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ソーシャル・ディスタンシング、フィジカル・ディスタンシング、ソーシャル・ディスタンスの違い

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染防止の方法として、ソーシャル・ディスタンシング(Social Distancing)という単語を見かけるようになりました(ソーシャルは社会的の意味)*1)。ソーシャル・ディスタンシングは他者との距離の確保により感染拡大を防止する方法で、「社会距離戦略」、「社会距離の確保」、「対人距離の確保」などの日本語訳があてられています。

一方、感染防止に必要なのは物理的な距離の確保であり、他者を社会的に隔離したり排除したりすることではないという趣旨で、フィジカル・ディスタンシング(Physical Distancing)という単語に置き換えるという動きも見られます(フィジカルは物理的の意味)。

さらに、日本では「社会的距離」を意味するソーシャル・ディスタンス(Social Distance)という単語も用いられているようです。

ソーシャル・ディスタンシングとフィジカル・ディスタンシングについて、例えば、新型コロナウイルス感染症との関わりで名前を頻繁に耳にするようになったCDC(アメリカ疾病予防管理センター)のウェブサイトでは「ソーシャル・ディスタンシングは、フィジカル・ディスタンシングとも呼ばれ」(Social distancing, also called “physical distancing,”)と説明されています。逆に、世界の96都市からなるC40世界大都市気候先導グループ(C40 Cities Climate Leadership Group)のウェブサイトでは、「フィジカル・ディスタンシングは、ソーシャル・ディスタンシングとしても知られており」(Physical distancing, also known as social distancing)と説明されています。
これらから、ソーシャル・ディスタンシングとフィジカル・ディスタンシングは同じ意味で用いられていることがわかりますが、ソーシャル・ディスタンシングの単語が主に用いられている場合と、フィジカル・ディスタンシングの単語が主に用いられている場合があります。

そこでここでは、ソーシャル・ディスタンシングの単語が主に用いられている資料と、フィジカル・ディスタンシングの単語が主に用いられている資料において、これらの単語がどのような意味で用いられているかを見ることを通して、両者の違いを見ていきたいと考えています。

結論を先取りすれば次のようになります。

  • ソーシャル・ディスタンシングとフィジカル・ディスタンシングは同じ意味であること。
  • ソーシャル・ディスタンシングとソーシャル・ディスタンス異なる概念であること。
  • ソーシャル・ディスタンシング=フィジカル・ディスタンシングは感染防止のために他者との社会的・物理的な距離を確保するライフスタイルを目指すものであること。
  • 居合わせた他者と6フィート(1.8メートル)の物理的な距離を確保することはソーシャル・ディスタンシング=フィジカル・ディスタンシングの重要な方法だが、あくまでも一つの方法に過ぎないこと。

  • 1)ただし、ハーバード大学によるレポートでは、ワクチンが利用可能になるまでソーシャル・ディスタンシングに頼るだけでは不十分であり、「TTSI」(Testing, Tracing, and Supported Isolation)、つまり、検査(Test)、接触者追跡(Contact Ttracing)、そして、感染した人へのサポートされた隔離(Supported isolation)の重要性が提言されている。

ソーシャル・ディスタンシング

ソーシャル・ディスタンシングの単語が主に用いられている資料としては、先にあげたCDC(アメリカ疾病予防管理センター)のウェブサイト、アメリカ・メリーランド州の資料「ビジネス再開のためのベストプラクティス」があります。これらの資料ではソーシャル・ディスタンシングとして、次のような例があげられています。

  • 居合わせた他者と6フィートの距離を確保する。
  • グループで集まらない。
  • 人混みやマスギャザリングを避ける。
  • 公共交通機関、タクシー、UberやLyftなどのライドシェアリングの利用を避ける。
  • デジタル/遠隔学習を検討する。
  • パブリックな場所ではマスクやを着用する。
  • 店舗では、高齢者など感染すると重症化する可能性のある人々のための特別な時間帯を設ける。
  • オンラインでの注文、従業員が車内にいる顧客に商品を手渡すカーブサイド・ピックアップを行う。
  • 美容院や散髪屋などのパーソナルサービスは予約制のみとする。
  • テレワーク(在宅勤務)する。
  • 従業員の勤務時間を調整する。
  • 日常的なシフトの引き継ぎのミーティングを変更する。

これらより、居合わせた他者と6フィート(1.8メートル)の物理的な距離を確保することは、ソーシャル・ディスタンシングが意味するもののごく一部であることがわかります。
ソーシャル・ディスタンシングとは他者と集まる、買い物をする、働く、学習するなど生活のあらゆる側面に関わってくること、言わば、感染防止のために他者との距離を確保することを意識したライフスタイルを目指すものだと捉えることができます。ただし、こうしたライフスタイルをとっても、暮らしにおいてはパブリックな場所との関わりが必要であり、居合わせた他者と6フィート(1.8メートル)の物理的な距離を確保することは、パブリックな場所における作法として理解することができます。

