イギリスでは、1946年に制定されたニュータウン法にもとづき、32のニュータウンが開発されました*1)。
イギリスのニュータウンは、ニュータウンの開発公社(Development Corporation)によって開発されました。そのため、開発公社の議事録、年次報告書、図面、地図、写真、契約書類、広報誌などは、ニュータウンの歴史を伝える貴重な資料だと言えます。全ての開発公社は既に解散していますが、その資料について、最近、「ニュー・エルサレムズ」(New Jerusalems)という興味深いプロジェクトが進められています*2)。
「ニュー・エルサレムズ」プロジェクト
「ニュー・エルサレムズ」(New Jerusalems)プロジェクトは、イギリス(イングランド、ウェールズ)、及び、アイルランド共和国の11のニュータウンのアーカイブを初めて公開する取り組みで、2021年、ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust、1936年設立のチャリティ財団)から42万ポンド(約7千8百万円)の助成を受けて開始されました。
プロジェクトでは、地方自治体の公文書館などの機関がアーカイブ・ネットワークを構築。アーキビストが、数千もの資料のカタログ化、デジタル化を行うことで、研究者が資料に容易にアクセスできるようにすることが目指されています。この背景には、新型コロナウイルス感染症の後、ニュータウンの見直しがされているという状況があります。
「ニュー・エルサレムズ・プロジェクト(New Jerusalems Project)は、イングランド、ウェールズ、アイルランド共和国にある11の戦後ニュータウンのアーカイブを初めて公開するプロジェクトです。このプロジェクトにより、ニュータウン運動(New Towns movement)の研究に利用できる資料に根本的な変化がもたらされます。プロジェクトは、ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)の42万ポンドの助成金により実現しました。ニュータウン運動は、ヨーロッパを覆った暗黒と紛争の時代から生まれました。ニュータウンは、住宅、都市計画、社会福祉、雇用、田園地帯、国民保健サービス(NHS)、教育などに対する新しく、ラディカルなアプローチをとる「ニュー・エルサレム」(新たな平和の街)の重要な一部でした。以前の状態に戻すのではなく、より良い復興(Build Back Better)という点で、現在と共通点があります。都市部における新型コロナウイルス感染症の長期的な影響に対して、戦後のニュータウンから貴重な教訓を引き出すことができます。2020年以降、戦後ニュータウンの都市設計の次のような特徴が注目されています。。
- 広大なパブリックな公園やその他の緑地
- 20分の近隣(20-minute neighbourhood):(徒歩または自転車の)20分圏内で日常生活に必要なものが揃う近隣
- 積極的な移動を可能にする自転車専用道路
- 場所への愛着心(sense of place)を育むパブリック・アート、コミュニティ・アート
ニュー・エルサレムズ・プロジェクトは、住宅、都市設計、公衆衛生のつながりに関心のある全ての人々に、重要な新たな資源を提供します。これらのアーカイブは、保存(conservation and preservation)の作業を通じてカタログ化され、将来にわたって保管されます。」
※「New Jerusalems」のページに記載内容の翻訳。
「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトで対象とされている11のニュータウンは以下の通り。
名称 | 国 | ニュータウン指定日 | アーカイブ・ネットワーク参加機関 | |
---|---|---|---|---|
スティヴネイジ | Stevenage | イギリス(イングランド) | 1946年11月11日 | Hertfordshire County Council |
クローリー | Crawley | イギリス(イングランド) | 1947年1月9日 | West Sussex County Council |
ニュートン・エイクリフ | Newton Aycliffe | イギリス(イングランド) | 1947年4月19日 | Durham County Record Office |
ピーターリー | Peterlee | イギリス(イングランド) | 1948年3月10日 | Durham County Record Office |
バジルドン | Basildon | イギリス(イングランド) | 1949年1月4日 | Essex Record Office |
ブラックネル | Bracknell | イギリス(イングランド) | 1949年6月17日 | Berkshire Record Office |
クンブラン | Cwmbran | イギリス(ウェールズ) | 1949年11月4日 | Gwent Archives |
レディッチ | Redditch | イギリス(イングランド) | 1964年4月10日 | Worcestershire Archive and Archaeology Service |
ランコーン | Runcorn | イギリス(イングランド) | 1964年4月10日 | Cheshire Archives and Local Studies |
ウォリントン | Warrington | イギリス(イングランド) | 1968年4月26日 | Cheshire Archives and Local Studies |
シャノン | Shannon | アイルランド共和国 | University of Limerick |
「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトの成果の一部はオンラインで公開。
また、例えば、ウォリントン(Warrington)のウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー(Warrington Museum & Art Gallery)では、プロジェクトの成果の一部が、「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ」(Building Communities: The New Town Archive)というコーナーで展示されています。
「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ
1968年、ウォリントンは、1946年に制定されたニュータウン法に基づき、ニュータウンに指定されました。ニュータウン法は、第二次世界大戦後の住宅不足と都市の過密化という喫緊の課題に対処するために制定されたもので、自律し、バランスのとれたコミュニティ(self-contained, balanced communities)の構築を目的としていました。
ウォリントンは、そのようなコミュニティの1つとして構想されたもので、近代的な住宅と雇用機会を提供するように設計されました。ウォリントン・アンド・ランコーン・ニュータウン開発公社(Warrington & Runcorn New Town Development Corporation)が主導したこの野心的なプロジェクトは、町を劇的に変貌させ、町の境界を拡大し、新たな時代をもたらしました。
この物語の核心にあるのは、チェシャー・アーカイブズ(Cheshire Archives)が所蔵するウォーリントン・アンド・ランコーン・ニュータウン開発公社のアーカイブです。ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)の「ニュー・エルサレムズ」(New Jerusalems)を通じてデジタル化された会議の議事録、図面、写真などが、町の開発の軌跡を垣間見せてくれます。
この展示ではアーカイブのハイライトを紹介し、デジタル化された全コレクションは今年後半にオンラインで公開されます。」
※「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ」のコーナーの案内文の翻訳。



(ウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー)
「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトは、ニュータウンの開発公社の資料が、アーキビストという専門家によってカタログ化、デジタル化される取り組みとして興味深いと思います。
千里ニュータウンは、大阪府企業局によって開発されました。大阪府企業局の資料は、イギリスの開発公社と同様に、カタログ化、デジタル化される価値のある千里ニュータウンの歴史を伝える重要な資料だと思います。
また、新型コロナウイルス感染症によって、ニュータウンが、公園や緑地、20分の近隣(徒歩や自転車の20分圏内で日常生活に必要なものが揃う)*3)、自転車専用レーン、パブリック・アート、コミュニティ・アートという側面から見直されており、これが、「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトの背景になっていることも興味深いと思いました。
■注
New Jerusalems」。
Wellcome Trust「The New Jerusalems: post-war New Town archives in Britain and Ireland」。