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新型コロナウイルス感染症から社会を回復させるためにできるささやかなこと

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、感染者の飛沫を介して、あるいは、感染者の飛沫がついた物を介して感染すると言われています。他者から感染するがゆえに、感染防止のために他者との接触の機会を減らすことが要請されています。

他者から感染するという性質を持つがゆえに、居合わせた他者に対して「ひょっとしたら感染者ではないか?」と疑心暗鬼になってしまう状況が生まれています。社会とは、他者に対する信頼に基づいて成立するものでるため、新型コロナウイルス感染症はこの社会の基盤を切り崩していく恐れがある。
もちろん、感染防止は最優先で行うべきこと。そして、新型コロナウイルス感染症がいつ収束するかの見通しも立っていません。しかし、感染が収束した後には、他者に対する信頼を回復し、社会を回復させることに向き合わなければなりません。

この点について良い案を持っていませんが、先日、心温まる出来事がありました。それが、すれ違う時にちょっとした非言語的なメッセージを送り合うこと。
こうしたささやかな出来事に心温まるほど、社会がギスギスし、心が弱っているのかも知れませんが、他者に対する信頼を回復するためには他者との接触が大切であり、それぞれがささやかにでも配慮し合うことで、他者に対する信頼が回復してくるのだと実感しました。


ここで紹介するのはアメリカ東海岸のメリーランド州の公園での出来事です。
日本での新型コロナウイルス感染症の感染防止対策は、要請を受けた個々人の判断による自粛という側面が強いですが、メリーランド州では違反者には罰則を伴う外出禁止令(自宅待機命令/Stay-at-home order)が発令され、「基幹的でないビジネス」の閉鎖措置がとられるなど、日本より厳格な対応がなされています。そして、社会的・物理的な距離をおくソーシャル・ディスタンシングが徹底しています。

外出禁止令(自宅待機命令)下でも外出が可能な不可欠な活動(Essential Activities)の1つとして、「ウォーキング、ハイキング、ランニング、自転車などアウトドアエクササイズ」があげられているため、公園はオープンしています。しかし、例えば次のような掲示がされているように、他者との近距離での接触を避けることが求められています。

  • 人混みを避けてください。
  • 他の人と6フィートの距離を保ってください。
  • 通り過ぎる時は、「左側を通ります」と声をかけてください。

ソーシャル・ディスタンシングのため、すれ違う時は互いに右端を歩いたり、どちらかが立ち止まって道を譲ったりすることになりますが、挨拶をせず足早に通り過ぎる、顔を背けるなどギスギスした場面になる傾向があります。こちらが相手に対してそのように振る舞ってしまうこともあります。
加えて、新型コロナウイルス感染症は中国の武漢から発生したという説があり、当初、中国、日本、韓国、台湾など東アジアの国々で感染拡大していたため、「アジア人=感染者(感染源)」という視線を感じます。現在、感染症は世界中に広がったため「アジア人=感染者(感染源)」という視線はやや和らいだ気がしますが、残念ながらこの視線は完全には払拭されていません。

このような状況があるため、公園を歩く時もなるべく人とすれ違う機会の少ないルートを歩くことを意識します。

先日、筆者らがウィートン・リージョナル・パーク(Wheaton Regional Park)のトレイルを歩いている時、男性がすれ違う時にVサインをしてくれました。翌日、20〜30代に見える若い白人の女性2人が、すれ違う時に脇道に逸れた上で、手を振ってくれました。
飛沫によって感染すると言われているため、現時点ではすれ違う時に声をかけ合うことは難しいかも知れません。けれども、Vサインをしたり手を振ったりするという非言語的なメッセージを送り合うだけでも、他者との接触は心温まるものになる*1)。

このような方々と出会い、他者に対する信頼を回復するためには、他者との接触が大切であることを実感しました。
それゆえ、それぞれがささやかにでも配慮し合うことで、他者に対する信頼が回復する可能性がある。新型コロナウイルス感染症から社会を回復させるヒントは、こういうところにあると思います。


  • 1)アメリカ・ニュージャージー州在住の作家・ジャーナリストである冷泉彰彦氏は、『プリンストン発 日本/アメリカ 新時代』の2020年10月13日のコラム「投票直前の今、最も感染リスクが高いのはトランプ派集会」において、公園ですれ違う状況を次のように書いています。「をお互いに意識して、歩道を少し外れて横の距離を確保する、その上でお互いに手を上げたりして挨拶をするような場合があります。こうした場合は、基本的に気持ちがいいものです。礼儀正しいということもありますが、お互いが「相手もちゃんと気をつけている」と信じられる、というのが大きいわけです」。筆者らがすれ違った相手からVサインしてもらった、手を振ってもらったという意味では受動的な立場だが、筆者らもソーシャル・ディスタンシングを意識してすれ違う時は道の右端を歩くことを意識していたから、筆者らも相手に「相手もちゃんと気をつけている」という非言語的なメッセージを送っていたと言えるかもしれない。この意味で、筆者らが経験した非言語的なメッセージのやり取りは相補的である。

(更新:2020年10月13日)