新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受け、2020年4月7日、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に非常事態宣言が発令されました(4月8日午前0時から効力発生)。ただし、非常事態宣言ではどのような場合に外出できるのか、どのような業種が休業になるのかが決められておらず*1)、あくまでも要請(お願い)を受け、個々の判断で自粛するというかたちとなっています。
これに対して、ここで紹介するアメリカ東海岸のメリーランド州では、違反者には罰則を伴う外出禁止令(自宅待機命令)が発令され*2)、「基幹的でないビジネス」の閉鎖措置がとられるなど、日本より厳格な対応がなされています。ここでは、外出禁止令(自宅待機命令)の発令前後における暮らしの様子をご紹介します(※日々の暮らしの記録を時系列で整理した記事はこちらをご覧ください)。
ただし、外出禁止令(自宅待機命令)の下においては不可欠な活動以外の理由での外出が禁止されているため、ここで紹介する情報も限られた範囲で経験したものに過ぎません。具体的にはメリーランド州のモンゴメリー郡(Montgomery County)の主に中流階級の人々が暮らす郊外住宅地を中心とする情報ですが、ニューヨーク、サンフランシスコなどの大都市とは異なる状況をお伝えできる情報になっていればと思います。
新型コロナウイルス感染症の感染がさらに拡大すれば、日本でもより厳格な対応がなされる可能性もあります。その時、暮らしはどうなるのか、どのように工夫できるのかを考えるうえで、この記事が少しでも参考になればと考えています。ただし、日本とアメリカでは状況が違うため、アメリカの方が優れていると主張したり、アメリカの真似をした方がいいと主張したりすることがこの記事の目的ではありません。
- 1)休業要請について政府と東京都の見解が異なるため発表が遅れたというニュースが流れていたが、2020年4月10日、東京都は休業要請する業種を発表した。
- 2)外出禁止令と表現されることもあるが、メリーランド州が発令しているのは「Stay-at-home order」(ステイ・アット・ホーム・オーダー)であり、自宅待機命令の意味に近い。なお、「Shelter-in-place order」(シェルター・イン・プレイス・オーダー)の表現が用いられている州もある。
メリーランド州の対応
アメリカでは、2020年1月21日、西海岸のワシントン州で初めての新型コロナウイルス感染症の感染者が見つかったとされています*1)。それから約1ヶ月半後の2020年3月5日、メリーランド州で初めての感染者が見つかり、同日、メリーランド州に非常事態宣言が出されました。
新型コロナウイルス感染症は中国の武漢から発生したという説があり、当初、中国、日本、韓国、台湾など東アジアの国々で感染拡大していたため、暗に「アジア人=感染者(感染源)」という目で見られる状況はあったように思いますが、しばらくは生活に大きな変化はありませんでした。この状況が大きく変わったのが、トランプ大統領が国家非常事態を宣言した2020年3月13日です*2)。
2020年3月19日には10人を超えるあらゆる集会の禁止措置、2020年3月23日には「基幹的でないビジネス」(Non-Essential Businesses)の閉鎖措置が出されました。これにより、食料品、日用品は「基幹的なビジネス」とされている食料品店、ファーマーズマーケット、コンビニエンスストア、酒類の販売店、薬局、ホームセンターなどで購入することになります。一方、レストラン、カフェ、バーは閉鎖されていますが、テイクアウト、配達、ドライブスルーによる購入は可能となっています。なお、それぞれの店舗では感染防止のための様々な取組がなされています。
そして、2020年3月30日には外出禁止令(自宅待機命令/Stay-at-Home Order)が発令され、不可欠な活動(Essential Activities)以外の理由での外出が禁止されました(※メリーランド州の新型コロナウイルス感染症をめぐる動きはこちらをご覧ください)。
外出禁止令では以下を除いて自宅(home)または居住地(places of residences)に滞在することが求められます。
- 不可欠な活動(Essential Activities)を実施、または、参加すること。
- 閉鎖が求められないビジネスおよび組織のスタッフおよびオーナーは、以下の場合に移動することができる。
□自宅と、ビジネスおよび組織の間を往復すること。
□商品の配送やサービスの提供のために、顧客との間を往復すること。- 基幹的でないビジネス(Non-Essential Businesses)のスタッフおよびオーナーは、以下の場合に移動することができる。
□最小限の業務を従事するために、自宅と基幹的でないビジネスの間を往復すること。
□商品の配送のために、顧客との間を往復すること。※メリーランド州知事令第20-03-30-01号(2020年3月30日)の翻訳
外出が認められる不可欠な活動(Essential Activities)は次のように定義されています。
