『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

地域に密着しながら地域の外部と関わっていく@居場所ハウス

2019年7月、「居場所ハウス」に大学で文化人類学を専攻している方が見学に来られました。授業で大船渡市に来ており、その見学先の1つとして「居場所ハウス」を選んだとのこと。いくつかの質問を受けましたが、特に次の質問が印象に残っています。


この学生は、他に訪れた見学先で次のような話を聞いたとのこと。
復興によって、地域が震災前と同じ水準に戻るだけでは、いずれ地域は寂れてしまう。だから、復興では震災前より上を目指す必要がある。その1つの方法として、県外から人を呼ぶことが考えられる。「居場所ハウス」では県外の人とどう関わっているか? これからどう関わっていきたいか? という質問です。

「居場所ハウス」のある大船渡市末崎町の人口は約4,000人。人口のピークである1985年には約6,000人であったことと比べると、3分の2ほどに減少しています。また、高齢化率は40%弱。
今後も人口が減少していくことが予想されているため、質問の通り、地域を存続させるためには、地域の外部とどう関わるかは大きな課題です。

この質問に対して、次のような3つの話をしました。

□「居場所ハウス」がまず対象としているのは末崎町の人々であるため、末崎町との関わりを疎かにして、地域外と関わっていくというのは考えにくい。「居場所ハウス」は地域密着の活動だと言えるが、もしも、(他の地域でも参考になるような)地域密着の活動を継続するための方法があれば、その方法を介して他の地域とつながるきっかけができるかもしれない。
実際、「居場所ハウス」には地域外から視察・見学に訪れる人がいるなど、地域と越えた人の動きを生み出している。

□震災後、ずっと地域外から支援し続けてくれている人がいる。そういう人は少しずつ減っているが、今も定期的に訪問してくださる方もいるので、震災がきっかけで生まれた関係を継続していきたい。
末崎町に限らず、仮設住宅には多くの人が支援に訪れていた。仮設住宅がなくなることは、支援者にとっても訪問先がなくなることを意味するが、末崎町には「居場所ハウス」があることで、以前、仮設住宅に支援にきていた人が継続的に来てくれることもある。「居場所ハウス」には震災をきっかけとして築かれた地域を越えた関係を継続するという役割もある。

□末崎町はこれからますます人口が減少することが予想されるため、量的な側面では震災前よりレベルが下がるというのは質問の通りかもしれない。その一方、「居場所ハウス」ができたことで、身近なところに立ち寄ったり、集まったり、食事をしたり、買い物したりできる場所ができたことで、質の側面から地域における暮らしを良くしていくことはできるのではないか。
実際に、見学に来られた方と話をしている時、3人が表で売っていた野菜を買って帰られました。いずれも、「居場所ハウス」の中には入らず、野菜だけ買って帰った方。地域コミュニティというと皆で集まって何かを一緒にするというイメージで捉えられがちだが、濃密なコミュニティがまだ残っている地方だからこそ、皆で集まって何かを一緒にするだけでなく野菜を買って帰るというような緩やかな関わりも重要ではないか。こうした広がりのある関わりができることも、暮らしの質に関わってくることだと思う。


見学に来られた方に話をした3点は、「居場所ハウス」でもまだ十分ではなく、これから取り組んでいかねばならない課題ですが、特に地方における「まちの居場所」には地域に密着しながら地域の外部と関わっていくための技術が求められているのではないか。この日、話をしてこのようなことを考えていました。