『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

大阪府による「ふれあいリビング整備事業」について

少し前、大阪市東淀川区の市営下新庄4丁目住宅(以前は府営下新庄鉄筋住宅)で運営されているコミュニティ・カフェ「ふれあいリビング・下新庄さくら園」を訪問しました。

「ふれあいリビング」とは、「高齢者の生活圏、徒歩圏で、「普段からのふれあい」の活動があれば、高齢でも元気で、お互い元気かどうか確認できて、何かあったら助け合うこともできるのではないか」(注)という考えに基づき、あらかじめ予定を立て鍵を借りてから利用する集会所と異なり、気軽に訪れることのできる「協働生活の場」を作るというもの。現在、39の府営住宅で「ふれあいリビング」が運営されており、「下新庄さくら園」はその第一号として2000年5月にオープンした場所。
「下新庄さくら園」(2000年)と、「五領けやき館」(2001年)、「ふれあいリビング花水木」(2001年)の最初の3ヶ所は府営住宅の集会所とは別に新築され場所で「ふれあいリビング」を運営する「モデルタイプ」、これ以降は府営住宅の既存の集会所を改修した「改修タイプ」と位置付けられています。

「下新庄さくら園」ではオープンからWさんが代表を務めておられましたが、Wさんは亡くなられ、現在はWさんと活動をともにされてきたKさんが代表を務めておられます。スタッフも来訪者も高齢化が進んで運営が大変だと話されていましたが、オープンから17年間も運営が継続されています。
団地の自治会長は何年かすると交代する。そのような状態では「下新庄さくら園」の運営を継続するのは難しいと考えられ、団地の自治会からは独立した任意団体で運営されています。日々の運営はボランティア(無償ボランティア)で運営されており、コーヒー、紅茶、ジュース(いずれも100円)などの飲み物と、トースト(100円)が提供されています。
地域の活動について、ボランティアでは長続きしない、組織体制をきちんとしないと長続きしないと言われることはありますが、ボランティアで、任意団体で17年間も運営されている「下新庄さくら園」はこうした指摘が必ずしも当たらない1つの事例になっています。

現在、「ふれあいリビング」は既存の集会所を改修する大阪府の事業として行われています。集会所の改修費用を大阪府が負担。「ふれあいリビング」を始めるにあたっての備品の購入、運営開始後の水道光熱費などは府営住宅の自治会が負担するという費用分担がなされています。

「ふれあいリビング」に対する大阪府の関わりには次のような特徴があります。

初期段階のハード整備に特化した行政の支援
大阪府の役割は既存の団地集会所の改修費用を負担することで「ふれあいリビング」の空間を提供すること。オープン後の運営内容についてはそれぞれの府営住宅に任せられています。
コミュニティ・カフェの運営にあたっては、場所を確保すること、維持することは大きな問題。特にニュータウンや団地では、住民が活動できる場所が限られている。こうした状況において、初期段階でハードを整備するということは、住民がコミュニティ・カフェを開くことのハードルを下げる効果があると言えます。

府営住宅の状況に応じた柔軟な運営を許容する
大阪府は「ふれあいリビング」の運営について、①自治会組織の一つとして位置づけ活動する、②ボランティア(サポーター)の組織化、③自主自立運営を目指す、④(自治会・大阪府に)活動報告をする、⑤週2回以上、開放する(開催曜日・時間の固定)、⑥高齢者の見守りの拠点にする、⑦交流・楽しみ・助け合いの活動を行う、⑧団地(地域)にPRする、⑨ふれあいリビング運営要領の作成という緩やかな条件をもうけていますが(*大阪府資料より)、細かな運営内容については各府営住宅に任せられています。このことが運営日時や提供されているメニュー、活動内容など、それぞれの府営住宅の状況に応じた運営を、無理なく継続することを可能にしています
現在、大阪府下には300以上の府営住宅があるとのこと。全ての府営住宅のリアルな状況を大阪府が把握するのは難しく、全ての府営住宅に適用できる同一の運営内容を提示するのも現実的ではない。これは行政が抱える限界だとも言えますが、だからこそ、府営住宅の状況に応じた柔軟な運営を許容するという大阪府の姿勢は、「ふれあいリビング」が行政の事業でありながら画一的にならず、大阪府下の府営住宅に少しずつ広まりつつあることの背景になっていると言えます。

現在社会において当たり前になったことを継続する
現在、コミュニティ・カフェは各地で開かれるようになっています。その意味で、「ふれあいリビング」はもはや珍しいものではないかもしれません。しかし、17年前に開かれた「下新庄さくら園」はコミュティ・カフェの先駆的な事例であったことは事実。この意味で、「ふれあいリビング」には先見の明があったということになります。
大阪府では、今では当たり前になったコミュニティ・カフェを開くために、集会所の改修を淡々と続けておられます。目新しいことに飛びつくのではなく、当たり前のことを実現するために淡々と事業を続けることは、行政だからこそ担える役割ではないかと思います。

既存集会所を改修した「ふれあいリビング」から建替えられた集会所に最初から設置されている「ふれあい型」集会所へ
現在大阪府では、既存の集会所を改修した「ふれあいリビング」に加えて、府営住宅の建替えの際には「ふれあいリビング」のようなスペースを最初から設置した「ふれあい型」の集会所を設置しているとのこと。「下新庄さくら園」からはじまった住民による「ふれあいリビング」の試みが、府営住宅の平面を決定するまで担っています。

大阪府の関わりは以上のような特徴があると言えますが、このことは同時に次のような課題をもたらしているとも言えます。

積極的でない自治会への支援
府営住宅の自治会が「ふれあいリビング」をやりたいと手を挙げるところから事業がスタートします。この意味で、「ふれあいリビング」を行っているのはある程度、自治会の活動が活発な府営住宅ということになる。しかし、行政には自治会活動が活発ではなく、「ふれあいリビング」に手を挙げない自治会への支援という役割もあるため、いずれこのことが課題になってくると言えます。

運営開始後のフォロー
府営住宅の自治会に運営を任せるからこそ、府営住宅の状況に応じた柔軟な運営が可能になってることは間違いがありませんが、実際に運営してみると大変であったり、困ったことが生じることはあると思われます。こうした場合、誰が、どのようにサポートできるかは考えられていません。現在運営されている39の「ふれあいリビング」のうち、運営をやめた場所はないとのことですが、いずれ、この点についても課題になる可能性があります。

ハード・ソフトの両輪から、ハードが優先する事業
「ふれあいリビング」は行政がハードの整備を、住民がソフトの工夫をするという両輪によって成立しています。このことが、大阪府による「ふれあいリビング整備事業」が単なる「箱モノ」の整備にならないことに根底になっています。それに対して、「ふれあい型」として建替えられた府営住宅集会所に最初からコミュニティ・カフェのスペースが設置されている場合、誰が、どのように活用するのかがわからない段階で、ハードの整備が行われることになります。このことが、「箱モノ」の整備になる恐れはあります。もちろん、「ふれあい型」の集会所には、スペースがあるからやってみようと、スペースが住民の動きを誘発するという可能性もあります。


(注)・植茶恭子, 広沢真佐子(2001)「大阪府コレクティブハウジングの取組み」・『財団ニュース』高齢者住宅財団, Vol.45, 2001年11月