『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールの団地におけるウェイファインディング・プロジェクト@イーシュン

団地は、同じ形をした住棟が建ち並ぶことから、他に比べて景観が単調になりがち。それゆえ、目的地の位置がわかりづらい、目的地にたどり着くためのルートがわかりづらいという状況になることがあります。

こうした状況に対して、シンガポール北部にあるイーシュン(Yishun)という街で行われているウェイファインディング(Wayfinding)のプロジェクトをご紹介したいと思います。ウェイファインディングとは、サイン(標識)やエリアの色分けなど環境の構成要素によって、人が現在地を把握したり、目的地にたどり着いたりしやすくする仕組みのことです。

シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。イーシュンは、1970年代半ばからHDBによる開発が始まり*1)、1981年に最初のHDBのプロジェクトが完成した街*2)。HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では、HDBの住宅開発に利用できる土地が多い「成熟していない団地」(Non-mature estate)に分類されていますが、入居から40年以上が経過し、高齢化率が上昇しており*3)、認知症に優しいコミュニティ(Dementia-Friendly Community:DFC)に指定されています*4)。

イーシュンのウェイファインディングのプロジェクトは、認知症に優しいコミュニティの取り組みの1つとして、2021年3月に完成。具体的には、カーティブ・セントラル(Khatib Central)、チョン・パン・シティ(Chong Pang City)の2つのエリアのあわせて21の建物(blocks)において、建物の壁面やサイン(標識)などに色分けとアイコンを施すという取り組みです*5)。

カーティブ・セントラル(Khatib Central)

MRTのカーティブ(Khatib)駅のすぐ東に位置するカーティブ・セントラル(Khatib Central)では、837~850号棟が、色とアイコンによって大きく3つのゾーンに分けられています。アイコンは、次に紹介するチョン・パン・シティのものも含めて、地域の歴史に関連あるものが選ばれたということです*6)。

  • 837、838、839、840A(立体駐車場)、841号棟
    →青、熱帯魚(tropical fish)
  • 844、845、850号棟、コミュニティセンター/警察署の建物
    →緑、ゴムの木(rubber trees)
  • 846、848、848A(立体駐車場)、849号棟
    →赤、パイナップル(pineapples)

3つに分けられたゾーンのうち、スーパーマーケットを含む店舗や飲食店などは主に赤のゾーンに集まっています。

青のゾーンの住棟は、壁、1階のヴォイド・デッキ、階段やEVの周りなどが青で塗装。住棟番号、MRTの駅、バス停、コミュニティ・センター、飲食店、スーパーマーケットなど主要な施設が、名前、アイコン、位置を示す矢印によって描かれています。

大きな文字で表示された住棟番号。

MRTのカーティブ駅に一番近い838号棟の壁には、大きな熱帯魚が描かれています。

MRTのカーティブ駅、バス停ににつながる屋根付きの通路も、一部の柱が青で塗装され、主要な施設の名前と位置が描かれています。

緑ゾーンの住棟も、同じような場所が緑で塗装され、ゴムの木のアイコンが描かれています。

赤のゾーンには店舗、飲食店が集まっています。壁、階段やEVの周りなどが赤で塗装され、パイナップルのアイコンが描かれています。

自転車を押して歩くことを呼びかける柵も赤で塗装されています。

チョン・パン・シティ(Chong Pang City)

チョン・パン・シティ(Chong Pang City)は、MRTのイーシュン(Yishun)駅から西に10分ほど歩いたところ位置。1984年にイーシュン最初の近隣センター(neighbourhood centre)として設置、1990年代半ばにチョン・パン・シティと名づけられました*7)。チョン・パン・シティでは101から107号棟が、色とアイコンによって大きく2つのゾーンに分けられています。

  • 101、101A、101B、101C号棟
    →緑、農家(farmers)
  • 103、104(マーケット)、105(フードセンター)、106、107号棟
    →赤、中国風のゲート(Chinese gateways)