- 自分自身、家族、世帯員、ペット、家畜のために、必要な物やサービスを入手すること。これには食料品、家庭で消費・利用する用品、在宅勤務に必要な用品や機器、ランドリー、自宅や居住地の安全、衛生、不可欠なメンテナンスに必要な製品などが含まれる。
- 自分自身、家族、世帯員、ペット、家畜の健康と安全のために不可欠な活動に従事すること。これには医療、心身の健康、救急サービスを求めること、薬や医療品を入手することなどが含まれる。
- 家族、友人、ペット、家畜を、別の世帯または場所でケアすること。これには不可欠な健康と安全活動のために家族、友人、ペット、家畜を輸送すること、必要な用品やサービスを入手することなどが含まれる。
- 食事や遠隔学習のための教材を受け取るために、教育施設との間を往復すること。
- ウォーキング、ハイキング、ランニング、自転車などアウトドアエクササイズに従事すること。(後略)
- 法執行機関または裁判所命令により求められる移動をすること。
- 必要な目的のために、連邦政府、州政府、地方自治体の建物との間を往復すること。
※メリーランド州知事令第20-03-30-01号(2020年3月30日)の翻訳
これら一連の対応により、暮らしは大きく制限されることになりました。
ただし、外出禁止令(自宅待機命令)が全ての外出を禁止するものでないことには注意が必要です。外出が可能な不可欠な活動が明確にされているため、個々人が「この用事で外出してもよいのだろうか?」と判断する負担は軽減されているのかもしれません。さらに、「ウォーキング、ハイキング、ランニング、自転車などアウトドアエクササイズ」が不可欠な活動の1つとしてあげられていることは、自宅で過ごす時間がどうしても長くなる外出禁止令(自宅待機命令)の下において、身体的、及び、精神的な健康を維持するための大きな救いだと感じます。
なお、外出時には社会的・物理的な距離の確保により感染拡大を防止するソーシャル・ディスタンシング(Social Distancing)を守ることが要請されています。また、2020年4月3日に、アメリカ疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)がマスクの使用を推奨したことから*3)、マスクをして買物をする人が増えたように感じます。
- 1)Wikipedia「アメリカ合衆国における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」のページ。
買物
外出禁止令(自宅待機命令)では食料品や日用品などの買物のために外出することが許可されており、買物が外出の大きな理由になっています。
食料品、日用品は「基幹的なビジネス」とされている食料品店、ファーマーズマーケット、コンビニエンスストア、酒類の販売店、薬局、ホームセンターなどで購入が可能。それぞれの店舗ではソーシャル・ディスタンシングのための様々な取組がなされています。一方、レストラン、カフェ、バーは閉鎖されていますが、テイクアウト、配達、ドライブスルーによる購入は可能となっています。
販売されている物の変化は、上で書いた通りトランプ大統領が国家非常事態を宣言した2020年3月13日を境にして大きく変化しました。2020年3月13日のお昼前にいくつかのスーパーマーケットを訪れたところ、レジを待つ人の行列ができていました。トイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンペーパーなどは既に売り切れ。これらは現在でも入手困難で、販売されていても購入数の制限がされている場合が多い状況です。
トイレットペーパー、保存可能な食品などの購入制限
空っぽになったトイレットペーパーの棚
パスタ、パスタソース、お米、豆類などの保存可能な食料品も2020年3月13日から月末くらいまでは入手が難しかったですが、現時点では棚に並んでいる物も見かけるようになりました。以上のような商品に対して、野菜、果物、肉、卵、魚などの生鮮食品については入手に困ることはありませんでした。
上で書いた通り、新型コロナウイルス感染症について「アジア人=感染者(感染源)」という視線で見られることがあったため、なるべくなるべくアジア系の食品を販売するスーパーマーケットで買物をしようという話をしたのを覚えています。
その後、感染症は世界中に広がったため、「アジア人=感染者(感染源)」という視線は一時期より和らいだ気がしますが、残念ながらこの視線は完全には消えていません。
アウトドアエクササイズ
外出禁止令(自宅待機命令)では「ウォーキング、ハイキング、ランニング、自転車などアウトドアエクササイズ」が不可欠な活動とされています。そのため、公園、トレイル、ドッグランなどはオープンしていますが、公園内の売店などの施設が閉鎖されていること、ソーシャル・ディスタンシングを呼びかける掲示がなされていることという変化が見られます。
例えば、ウィートン・リージョナル・パーク(Wheaton Regional Park)のトレイルには次のような掲示がなされています。
- 人混みを避けてください。
- 他の人と6フィートの距離を保ってください。
- 通り過ぎる時は、「左側を通ります」と声をかけてください。
ウィートン・リージョナル・パークのトレイルの掲示
ウィートン・リージョナル・パークを散策する人々
