『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

プロジェクトにおける調査から得られること

2016年7月のネパール、マタティルタ(Matatirtha)村への訪問の際には、東京大学経済学部のS教授らも同行いただきました。目的は村でのIbashoプロジェクトの効果を把握するための調査をすること。

フィリピンにおけるプロジェクトでも調査を実施しましたが、Ibashoプロジェクトにおいては、プロジェクトをやりっ放しにしないためにも、プロジェクトを実施するだけではなく、プロジェクトにどのような効果があったのか、どのような課題があるのかを把握することも大切にしています。

今回、マタティルタ村での調査の調査はインタビュー形式の質問紙調査。調査はプロジェクトが始まる前(ベースライン)、プロジェクトがある程度進んだ段階(ミッドライン)、プロジェクト開始から数年後(エンドライン)の3度実施することを計画しており、今回の調査はベースラインにあたります。調査対象はマタティルタ村の高齢者(60歳以上の人)150人と、隣接する村(Itakhel)の高齢者(60歳以上の人)150人、合わせて300人です。マタティルタ村の人口は約3,400人で、150人というのはほぼ全ての高齢者に相当。隣接する村(Itakhel)の人口は約1,900人となっています。
現地でプロジェクトのコーディネートを担当してもらっているソーシャル・ベンチャーBihaniのスタッフと、マタティルタ村の関係者に調査を担当していただくことができました。

7月10日(日)にはBihaniのスタッフら9人と、マタティルタ村の関係者3人にBihaniのオフィスに集まっていただき、S教授から調査にあたっての注意点、質問項目についての説明が行われました。
翌日から担当者は村内の家庭や高齢者住宅(Matatirtha Oldage Home)にて、対象とする高齢者への聞き取りを始めてくださいました。この調査を行うにあたっては、村に住む高齢者のリストを作ってくださいました。
ボランティアではないとは言え、Bihaniのスタッフや村の方々の協力なしには実施できなかった調査。調査結果は村にとっても有用な情報になると思いますので、結果はきちんと還元したいと思います。どのような形で還元すると、村にとって意味ある情報になるのかを考えることも含めて。

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調査結果を村に還元するのは当然として、今回の調査からは、回答用紙に書かれた内容を分析する以外にも、こちらが得られることはあると思います。それは、どのようにして今回の調査が可能になったのかという情報です。

繰り返しになりますが、今回の調査はBihaniのスタッフや村の方々の協力なしには実施できなかった。その背景には、今年の2月の訪問以来、Ibasho/Ibasho JapanがBihaniのスタッフや村の方々と築いてきた関係があります。さらに、そもそも村に訪問できたのは、それより以前からBihaniの方が村の方々と築いてきた関係がある。こうした関係なしには調査を行うことはできなかったということです。

この点は、プロジェクトとセットで調査を行う上では無視できないことだと思います。研究者というのは調査対象に対して中立的な存在であり、調査結果に対する分析方法も中立的なものである。けれども、調査対象となる人々との関係を築くことなしには実施できない調査もある。この部分は学術論文であまり言及されません。学術論文は「どのようなデータが得られたか?」についての記述であり、「どのようにデータを得たのか?」について言及されることはない。
「どのようなデータが得られたか?」についての記述が重要であることは当然ですが、「どのようにデータを得たのか?」も重要な情報です。どのような関係、条件のもとで調査を実施したのか、調査にはどのくらいの費用がかかったのか、調査においてどのような課題が生じたのか。これらの背景情報は自分たちだけでなく、後に続く研究者にとっても貴重な情報。だとすれば、こうした情報の蓄積というのも大切な仕事です。

もしかすると、背景情報が重要なのは必ずしも調査に限ったことではないかもしれません。巨大災害の被災地では、あるいは開発途上国では数多くの支援プロジェクトが行われています。
それぞれのプロジェクトは何を達成したのかという情報や、プロジェクトを遂行するためのノウハウが公開されているのに比べると、「そもそも、なぜ、その地域で、その人々とプロジェクトを行うことになったのか?」に関する情報はあまり公開されていないような気がします。それは例えば、知人がいたから、他の団体もプロジェクトをしていたから、交通のアクセスがよいから、被災状況を判断して、資金がついたからなど理由は様々だと思います。
どの地域で、誰と一緒にプロジェクトを行うのかは、そのプロジェクトのあり方に大きく影響します。だとすれば、「そもそも、なぜ、その地域で、その人々とプロジェクトを行うことになったのか?」についての情報は非常に重要。Ibashoではこの数年、フィリピン、ネパールでのプロジェクトを立ち上げてきましたが、その地域でプロジェクトを行うことになった経緯、どのようなことを考慮して地域を決定したのか、どのような問題が想定されたのかなどの情報を、今一度、きちんと整理し、共有できるようにしたいと考えています。

(更新:2017年1月5日)