『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

デジタル・ディバイド(情報格差)(アフターコロナにおいて場所を考える-11)

ワシントンDCの非営利法人・Ibashoは、高齢者がお世話をされる側の弱者ではなく、何歳になっても自分にできる役割を担うことで地域と関わっていく存在になれることを目的として活動しており、日本の岩手県大船渡市末崎町で居場所ハウス(2012年~)、フィリピンのオルモック市、バランガイ・バゴング・ブハイでIbashoフィリピン(2015年~)、ネパールのチャンドラギリ市、マタティルタ村でIbashoネパール(2016年~)の3ヵ国において、プロジェクトの立ち上げ、活動のサポートなどを行ってきました。
ワシントンDCのIbashoは、定期的にこれらの国々を訪問してきたのに加えて、2015年1月と10月には日本からフィリピン、2015年3月にはフィリピンから日本、2016年10月にはネパールから日本、2018年6月には日本とネパールからフィリピンへの訪問というように、プロジェクトに関わるメンバーが他国を訪問し互いの経験を交換するための機会をもうけてきました*1)。
このような活動が行われてきましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により国境をまたぐ移動が不可能になったため、各国のプロジェクトのメンバーが近況報告するために、各国のメンバー、及び、ローカルコーディネーターが参加するオンライン会議が企画されました*2)。
他国を訪問した高齢のメンバーを中心に参加を呼びかけ、第1回目の2020年10月1日のオンライン会議にはフィリピンから3人、ネパールから5人のメンバーが参加。しかし、日本のメンバーは1人も参加できませんでした*3)。日本からは2人が参加を予定していましたが、2人ともスマートフォンによるアクセス方法がわからず参加できませんでした。

日本のメンバーの方が、フィリピンとネパールのメンバーよりも年齢層が高いこと、オンライン会議の開始時間が日本21時、フィリピン20時、ネパール17時45分と時差があることという事情を考慮しても、フィリピンとネパールの高齢者がオンライン会議に参加できたのに対して、経済的には豊かとされている日本の高齢者が、スマートフォンによるアクセス方法がわからず参加できなかったことは意外に思われるかもしれません。
これはささやかな出来事かもしれませんが、デジタル・ディバイド(情報格差)にまつわる課題を垣間見せているように思います。

リアルな場所における社会的関係とデジタル・ディバイド

3ヶ国の中では日本が最も経済的には豊かとされており*4)、ケーブルや基地局などインターネットに接続するためのインフラ、高機能なスマートフォンの入手のしやすさというハード面での環境は整備されています。スマートフォンが高齢者にも普及しつつあり、居場所ハウスが2013年6月にオープンして以降、何人もの高齢者がスマートフォンを購入しているのを見てきました。
その一方でスマートフォンを持っていない高齢者や、スマートフォンを持っているが十分に使いこなしていない高齢者が多いという現状もあります。スマートフォンを購入しない、積極的に使わない理由として、スマートフォンがなくても日常生活を送るのに不自由していないこと、通信費が高くなることがあげられますが、これらに加えて、スマートフォンを使いこなせる自信がないこと、わからないことを訊ける相手がいないことも大きな理由です。


ここ数年、居場所ハウスのある大船渡市末崎町の末崎地区公民館(ふるさとセンター)で「パソコン・スマートフォン相談会」の講師を務めてきました*5)。「パソコン・スマートフォン相談会」は、スマートフォンやコンピューター(パソコン)を使っていて生じた困り事の相談を行うものですが、講師を続けることで、困り事の内容には次のような特徴があることに気づかされました。

