話をしたことで、避難所になり得る場所という資源を浮かび上がらせることにつながったと考えています。

オルモック市では大きな地震がほとんど起こらず、どう行動すればよいかわからないという意見がありましたので、日本ではテーブルの下に隠れる、狭い場所にいる時は扉を開けるなど逃げ道を確保する、物が落ちてくる恐れがあるので慌てて外に飛び出さない、棚からは離れるなどに気をつけていることを紹介しました。

台風についての経験を共有する

オルモック市は2013年11月8日(金)、台風ヨランダ(2013年台風30号)により大きな被害を受けました。ワークショップの2日目は台風について話し合いました。

台風ヨランダへの備え

台風ヨランダの接近を知っていたか、知っていた場合どのような準備をしていたかを伺いました。ワークショップに参加された方々はみなニュースなどで大きな台風の接近は知っていたようです。ただし、こんなに大きな台風だとは想像してもいなかったという方もいました。
台風ヨランダの接近に備えて、お米や缶詰などの食事、水、ランプ、ロウソク、予備用の電池を準備されたとのこと。1人の女性は、家にいるのが不安だったので、家具屋窓を固定した後、オルモック市内のホテルに避難したという方もいました。ホテルに避難しようとする姿を見て、近所の人からは何故避難するのか? と不思議がられたようです。

台風ヨランダの通過中

オルモック市で、台風ヨランダの影響が出始めたのは朝6時頃。その後、通過するのに約5時間かかったと伺いました。家が壊れた、一部の部屋がなくなった、屋根が飛ばされたなど台風の被害は大きく、身内を亡くされた方もいました。
台風が通り過ぎるまでの5時間、「テーブルの下の隠れていることしかできなかった」、「家族で1つの部屋に集まって過ごしていた」という方、「孫が無事でありますようにと祈っていた」という方。
1人の男性は、家の屋根が飛ばされ、チャペルに避難したとのこと。チャペルは三方がフェンスの半屋外の空間で風は強かったようですが、安全だったという話を伺いました。

次の巨大台風への備え

バゴング・ブハイではバランガイ・ホール、小学校が避難所として指定されているとのこと。もし台風ヨランダと同じくらいの巨大台風が接近する場合、自宅にいるか避難所に避難するかを伺ったところ、1人を除いてみな避難所には避難せず、自宅、あるいは、親族の家にいるという意見。避難所より家の方が快適、家の方が安全、家だと家族と一緒にいれるなどの理由があげられました。

この日のワークショップの最後に、次の巨大台風の接近に備えて、どのような準備ができるかを2つのグループに分かれて話し合い、発表してもらいました。
巨大台風への備えとして、次のような意見が出されました。

  • 自宅、バゴング・ブハイ内の避難所の補強をする
  • 排水溝など周りの環境を清掃する。倒木を防ぐため、木を剪定する
  • 食べ物、薬、水、電池を準備する
  • 台風が接近した時の行動を、子どもたちに教える

次回のワークショップでは、地震や台風の経験をふまえ、Ibashoフィリピン、あるいは、地区(バランガイ)でどのような対応ができるか考える機会にすることを計画しています。