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シンガポールにおける近隣住区リニューアル・プログラム(NRP)

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいます。人口の増加に伴い*1)、HDBは数多くの団地を建設していますが、同時に、既存の街や団地をリニューアルするプログラムももうけられています。ここでは、プログラムの1つであるNRP(Neighbourhood Renewal Programme:近隣住区リニューアル・プログラム)をご紹介します。

NRP(近隣住区リニューアル・プログラム)

NRPは住棟(Block)、管区(Precinct)の環境改善に焦点をあてたもので、HDBのウェブサイトでは次のように紹介されています*2)。

NRPは住棟(Block)と管区(Precinct)の改善に焦点をあてており、費用は、政府が全額を負担します。

■NRPとは?
NRPにより、2以上の隣接する管区(Neighbouring Precinct)の生活環境がアップグレードされます。
NRPは、管区の改善についてより積極的に協議するためのHDB Heartwareのフォーラムにおける住民のフィードバックに応えて、2007年8月に導入されました。このプログラムは政府により全額が出資され、タウン・カウンシルにより実施されます。
NRPは、住棟(Block)と管区(Precinct)の改善に焦点をあてています。IUP Plus(Interim Upgrading Programme Plus)に代わるもので、2以上の隣接する管区(Neighbouring Precinct)にまたがるエリアをカバーします。

1995までに建設され、MUP(Main Upgrading Programme)、IUP、IUP Plusを受けていない住棟が対象となります*3)。

■可能な改善
NRPでは、隣接する管区(Neighbouring Precinct)と調整して、統合的に改善が行われることで、様々な種類の改善が可能となります。
2以上の管区(Precinct)を含むNRPプロジェクトでは、隣接する管区(Neighbouring Precinct)とのよりより調整、統合により、包括的に改善を行うことが可能となります。これにより、住民のニーズを満たす様々な改善を実現します。

以下は考えられる改善の例であり、網羅的なリストではありません。住民は他の改善を提案することができます。
□住棟(Block)レベルの改善

  • 新しいレターボックス
  • 住民のコーナー(Residents’ corners)
  • ヴォイド・デッキ(Void Deck)の座席エリア
  • エレベーター1階ロビーのタイル張り

□管区(Precinct)レベルの改善

  • ドロップオフ・ポーチ(車寄せのポーチ)
  • 屋根付きの接続歩道(Covered Linkway)
  • 遊び場
  • フットパス/ジョギングコース
  • フィットネス・コーナー
  • ストリートサッカー場
  • パビリオン/シェルター
  • ランドスケープ(造園)

2015年以降に選ばれたプロジェクトでは、NRPは住棟(Block)の再塗装や、コンクリートの剥離/ひび割れ、エプロン部分の排水や床(apron drains & apron floors)などの修復作業も行います。これにより、NRPはタウン・カウンシルの定期的なメンテナンスともよりよく調整でき、住民に2度の不便をかけることなく、住棟(Block)や管区(Precinct)をより包括的に改善することができます。

NRPの具体例(省略)

その他の改善やアップグレード・プログラム
実行可能であれば、住民の不便を最小限に抑えるため、NRPを他の改善作業、または、別の資金によるアップグレード・プログラムと同時に実行することができます。例えば、ショップ・スキーム(Shop Scheme)の活性化、近隣公園(Neighbourhood Park)のアップグレード、バリアフリーによるアクセシビリティの向上などです。

■パブリック・コンサルテーションとコンセンサス会議
HDBは住民からのフィードバックを重視し、様々な手段を通じて近隣住区(Neighbourhood)で求められている改善を収集しています。

パブリック・コンサルテーション
NRPを実施するタウン・カウンシルは、タウン・ホール・ミーティング、対話セッション、ブロック・パーティー(Block Party)、ミニ展示会、調査などの手段を通じて、近隣住区(Neighbourhood)に対して提案される改善に対して、住民からの積極的なフォードバックを受けます。フィードバックは検討され、実行可能であれば、コンセンサス会議エクササイズ(Consensus Gathering Exercise)のデザイン案に組み込まれます。
住民の積極的な参加を重視することで、近隣住区に対する希望を実現することができます。

コンセンサス会議
NRPは、コンセンサス会議エクササイズ(Consensus Gathering Exercise)において、近隣住区内の資格のある住戸オーナーの少なくとも75%が賛同した場合にのみ進められます。

近隣住区リニューアル・プログラム(NRP)の事例

近年のNRPの例として、ここではべドック(Bedok)とチョア・チュー・カン(Choa Chu Kang)の2つの取り組みをご紹介します。

べドックのプログラム

べドック(Bedok)はダウンタウンの東部に位置する街。HDBの最初のプロジェクトが完成したのは1975年と、早い時期からHDBによる開発が進められてきました。NRPが行われたのはべドック・サウス・アベニュー2(Bedok South Ave 2)の西側に位置するHDBの団地、べドック・オーキッド(Bedok Orchid)の9号棟、10B〜10F号棟、14号棟、そして、立体駐車場の10A号棟で、このプログラムはHDBアワード2024で表彰されています。

