近年、特に高齢社会への対応という観点で「まちの居場所」(コミュニティ・カフェ、地域の茶の間、まちの縁側など)に注目が集まっています。
「まちの居場所」が抱える課題の1つに運営資金の獲得がありますが、その際、
- 行政からの補助を受けると、自由な運営ができない
- けれども、行政からの補助がなければ、運営資金の獲得が困難である
というジレンマを抱える「まちの居場所」は多いと思います。実際、運営に携わっている方からこのような話を聞いたこともあります。
高齢社会への対応として「まちの居場所」に注目が集まっている大きな理由は、社会保障費の抑制につながるから。「まちの居場所」を訪れたり、イベントに参加したり、知り合いと話をしたり、あるいは運営に参加することにより身体的・心理的な健康につながる。さらにそこでは地域の人同士での助け合いもなされている。こうした介護予防・生活支援が結果として、社会保障費の抑制につながっていく。
2015年に施行された「介護予防・日常生活支援総合事業」(新しい総合事業)では「まちの居場所」をモデルにした「通いの場」がサービスの1つとして盛り込まれました。2000年頃から草の根の活動として同時多発的に生まれてきた「まちの居場所」が、制度の一翼を担うものとして注目されているのもこれが理由です。
『地域づくりによる介護予防を推進するための手引き』では「何故、介護予防のためには住民が主体となって運営する「通いの場」が必要なのか」の理由として「より多くの高齢者が介護予防に取組むため」、「持続的な介護予防の取組みとなるため」、「介護予防の取組を支える人のモチベーションを維持するため」の3つがあげられており、「住民運営の通いの場のコンセプト」として「①市町村の全域で、高齢者が容易に通える範囲に通いの場を住民主体で展開」、「②前期高齢者のみならず、後期高齢者や閉じこもり等何らかの支援を要する者の参加を促す」、「③住民自身の積極的な参加と運営による自律的な拡大を目指す」、「④後期高齢者・要支援者でも行えるレベルの体操などを実施」、「⑤体操などは週1回以上の実施を原則とする」の5つがあげられています。
行政が「まちの居場所」に助成金を出す理由もここにあります。つまり、「まちの居場所」には介護予防・生活支援の機能があるため、結果として社会保障費の抑制になるからだと。「まちの居場所」にどのような介護予防・生活支援の効果があるかを評価しようとする研究も行われていますが、こうした研究は行政が「まちの居場所」に補助を出すためのエビデンスとなります。
日本において社会保障費を抑制することは喫緊の課題。「まちの居場所」がそれに寄与することは意味あることだと思います。しかし忘れてはならないのは介護予防・生活支援は、「まちの居場所」において人々は、何らかの属性によってカテゴライズされるのではなく、かけがえのない個人として尊厳をもって居られることの結果としてもたらされるものだということ。
これは、「まちの居場所」の歴史に関わって来ることです。「まちの居場所」は2000年頃から同時多発的に開かれるようになりましたが、これは従来の施設・枠組みからもれ落ちたものをすくいあげようとする動きとしてありました。
制度・施設の枠組みにおいて、人は属性によってカテゴライズされ、特定の役割を担うことが期待されます。ある属性の人々をカテゴライズすることによって、その人々へのサービスを提供していこうとするが制度・施設の役割だとすれば、制度・施設の枠組みからもれ落ちているとは、まだどのような属性によってもカテゴライズされていない人々ということ。「まちの居場所」とはそのような人々をカテゴライズするのではなく、かけがえのない個人として居られることを目指そうとするものとして同時多発的に開かれていたものです。
「まちの居場所」の効果として介護予防・生活支援に注目が集まるのは、個人の尊厳を大切にするというのは評価しにくいからという理由もあると思います。
もちろん、行政においても一人ひとりの尊厳を大切にしようとする動きはありますし、介護予防・生活支援のために「まちの居場所」を訪れる人もいます。その意味で、行政と地域、行政と個人とを対立的に捉えることは適切でないかもしれません。
ただし、個人の尊厳という側面が見失われてしまえば、元々、既存の施設・制度の枠組みからもれ落ちたものをすくいあげようとした「まちの居場所」が、施設・制度の安上がりな下請けになる恐れもある。
以前、ブロックチェーンという技術を紹介したことがあります。『ブロックチェーン・レボリューション〜ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか〜』では、ブロックチェーンとは「価値とお金のインターネット」だとされていますが、それは、従来は貨幣に換算できなかった/換算するのが困難だったため価値が認められなかったものの価値を認め、価値自体を(従来の貨幣のようなものとして)やりとりすることを可能にするもの。
だとすれば、介護予防・生活支援という効果を迂回せずに、「まちの居場所」が目指す個人の尊厳を大切にする価値自体を(従来の貨幣のようなものとして)やりとりできる可能性がある。
ブロックチェーンというITの世界の最先端の技術と、地域に根ざした「まちの居場所」とは全く無縁のように思えますが、無縁だと思えるものの関係を考えること、つまり、ブロックチェーンが実現する社会における「まちの居場所」はどうあるかを思い描くことは大切な作業。その時には、最初に書いたような補助金をめぐるジレンマは無意味なものとなっているように思います。
*参考
- 『地域づくりによる介護予防を推進するための手引き』三菱総合研究所 2015年3月
- ドン・タプスコット、アレックス・タプスコット(高橋璃子訳)『ブロックチェーン・レボリューション〜ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか〜』ダイヤモンド社 2016年