セミパブリックな空間(平田オリザ)としてのまちの居場所

「居場所ハウス」をはじめ、近年各地に開かれている「まちの居場所」(コミュニティ・カフェ)においては、人々が自然に集まり、何らかの関わりが生まれる場所を、意図的にどうやって生み出すかが1つのテーマになっています。

これを考える時、いつも思い浮かべるのが劇作家・平田オリザ氏の「セミパブリックな空間」という考え方。
平田オリザ氏は空間を、家の茶の間のような「プライベートな空間」、「セミパブリックな空間」、そして、道路や広場といった「パブリックな空間」の3つに分類しています。重要なのは「パブリックな空間」では「ただ人々はその場所を通り過ぎるだけだから、会話自体が成り立ちにくくなる」という指摘。そのため平田オリザ氏は「セミパブリックな空間」、つまり、「物語を構成する主要な一群、例えば家族というような核になる一群がそこにいて、そのいわば「内部」の人々に対して、「外部」の人々が出入り自由であるということが前提になる」場所を演劇に舞台に選ぶと述べています。
*平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書 1998年

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劇中で人々の関わりをいかに自然なものとして成立させるかを追求する平田オリザ氏の指摘からは、学ぶところが大いにあると感じます。
というのは、平田オリザ氏が追求しているのは、人々が自然に集まり、何らかの関わりが生まれる場所を、意図的にどうやって生み出すかという「まちの居場所」のテーマにも通じるところがあると考えるからです。「パブリックな空間」では「ただ人々はその場所を通り過ぎるだけだから、会話自体が成り立ちにくくなる」のだとすれば、「まちの居場所」も「パブリックな空間」ではなく、「「内部」の人々に対して、「外部」の人々が出入り自由である」ような「セミパブリックな空間」の仕組みを取り入れる必要があるのではないか。

ワシントンDCの非営利組織・Ibashoが掲げる8つの理念のうち、最初にあげられているのが「高齢者が知恵と経験を活かすこと」。「居場所ハウス」が目指すのは、高齢者が何歳になっても、自分にできる役割を担える場所です。このような場所を実現するために、サービスをする側/される側という関係を固定化させないようにすることが考えられました。
サービスをする側/される側という関係を固定化させないために、「居場所ハウス」ではカウンター内に誰もが自由に入れるような平面計画がなされています(カウンターが入口に対して面しておらず、90度回転させて配置されている)。運営体制は、地域の人々がボランティアで運営することが想定されました。
こうした計画をふまえ「居場所ハウス」の運営がスタートしましたが、現在、「居場所ハウス」は週の半分をパートスタッフによって運営しています。当初はボランティアで運営していましたが、毎日ボランティアで運営するだけの十分な人数が集まらなかったためパートで運営することとしました。
少し前、次のような話を聞きました。「居場所ハウス」のカウンターに置かれている物の変化を見ると、オープン当初に比べて運営者側の物が目立つようになった。これは、サービスをする側/される側という関係が固定化しつつあることの現れであり、当初目指していた姿からはズレているのではないかと。運営者側の物が目立ってきたのはキッチン脇に勝手口が設置された時期に重なっているという指摘。この時期、3人のパートスタッフでの運営を始めたことから、パートスタッフが自分たちが物を整理したことが大きな要因だと思われます。
また随分前になりますが、別の方からは、イベント時にはスタッフの女性がお揃いの白い帽子をかぶっているが、「居場所ハウス」のような場所では、お揃いの帽子をかぶってスタッフと来訪者とを区別しなくていいかもしれない、という意見もありました。
サービスをする側/される側という関係を固定化しないためには、これらの意見は無視できないと思います。

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その上で、思い返したいのが平田オリザ氏の「セミパブリックな空間」という指摘。
「居場所ハウス」を毎日ボランティアで運営できなかった要因は様々あると思いますが、みながボランティアとして対等な立場であるというのは「パブリックな空間」であり、ここには「セミパブリックな空間」に不可欠な「内部」の人々と「外部」の人々との区別がないことも大きな要因ではないかと思います。みなが対等な立場でというのは理想かもしれませんが、運営に責任をもつ「内部」の人々なしには「まちの居場所」は運営できない。
現在の「居場所ハウス」のにおいては、パートスタッフがこの役割を担っていると言えます。「居場所ハウス」の運営体制に完成形はないと思います。その時々で可能な体制で運営するしかない。だから、毎日ボランティアで運営する日がやってくる可能性は否定できません。もちろん「セミパブリックな空間」を実現するためには「「外部」の人々が出入り自由である」という側面にも注目する必要があるのは言うまでもありませんが、「まちの居場所」をめぐっては「出入り自由である」ことだけに注目されて、「内部」の人々がどう居られるかにあまり注目されてこなかった気がします。

話は逸れますが、毎日ボランティアで運営されている場所として思い浮かべるのは、千里ニュータウンの「ひがしまち街角広場」。「ひがしまち街角広場」はボランティアと来訪者が一緒になって話をしている光景が見られるなど、サービスをする側/される側の関係が緩やか。ここでポイントになるのは、関係が緩やかということ。「ひがしまち街角広場」の様子を見ていると、カウンター内に入るのはボランティアだけのように感じます。ボランティアはカウンター内には立ち入りません。この意味で、ボランティアと来訪者とは決して対等な立場とは言えない。カウンターの中に立てるボランティアが「「内部」の人々」となり「セミパブリックな空間」を実現していると言えそうです。

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誰もが自由に出入りできるように配置されたカウンターであるにも関わらず、サービスをする側/される側の関係の固定化が指摘される「居場所ハウス」。ボランティアだけしかカウンターに出入りしないにも関わらず、サービスをする側/される側の関係の緩やかさが15年間も維持され続けている「ひがしまち街角広場」。両者を考えると、人々の対等な関係を築くという目的を、誰もが自由に出入りできるカウンター配置にするというように、目的をそのまま空間に落とし込むことの妥当性については議論の余地があると思います。「居場所ハウス」では、場所を運営するための「セミパブリックな空間」という仕掛けが欠けていたのではないかと。オープン直後の2013年7月から9月までの2ヶ月間パートスタッフをしていた女性は、「居場所ハウス」にはパートスタッフの領域がないと話されていたことも思い返されます。

それから年月が経過し、「居場所ハウス」では2015年5月8日から屋外に建設したキッチンを使って食堂の運営をスタートさせました。食堂を運営している11時半〜13時半の時間帯、パートスタッフは屋外のキッチンで調理をする時間が多くなります。パートスタッフが屋外のキッチンにいる時間帯には、来訪者が自分でお茶をいれたり、「居場所ハウス」内のカウンターで食べ終えた食器を洗ったりする光景を時々見かけるようになりました。
屋外に建設されたキッチンには、基本的にはスタッフしか出入りしません。これが「ひがしまち街角広場」のボランティアしか出入りしないカウンターと同じ機能を担うことによって、「居場所ハウス」が「セミパブリックな空間」としての性格を備えてきた、というのは言い過ぎでしょうか。

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繰り返しになりますが、「居場所ハウス」が目指すのは、高齢者が何歳になっても、自分にできる役割を担える場所。しかし高齢者と一口に言っても70歳の人、80歳の人、90歳の人と年齢は様々、体力も様々。みなが全く同じ役割を担うというのは現実的ではありません。だから、「自分にできる」役割であることが大事なのだと思います。比較的若い人が調理をしている間に、年上の人がお茶をいれたり、食器を洗ったりする。
これを当初目指した姿からのズレと見なすか、当初目指した理念のささやかな表れと見なすか。それは、どの立場から「居場所ハウス」を見るかによるのかもしれません。