「ベドック・オーキッドのNRPにより、住民は新しい施設を利用できるようになり、施設へのアクセスが改善されました。これには屋根付き連絡通路(coverd linkways)、車寄せ(drop-off)ポーチ、あらゆる世代の住民の交流を促すための遊び場やフィットネス・コーナーなどの共用施設が含まれます。特徴的な照明付きエントランス標識や案内表示も設置され、移動が容易になりました。
管区(precinct)の中心に設置されたシンガポールの国花、ヴァンダ・ミス・ジョアキム(Vanda Miss Joaquim)の彫刻は、管区のアイデンティティをさらに強化し、視覚的な焦点ポイントと象徴的な写真撮影スポットになっています。2層吹き抜けのヴォイド・デッキ(Void Deck)には、懐かしいカンポン(kampung)をテーマにした壁画を描いたヘリテージ・コーナーが設けられました。
このプロジェクトでは、ヴォイド・デッキ(Void Deck)での古いMRT(Mass Rapid Transit)の座席の再利用、樹木の保存、リサイクル・ステーションの設置など、住民に役立つ革新的でエコフレンドリーな取り組みも行われました。」
※HDBアワード2024の展示パネルの翻訳。

10D・10E・10F号棟の間には、ヴァンダ・ミス・ジョアキム(Vanda Miss Joaquim)の大きな彫刻が設置されています。

10F号棟の2層吹き抜けのヴォイド・デッキは、地域の歴史を伝えるヘリテージ・コーナーになっています。壁には屋台で調理をしたり、食事をしたりしている人を描いた大きな壁画が5枚、描かれています。

10E・10Fの2層吹き抜けのヴォイド・デッキの壁に設置されたベンチ。MRT(Mass Rapid Transit)の座席を再利用されたベンチです。

10D号棟と14号棟の間にもうけられた屋根付き通路。

住棟の間のオープン・スペースには、遊び場、フィットネス・コーナーが整備されています。

住棟の脇では、何ヶ所かリサイクル・ステーションが設置されているのを見かけました。紙、金属(缶)、プラスチック、ガラス(瓶)をここで回収に出すことができるようでした。

チョア・チュー・カンのプログラム

チョア・チュー・カン(Choa Chu Kang)はシンガポールの西部に位置する街で、1987年、HDBの最初のプロジェクトが完成。NRPが行われたのはMRTのユー・ティー(Yew Tee)駅の西側に位置するHDBの団地(Choa Chu Kang Street 62 / North 7)の601〜621号棟、625〜627号棟、604A号棟、610A号棟、611A号棟、621A号棟、625A号棟、そして、ユー・ティー・パーク(Yew Tee Park)です。このプログラムはHDBアワード2022で表彰されています。

「チョア・チュー・カン・ストリート62のNRPは、近隣住区(neighbourhood)の日常生活とユー・ティー・パークの緑を融合することを目的とするもので、既存の環境とシームレスに補完、調和する小さなスペース(pockets of spaces)が作られました。緑化された通り(thoroughfares)を整備し、様々な焦点をもつノード(various focal nodes)を結びつけることで、管区(precinct)内のつながりが強められています。
このデザインは既存の敷地条件を補完するものになっています。ユー・ティー・パークの独特な地形を活かして、丘の上には共同活動のためのハードコートと高床式のパヴィリオンのある集いの場(gathering place)を作りました。傾斜地には、高さ8メートルの滑り台のある特注の遊び場が設計されました。新しい連絡通路(linkways)と車寄せ(drop-off)ポーチは、調和をはかるため、既存のものと同じタイプの屋根で設計されています。」
※HDBアワード2022の展示パネルの翻訳。

住棟の周りには、ベンチの置かれたコーナーがもうけられています。

住棟を結ぶ屋根付き通路、車寄せのポーチ。

ユー・ティー・パークの丘の上にもうけられたパヴィリオン。パヴィリオンの前は広場(ハードコート)になっています。

ユー・ティー・パークの高低差をいかして設置された大きな滑り台。


シンガポールのHDBの団地における近隣住区リニューアル・プログラム(NRP)をご紹介しました。NRPが行われた団地は、新しく開発された団地に比べると年月の経過を感じます。その一方、超高層の住棟が建ち並ぶ新しく開発された団地に比べると、住棟はそこまで超高層でなく、住棟間も広く取られており、ゆったりとした印象も受けます。HDBが、このような既存の団地をリニューアルするプログラムをもうけていること、このプログラムでは昔の壁画を描いたり、MRTの座席を再利用したり、樹木を保存したりというかたちで歴史の継承が意識されていることは興味深いと感じます。


■注

  • 1)シンガポールの人口は、2024年6月に初めて600万人を超えている。JETRO「シンガポールの人口が過去最多、600万人の大台に」(2024年10月1日)のページより。
  • 2)以下は、HDB「Neighbourhood Renewal Programme (NRP)」のページの翻訳。翻訳においては、Neighbourhoodを近隣住区(ただし、Neighbourhood Parkは近隣公園)、Precinctを管区、Neighbouring Precinctを隣接する管区、Blockを住棟(ただし、Block Partyはブロック・パーティー)の訳語をあてた。
  • 3)MUP、IUP、IUP Plusはこちらのページを参照。