このような変化は見られますが、基本的にはこれまで通り利用することが可能。公園やトレイルを訪れると、散策したり、子どもと一緒に歩いたり、ランニングしたり、自転車に乗ったりする人を見かけます。
公園やトレイルだけでなく、住宅地内を散策したり、ランニングしたり、自転車に乗ったりする人も見かけます。
住宅地内をサイクリングする親子
ソーシャル・ディスタンシングのため、すれ違う時は右側に寄ったり、道を譲りあったりすることが意識されています。「アジア人=感染者(感染源)」という視線があるため、すれ違う時に避けられていると感じることがあるのも事実。なるべく人とすれ違わないルートを選んだり、(白人の人のグループと)すれ違う時は足早に通り過ぎたりすることも意識してしまいます。ただし、中には人種に関わらず、「Hi」、「Hello」と声をかけられたり、声かけに応答してもらったりすることもあり、そのような場合は温かい気持ちになります。
上でも書いた通り、アウトドアエクササイズのために外出できることは、外出禁止令(自宅待機命令)の下において、身体的、及び、精神的な健康を維持するための大きな救い。ニューヨーク、サンフランシスコといった大都市でなく、人口密度が低く、自然が身近な郊外住宅地だからこそ享受できることかもしれません。
自宅
外出禁止令(自宅待機命令)の下では、自宅で過ごす時間が多くなります。通信量の増加に対してYouTubeが動画再生時の標準の画質を落とすという対応をしたことに現れているように、インターネットを利用する人は増えています。また、SkypeやZoomなどでビデオ通話をしながら食事やお酒を楽しむ「オンライン飲み会」もされています。
家を修繕したり、庭の手入れをしたりする人が増えたという話も聞きます。ホームセンターは「基幹的なビジネス」として営業が継続されていますが、ホームセンターに行く人が多いようで、感染防止のためなるべく行かないようにという要請が出されたとのこと。家を修繕したり、庭の手入れをしたりするためにホームセンターに行く人もいる反面、暇潰しのためにホームセンターに行く人も多いのではないかという話を聞きました。
また、小麦粉、イーストの入手が困難になっていることから、料理をする人が増えていると考えることもできます。実際、パンを焼いたり、ケーキを焼いたりする人が増えたという話を聞きました。
アメリカの社会学者、レイ・オルデンバーグは「第一の家、第二の職場」に続く「第三の場所」としてサードプレイスという概念を提示しています。サードプレイスとは十九世紀のドイツ系アメリカ人のラガービール園、戦前の田舎町のアメリカにあった「メインストリート」、イギリスのパブやフランスのビストロ、アメリカの居酒屋、イギリスとウィーンのコーヒーハウスなどの「家庭と仕事の領域を超えた個々人の、定期的で自発的でインフォーマルな、お楽しみの集いのために場を提供する、さまざまな公共の場所の総称」のこと。
しかし、これらの場所は新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するために閉鎖された「基幹的な役割を伴わないビジネス」ということになります。また、「基幹的な役割を伴わないビジネス」の閉鎖やテレワークにより、第二の職場に行くこともできなくなっている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するための対応により、人々は第一の家への引きこもりを余儀なくされています。
かつて家は、仕事の場所であり、出生の場所であり、学習の場所であり、食事の場所であり、治癒の場所であり、看取りの場所でありというように、様々な機能を担う場所でした。しかしこれらの機能はオフィス、病院、学校、レストラン、高齢者施設などに外部化され、家が担う機能はどんどん痩せ細っていったという説明がなされることがあります。また、家は商品として購入する商品になったという説明がなされることがあります。けれども、新型コロナウイルス感染症によって家への引きこもりを余儀なくされたことで、家は料理をしたり、仕事や学習をしたりする場所となっています。ここで見られるのは、かつて外部化された機能が家に回帰しつつある動き。また、購入する商品でなく、修繕をしたり、手入れをしたりというように、自らが手を加える場所になりつつある。
こうした状況は恵まれた人々の贅沢だと見なされるかもしれませんが、それでも、家が丁寧な暮らしを実現するための場所として見直されたとするならば、新型コロナウイルス感染症がもたらした良い意味での「副作用」と言えるかもしれません。
とは言っても、家だけで暮らすことはできず、第二の職場、サードプレイスは暮らしに不可欠だということ。欲しい物を買うことができ、食べたい物を注文することができ、友人や仕事仲間と顔を合わせることができること。今までは当たり前であった日常が、実はかけがえのない貴重なものであったことに気づいたことも、良い意味での「副作用」と言えるかもしれません。
新型コロナウイルス感染症の感染の収束がいつになるのか、収束までにどのくらいの方々犠牲になるのかは見通しが立ちません。けれども、いつか収束の日を迎える。その時にも、その後にも、丁寧に暮らすことや、当たり前の日常のかけがえのなさを忘れずにいたいものだと思います。
(更新:2020年5月20日)