『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

市民の働きかけによって保存が決定したシンガポールの団地の住棟:ダコタ・クレセント

シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。人口の増加に伴い、HDBは現在でも多くの住宅を開発しいますが、HDBが街を計画するにあたって重視しているポイントが6つあげられています。緑(Greenery)、コミュニティ(Community)、移動・輸送(Mobility & Transport)、スマート・サステナブル(Smart & Sustainable)、統合された商業施設(Integrated Commercial Facilities)、ヘリテージ(Heritage)の6つです*1)。

ここで注目するのはヘリテージ(Heritage)。HDBギャラリーの展示では、ヘリテージ(Heritage)の取り組みが次のように紹介されています。

「ヘリテージ(Heritage)
新しい街や団地の計画・開発において、ヘリテージは個性的なアイデンティティと場所の感覚(Sense of Place)を生み出すための重要な要素となります。可能であれば、記憶に残るランドマークを保存したり、その場所の思い出を取り戻すためにマーカーやストーリーボードを設置したりしています。地域のヘリテージを反映させたテーマのある遊び場も設置されています。」
※HDBギャラリーの展示の翻訳。

ここに紹介されているように、HDBが開発する街や団地では、地域の歴史を描いた壁画(ミューラル・アート)や、地域の歴史を紹介するコーナーをもうけたり、地域の歴史にまつわるものをデザインに採用したりするなど様々な取り組みが行われています。

スカイヴィル@ドーソンの壁画)

ヘリテージ・ガーデン@イーシュン

(かつての動物園をデザインに採用したプンゴル・ポイント・クラウンの遊び場)

このように、HDBが開発する街や団地では歴史を継承するための様々な取り組みが行われていますが、建築家や市民らの働きかけが住棟の保存につながり、HDBの再開発の計画に影響を与えた団地があります。

ダコタ・クレセント

市民の働きかけによって保存されたのは、ダコタ・クレセント(Dakota Crescent)という団地の住棟です*2)。ダコタ・クレセントが位置するのは、シンガポール中心部近くにあるゲイラン(Gaylang)というエリアです。

ダコタ・クレセントは、HDBの前身であるシンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)が、1958年に建設した団地。1960年にHDBが設立された後は、HDBに引き継がれました。

2014年、HDBが再開発計画を発表し*3)、ダコタ・クレセントの住民は2016年末までに退去することが求められました。
これを受けて、建築家や市民らが、シンガポール初期の公営住宅として重要なダコタ・クレセントの保存を求める運動を展開。ダコタ・クレセントのツアーも行われたということです。

2017年12月、政府は再開発する街区内に、ダコタ・クレセントの再開発時点で残されていた15棟のうち6棟、及び、象徴的な鳩の遊び場を保存し、公共・コミュニティ用途(civic and community uses)に転用することで、新たな団地を含めた複合用途エリア(mixed-use area)として再開発することを発表しました。保存が決まったのは、10、12、14、16、18、20号棟で、「バタフライ型」と呼ばれるカーブした平面をもつ7階建ての住棟が2棟(two seven-storey curved “butterfly” blocks)、スラブ型の7階建ての住棟が2棟(two seven-storey slab blocks)、そして、3階建て、2階建ての住棟がそれぞれ1棟となっています。
現在(2025年5月時点)、再開発されるエリアには、HDBのダコタ・クレスト(Dakota Crest)という高層の住棟の建設が進められています。

(保存されるダコタ・クレセントの住棟)

(建設が進むダコタ・クレストの住棟)

人口が増加しているシンガポールでは、HDBの街の再開発が進められています。さらに、シンガポールは国土が限られているという制約もあります。けれども、こうした状況においても、市民らの働きかけによって保存が決定したダコタ・クレセントは、団地の歴史の継承という点で非常に興味深いです。


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