1つ目は、困り事の内容は利用しているスマートフォンやコンピューター(パソコン)機種やアプリケーションに依存していること。SNSを使いたい人、Eメールを使いたい人、撮影した写真を保存したい人、写真を加工したい人、音楽CDを取り込みたい人、年賀状を作りたい人など、スマートフォンやコンピューター(パソコン)を使う目的はそれぞれによって異なるため、当然、利用するアプリケーションは異なります。
もう1つは、日常的にスマートフォンやコンピューター(パソコン)を使っていても、アップデートを求める通知やプライバシー提供に関する通知が表示された(表示が何を意味しているか分からない)、操作を受け付けなくなったなど、通常とは違う状況が生じた場合にどう対応すればいいかわからないという相談が多いこと。これらは、習熟している人から見れば「ちょっとしたこと」に思えますが、「ちょっとしたこと」がスマートフォンやコンピューター(パソコン)を使う上での大きなハードルになっていることは事実です。また、スマートフォンやコンピューター(パソコン)のセキュリティを高めるために、OSやアプリケーションを常に最新の状態に保つこと、プライバシー情報の公開範囲を限定することなどが指摘されますが、不慣れな人にとってこれらは非常にハードルが高いことだと感じます。
居場所ハウスのメンバー2人が、Ibashoのオンライン会議に参加できなかったのは、まさに「ちょっとしたこと」が原因でした。具体的には、オンライン会議にアクセスするためのリンクをスマートフォンで開くと、アプリケーションをインストールする必要があることが表示されるが、こうした表示にどう対応すればいいかわからなかったということです。

スマートフォンやコンピューター(パソコン)の相談内容には以上のような特徴があるため、WordやExcel、PowerPointというオフィス向けのアプリケーションの使い方を一斉に教授するという従来型のパソコン教室では対応するのが難しい。本人にとっては何が起こっているかわからないため、オンラインや電話で相談することも難しい。そのため、隣に座って一緒に画面を見ながら内容を確認し、説明していくというように個別対応をするしかありません。従って、「ちょっとしたこと」を気軽に訊ける人が周りにいることが非常に重要になります。

このような人として、まず候補になるのが同じ世帯の人(同居している家族)。けれども、高齢夫婦世帯、高齢の単身世帯の人の場合、同じ世帯の人に訊くことが難しかったり、そもそも同じ世帯の人がいない高齢者が多い。次に候補になるのが職場の人ですが、既に定年で退職した高齢者、自営業の高齢者は、職場の人に訊くこともできない。
このような高齢者にとっては、地域に気軽に出入りする場所があり、その場所に「ちょっとしたこと」を訊ける人がいることが重要になります。実際、筆者は居場所ハウスにおいて、居場所ハウスのメンバーや来訪者からスマートフォンやコンピューター(パソコン)について相談を受けることが時々あります。

(スマートフォンを教わりに来た高齢者)

スマートフォンやコンピューター(パソコン)を使える人と使えない人や集団の間に生じる格差はデジタル・ディバイド(Digital Divide:情報格差)と呼ばれます。
デジタル・ディバイドと言うと、オンラインのことであり、リアルな空間とは関係ないように思われるかもしれません。しかし、ここで見てきたように「ちょっとしたこと」を気軽に訊ける人が身近にいるかどうかによってもスマートフォンやコンピューター(パソコン)を使えるかどうかが左右されるように、デジタル・ディバイドはリアルな場所における社会的関係に大きく関わってくるということができます。

感染防止対策とデジタル・ディバイド

日本と、フィリピンやネパールの人口、世帯数という統計情報を比べると大きな違いがあることがわかります。日本の平均世帯人数は、フィリピンやネパールの平均世帯数を下回っています。日本の高齢化率は、ネパールやフィリピンの高齢化率を大きく上回っています。これらのことから、日本の高齢者はネパールとフィリピンの高齢者よりも、同じ世帯の人が少なく、かつ、若い世代と同居していない傾向があると考えることができます。

先に、デジタル・ディバイドを解消するためには、「ちょっとしたこと」を気軽に訊ける人が身近にいることが重要であること、そのような人として同じ世帯の人(同居している家族)、職場の人、地域の人というように、リアルな場所で顔を合わせる人が候補になると書きました。
それが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染防止のために自宅待機命令(Stay-at-home order)、あるいは、(強制力のない)要請が出されたことで、職場や地域の場所に自由に出入りすることができなくなった。必然的に、同じ世帯の人(家族)が大きな役割を担うことになりました。けれども、統計情報からわかるように、高齢者がどのような人と世帯を構成しているかは国によって大きな違いがある。