107号棟のみ1階にヴォイド・デッキのある住棟。他は1階部分が店舗、飲食店などになっている住棟、飲食店の屋台が並ぶホーカー・センター(105号棟)、マーケット(104号棟)の建物になっています。

チョン・パン・シティにはいくつかのゲートがあります。赤のゾーンのアイコンは、このゲートにちなんだものだと思われます。

チョン・パン・シティも、カーティブ・セントラルと同じように、建物の壁、階段やEVの周りなどが緑と赤で塗装され、農家、中国風のゲートのアイコンが描かれています。バス停、コミュニティ・センター、ホーカー・センター、マーケットなど主要な施設が、名前、アイコン、位置を示す矢印によって描かれています。住棟の番号も大きく表示されています。

ホーカー・センター、マーケットの建物も、一部の壁が赤と緑に塗装されています。


実際に、ウェイファインディング・プロジェクトが行われているカーティブ・セントラル、チョン・パン・シティを歩いて、店舗や飲食店が集まる建物では、店舗の看板や店頭に並べられた商品などに様々な色が使われていないため、塗装された色が目につきにくいと感じた部分もありました。その一方、店舗や飲食店がない住棟では、塗装された色が非常に目立ちました。団地の景観が単調と感じてしまうのは、住棟で使われている色が限られていることも1つの要因になっているように思います。

比較のために、イーシュンの他の住棟をご紹介します。シンガポールの団地は、日本の団地に比べるとカラフルですが、周りの住棟に比べると、ウェイファインディング・プロジェクトの住棟は色が統一されている様子がおわかりいただけると思います。

ここでご紹介したイーシュンにおけるウェイファインディング・プロジェクトは、日本ペイントによる、空間デザインにおいて革新的で目的意識に溢れる色づかいを提案するプロジェクトを表彰する第1回「クリエイティブ・カラー・アワード(Creative Colour Awards)2023」の「公共空間」部門の優秀賞を受賞しています。

なお、イーシュンでは、ウェイファインディング・プロジェクト以外にも、認知症に優しいコミュニティ(Dementia-Friendly Community:DFC)の取り組みが行われています。認知症Go-To Points(Dementia Go-To Points:GTPs)もそのの1つ。
認知症GTPsは、シンガポールで2022年11月から開始された施策で、認知症に関する情報を提供する(Resource Centre)、道に迷った認知症患者や高齢者を連れて行くことができる(Safe Return Point)という2つの役割を担う場所。例えば、シンガポール国内の大手スーパーマーケットチェーンの「FairPrice」と「Sheng Siong」も認知症GTPsに指定されています*8)。

カーティブ・セントラルのエリア内や周辺にもいくつかの認知症GTPsがあります*9)。その1つが、SASCO Senior Citizens’ Homeという団体が運営するSASCO@KHATIBというアクティブ・エイジング・センター(Active Ageing Centres:AAC)*10)。
AACは、近隣に住む高齢者を支援するドロップインの社会的レクリエーションセンター(drop-in social recreational centre)と説明される60歳以上の住民(高齢者)を対象とする場所。高齢者がコミュニティに関わりを持ち続けるための活動(Active Ageing activities)、追加の社会的なサポートを必要とする高齢者を支援するサービス(Befriending services)、必要に応じた介護サービスの紹介などが行われています。また、センターの活動を手伝ったり、一人暮らしの高齢者の家庭を訪問したり、高齢者のために用事を済ませたりなど、センターでのボランティアを希望する高齢者の募集も行われています*11)。
SASCO@KHATIBが興味深いのは、AACの一画に、高齢者が運営するカフェが運営されていること。カプチーノ、ラテなどの飲み物、ソフトクリーム、ケーキ、ワッフルなどが提供されているカフェで、ここがAACだと知らなければ、お洒落なカフェにしか見えません。実際、話をして過ごしたり、ノートパソコンを開いて作業をしたりしている若い人を含めて、多様な世代の人々の姿を見かけます。

高齢者がサービスを受けるだけでなく、場所を運営する側になれるという点が、日本のコミュニティ・カフェ(まちの居場所)と共通するようで興味深いと感じます。


■注