フィジカル・ディスタンシング

フィジカル・ディスタンシングの単語が主に用いられている資料としては、先にあげたC40世界大都市気候先導グループ(C40 Cities Climate Leadership Group)のウェブサイト、アメリカ企業公共政策研究所(AEI)のレポート、ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートがあります。これらの資料ではフィジカル・ディスタンシングとして、次のような例があげられています。

  • 居合わせた他者と6フィートの距離を確保する。
  • 人混みを避ける。
  • 学校、ショッピング・センター、レストラン、美術館など人々が集まる屋内の施設や場所を閉鎖する。
  • レストランはテイクアウトやデリバリーを提供する。
  • パブリックな場所ではマスクやを着用する。
  • 咳エチケットを守る。
  • 手を消毒する。
  • よく触る場所(high-touch surfaces)を定期的に消毒する。
  • 自宅待機勧告(stay-at-home advisories)を出す。
  • 不必要な移動を避ける。
  • テレワーク(在宅勤務)する。

参照している資料の目的が異なるため完全に一致しているわけではありませんが、フィジカル・ディスタンシングは、ソーシャル・ディスタンシングと同じ意味で用いられていることがわかります。つまり、フィジカル・ディスタンシングは居合わせた他者との6フィート(1.8メートル)の物理的な距離の確保だけを意味するのではなく、感染防止のために他者との距離を確保することを意識したライフスタイルを目指すものだと捉えることができます。


C40世界大都市気候先導グループ(C40 Cities Climate Leadership Group)のウェブサイトでは、フィジカル・ディスタンシングの方がソーシャル・ディスタンシングより好ましい理由が次のように説明されています。

「市民が何をする必要があるかをより文字通りに、理解しやすく記述しているため、フィジカル・ディスタンシングの用語は「ソーシャル・ディスタンシング」よりも推奨されます。距離を置くこと(distancing)や隔離の対策が孤独感を増大させ、メンタルヘルスのリスクをもたらすことも懸念されます。パンデミックの間、フィジカル・ディスタンシングを維持することは不可欠ですが、市民は安全な方法で愛する人との社会的接触(social contact)を維持することができ、そして、維持するべきです。」
※C40 Cities Climate Leadership Group「Emerging best practice on physical distancing in cities」(April 2020)のページの翻訳。ただし、脚注は除外している。

感染防止のために重要なのは物理的な距離の確保であり、社会的接触を維持することの重要性、つまり、社会的距離を置かないことの重要性が指摘されています。同じことは、ソーシャル・ディスタンシングの単語を主に用いているCDC(アメリカ疾病予防管理センター)のウェブサイトでも指摘されています。

「離れている間でも、連絡を取り合ってください。同居していない友人や家族と連絡を取り合うことは非常に重要です。電話をしたり、ビデオチャットをしたり、ソーシャルメディアで連絡を取り合ったりしてください。
ストレスの多い状況に対する反応は人によってそれぞれであり、愛する人と社会的に距離を置かなければならないことは困難かもしれません。」
※CDC「Social Distancing, Quarantine, and Isolation」のページの翻訳。

重要なのは、新型コロナウイルス感染症の感染防止の文脈で社会的距離を意味するソーシャル・ディスタンス(Social Distance)という単語は用いられていないこと。ソーシャル・ディスタンス(Social Distance)とは他者との親密さ/疎遠さを意味する単語であり、これは新型コロナウイルス感染症の感染防止とは別次元のこと。
感染防止で必要とされているのは社会的な距離(Distanceという名詞)ではなく、社会的な距離を確保すること(Distancingという動名詞)という行為であり、感染防止の対策が他者との社会的距離(Social Distance)を生み、疎遠な他者を隔離したり、排除したり、差別したりすることにつながってはならないということです。

繰り返しになりますが、以上をまとめると次のようになります。

  • ソーシャル・ディスタンシングとフィジカル・ディスタンシングは同じ意味であること。
  • ソーシャル・ディスタンシングとソーシャル・ディスタンス異なる概念であること。
  • ソーシャル・ディスタンシング=フィジカル・ディスタンシングは感染防止のために他者との社会的・物理的な距離を確保するライフスタイルを目指すものであること。
  • 居合わせた他者と6フィート(1.8メートル)の物理的な距離を確保することはソーシャル・ディスタンシング=フィジカル・ディスタンシングの重要な方法だが、あくまでも一つの方法に過ぎないこと。

このことからは、新型コロナウイルス感染症の感染防止には居合わせた他者と6フィート(1.8メートル)の物理的な距離を確保することだけでは不十分であり、その背景としてライフスタイルの見直しを伴わなければならないということも考えることができます。

今回の新型コロナウイルス感染症を、地球環境に負担をかけないライフスタイル、ていねいな日常を大切にするライフスタイル、格差を生み出さないライフスタイルを生み出すきっかけとすることができればと考えています。

(更新:2020年7月17日)