このことがIbashoのオンライン会議の参加状況にも現れたのではないかと考えることができます。つまり、自身ではスマートフォンやコンピューター(パソコン)を使えなくても、同じ世帯に使える人がいればサポートしてもらうことができる。それゆえ、オンライン会議にはフィリピンとネパールの高齢者は参加できたのに、日本の高齢者は参加できなかった。


新型コロナウイルス感染症の感染防止においては、自宅に待機することが要請されました。この措置は住宅、集合住宅の住戸、施設の部屋というハードとしての建物の中で、世帯を共にする人とは自由に関われるが、ハードの壁を越えた関わりを制限するもので、世帯への依存を前提とした感染防止措置だと考えることができます。
感染防止はもちろん重要ですが、この措置においては世帯規模が大きい人ほど、そこから多様なサポートやリソースが得られる傾向にあると言えます。世帯規模が大きく、そこから多様なサポートやリソースを得られる高齢者がいる一方で、世帯規模が小さかったり、独居であったりするため、十分なサポートやリソースが得られない高齢者もいる。さらに、高齢者施設では、血の繋がった家族であっても外部からの面会を禁止するという措置がとられたことも忘れてはなりません。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がきっかけとなり会議、各種の講座、買物、医療機関での受診をはじめオンラインで行われる活動の比重が大きくなりつつあります。スマートフォンやコンピューター(パソコン)を使えないとしても、同じ世帯の人からサポートを得られる人はオンラインでの活動に参加できる。その一方で、同じ世帯の人からのサポートが得られなければオンラインの活動には参加できない。このように、自宅待機が命令・要請される状況においては、世帯のあり方がデジタル・ディバイドを生み出してしまう。
自宅待機の命令・要請は全ての人々にとって平等な措置だとしても、世帯への依存を前提とすることで、自宅待機の命令・要請がもたらす影響は異なってしまう。それは公正(equity)と言えるのか。デジタル・ディバイドを解消するために、世帯内から十分なサポートやリソースを得られない人を外部からどのようにサポートしていくか。「ちょっとしたこと」を訊ける人との関わりをどのように実現していくか。感染防止対策と並行しながら行うのは容易でないかもしれませんが、考えていかねばならないことです。


  • 1)2015年3月のフィリピンから日本への訪問は、仙台市で開催された第3回国連防災世界会議のパブリックフォーラム、2018年6月の日本とネパールからフィリピンへの訪問は、マニラのADB(アジア開発銀行)で開催されたセミナーにあわせて行われた。
  • 2)オンライン会議は、ワシントンDCのIbashoと、Ibashoネパールのローカルコーディネーターの「Bihani」によって企画された。
  • 3)参加者数はプロジェクトに参加するメンバーの人数で、ローカルコーディネーターなどは含まれていない。
  • 4)IMF統計に基づく、2018年における名目ベースの人口1人当たり当たりGDP(国内総生産)の順位は、日本は26位(39,304米ドル)、フィリピン133位(3,104米ドル)、ネパール166位(1,034米ドル)である。なお、米ドルへの換算は各年の平均為替レートベースによる。グローバルノート「世界の1人当たり名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)」のページより。
  • 5)「デジタル公民館まっさき」が主催する「パソコン・スマートフォン相談会」(パソコン・インターネットよろず相談)で、東日本大震災の被災地支援として始められた。末崎地区公民館(ふるさとセンター)は末崎町の中心となる施設であるにも関わらず、インターネットにアクセスできる環境が整っていなかったことが、「デジタル公民館まっさき」が始まられた大きなきっかけになっている。「パソコン・スマートフォン相談会」は2016年度まで、主に東京からの支援者が主体となって行われてきたが、2017年度からは末崎町の住民が主体となり継続されており、筆者は2017年度から定期的に(おおよそ数ヶ月に1度)講師を務めてきた。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大により、現在のところ、2020年2月を最後に中止されている。

※「アフターコロナにおいて場所を考える」のバックナンバーはこちらをご覧ください。