『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

充実感・有用感:高齢者の暮らしを考える上で大切な視点

以前、高齢者に関わるNPO法人の方から、次のような話を聞いたことがあります。

「65まで勤めたからちょっと休むと言う人が多い。ところがね、休むのが続かない。1年なんてとても続かず、もう数ヶ月経つだけでね、もう朝は会社行く時間に目が冷める。僕らの時代は特に働け、働け、働け、働けできたから、趣味もない人がいる。辞めたら何したらいいのかわからないという人が結構多くて」。

定年まで会社を勤めた後はゆっくり休もうと思ったけど、休むだけというのは意外と続かない、ということです。
自分自身はまだその年齢になっていないので想像するしかありませんが、この話を伺って、やることがない日が続くのは辛いことなのだと思いました。
逆に言えば、やることがあるというのは暮らしに充実感を与え、しかもそれが誰かのため、地域のため、何かのために役立っているという手応え、有用感が、人に尊厳を与えるのではないかと。


上で紹介した話を思い出したのは、「居場所ハウス」で次のような出来事があったからです。
「居場所ハウス」のある岩手県大船渡市は、海流の影響で比較的温暖で、藪椿が自生する北限の地。旧家の庭には大きな椿の木があり、昔は椿の実を絞って油にしていたとのこと。椿油は頭につけたり、けんちん汁にして食べたりしていたと聞きました。
東日本大震災後、国産の椿油が見直され、椿の実を買取が行われるようになりました。「居場所ハウス」でも椿の実を集め、買い取ってもらい、運営資金としています。椿を回収するにあたっては、実の殻を割って、中の黄色い部分だけにして欲しいとのこと。そこで、最近「居場所ハウス」では、椿の実の殻割り作業をしています。

椿の実の殻割りをしてくださっているのは、「居場所ハウス」に来られる高齢の女性たち。最初は「居場所ハウス」のスタッフから依頼していましたが、最近は声をかけなくても、自分たちで道具を取り出し殻割りをしてくださっています。高齢の女性たちは話をしながら、途中でお茶飲みの休憩をしながら、殻割りの作業。
その中でも、毎日のように殻割りをしてくださる高齢の女性は、以前は海辺に住んでいましたが、東日本大震災の津波の被害を受け、現在は「居場所ハウス」のある末崎町平地域に高台移転して来られた方。また、「目が見えにくいから、私はあまり〔殻割りが〕好きでないの」と言いながらも、殻割りをしてくださる方もいます。
誰にも何も言われないのに、椿の実の殻割りをしてくださる方々がいる。もちろん、高齢になると目が見えにくくなったり、身体が思うように動かなくなったりするのは当然のこと。そうであっても、出されたお茶をただお客さんとして飲むだけでなく、自分にできる役割を担えること。そうした充実感、有用感こそが、人に尊厳を与えるのではないか。殻割りの作業を見て、このように思うようになりました。

高齢者の暮らしのサポートとして介護、年金、住まい、公共交通、食事など様々なことが考えられていますが、高齢者をサービスの受け手にするのではなく、充実感、有用感を抱けるような暮らしをどう実現するかというのは、忘れてはならない大切な視点です。
制度の枠組みの中では、施設の中では、高齢者はサービスの受け手として位置付けられざるを得ない。だとすれば、ここに地域の出番があるのではないか。
地域包括ケアシステムに描かれているように、高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けることが重視されています。地域とは、決して制度・施設の下請けではなく、高齢者が充実感、有用感を抱ける場所。「居場所ハウス」はそうした地域を実現するための1つの試みでありたいと思います。