『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

運営を終了する千里ニュータウン「ひがしまち街角広場」を取り巻く状況と都市計画・まちづくりへの教訓

千里ニュータウン新千里東町の「ひがしまち街角広場」は、2001年9月30日のオープン以来、近隣センターの空き店舗を活用して、約19年にわたり住民ボランティアにより運営が継続されてきました。最初の半年間は豊中市の社会実験として補助を受け運営されていましたが、その後は補助を受けない「自主運営」が続けられてきました。

「ひがしまち街角広場」は約19年間の運営を通して、高齢者が日常に立ち寄れる場所として、学校帰りの子どもたちが水を飲みに立ち寄れる場所として、様々な地域活動のグループを生み出す場所として、地域において大きな役割を担ってきました。高齢社会の進展によってこうした居場所(コミュニティ・カフェ)が注目されていますが、「ひがしまち街角広場」はまさにその先駆的な場所だと言うことができます。

運営を終了する「ひがしまち街角広場」を取り巻く状況

約19年に渡る運営を継続してきた「ひがしまち街角広場」ですが、早ければ2021年春頃、遅くとも2022年夏頃には運営を終了することが決まっています。スタッフが高齢化し、新たしいスタッフをどう確保するかは以前から課題とされてきましたが、近隣センターの再開発により運営スペースとして活用してきた空き店舗がなくなることが直接的な要因となり、運営を終了することとなりました。

こうした地域の状況については「おかしいな」と感じてきましたが、文句を言うのは生産的でないため、「ひがしまち街角広場」の運営終了の要因となったスタッフの確保と運営スペースの確保の難しさがどのようにもたらされたかについて、(特定の個人の問題ではないかたちで)改めて整理してみました。以下ではこれを、次の3つに分けて整理しています。

①人工的に開発されたベッドタウン
②急激かつ全面的な再開発(によるジェントリフィケーション)
③地域自治協議会

①人工的に開発されたベッドタウン

新千里東町は1966年から入居が始まった住区です。新千里東町は千里ニュータウンの12住区の中で唯一、全ての住戸が集合住宅から構成されています。
また、新千里東町に限りませんが近隣センターの店舗は、ニュータウン開発に土地を提供した地主への補償という性格があり、店舗は地主に分譲され、各住区の近隣センターは一業種一店舗とされてきました。

スタッフに関して

全ての住戸が集合住宅であるため、同じ属性(年代、ライフスタイルなど)の人が一斉に入居する傾向があります。計画時には(特に賃貸住宅の人々は)年月の経過に伴うライフスタイルの変化により引越すことが想定されていたようですが、そのまま住み続けてきた人が多い。

「ひがしまち街角広場」のスタッフや来訪者の中心は「第一世代」の人々ですが*1)、「第一世代」の人々は長年にわたって子育てや様々な地域活動を共にしてきた。このような暮らしの歴史の共有が、「ひがしまち街角広場」の運営にもつながっていますが*2)、同じ世代の人が一斉に入居する傾向があるため、一斉に高齢化が進むという状況をもたらしました。
新千里東町の高齢化率は当初は小さかったですが、急速に上昇し、2000年時点では全国の高齢化率を、2005年時点では千里ニュータウン12住区の高齢化率を上回っています。

  • 新千里東町、及び、千里ニュータウン12住区の高齢化率は『千里ニュータウンの資料集(人口推移等)』(吹田市・豊中市千里ニュータウン連絡会議, 2017年10月1日)に掲載のデータ
  • 日本の高齢化率は総務省統計局「1.高齢者の人口」に掲載のデータ

運営スペースに関して

空き家を活用して開かれている居場所(コミュニティ・カフェ)は多いですが*3)、全ての住戸が集合住宅である新千里東町には運営に活用できる空き家や空き地がそもそも存在しません。

集合住宅の他には、(千里中央地区を別とすれば)保育園、幼稚園と小中学校の教育施設、各種小売店や地区会館が集まる近隣センター、医療センターしかないため、「ひがしまち街角広場」が近隣センターの空き店舗を活用して運営してきたことは、他に選択肢がないということでもあります。
しかし、近隣センターの店舗は地主への補償という性格を持ち分譲されてしまっているため、たとえ空き店舗として放置されていたとしても住民らが借りることは困難でした*4)。この困難は、「ひがしまち街角広場」初代代表の次の言葉に現れています。

「私たちは場所確保なんて、もう夢のまた夢でしたから、そのまま諦めておりましたら、豊中市が本当にとっても苦労して、その1つの店舗を借りあげてくれました。」(初代代表の発言)

このように豊中市の力添えにより、空き店舗が確保でき、「ひがしまち街角広場」は生まれました。人工的に開発されたベッドタウンであることからもたらされる問題を乗り越えるために果たした豊中市の役割は非常に大きかったと言えます。

(移転前の「ひがしまち街角広場」)

その後、2006年に空き店舗の契約期間が終了。この時は、他の空き店舗の所有者と、(豊中市と介さず)個人的に交渉して運営スペースを確保し、「ひがしまち街角広場」は移転して運営が継続されることになりました。

(移転作業)


  • 1)年齢構成のグラフで最初の山を形成している世代をここでは「第一世代」と呼んでいる。このように年齢構成のグラフに山ができることが、同じ属性の人が多いことの現れである。
  • 2)立川弥生子ほか「「ひがしまち街角広場」を支える人による口述からみた、生きられた千里ニュータウン」・『日本建築学会近畿支部研究報告集』pp49-52,2004年6月
  • 3)戸建住宅の空き家であれば、大家と個人的に交渉することで運営スペースとして活用できる可能性がある。
  • 4)空き店舗のまま放置していても店舗の所有者(土地を提供した地主)は暮らしに困らないという話を聞いたこともある。例えば、多摩ニュータウンでは近隣センターがUR(公団)の所有になっており、UR(公団)から空き店舗を借りて開かれたコミュニティ・カフェがある。

②急激かつ全面的な再開発(によるジェントリフィケーション)

千里ニュータウンは大阪の都心に近く、新幹線(新大阪駅)や飛行機(伊丹空港)の便がよいという立地の良さから、近年、大規模な再開発が進められてきました。
新千里東町では、住民が一斉に高齢化し、運営に活用可能なスペースが限られているという状況があります。こうした状況に、2000年頃から再開発が行われたことで、「ひがしまち街角広場」の運営継続にさらに困難な状況をもたらしました。

スタッフに関して

新千里東町で、最初に再開発された集合住宅は、2003年8月に竣工したジオメゾン新千里東町。それから約17年が経過した現時点では、分譲マンションのメゾン千里、UR新千里東町団地の一部を除いて、全ての集合住宅が再開発されることになりました。さらに、これまで住宅がなかった千里中央地区にも2本のタワーマンションを含め、3つの分譲マンションが建設されました。

(再開発が進む新千里東町)

再開発により2005年時点では6,000人を切っていた人口は、2020年時点では10,000人近くまで急増しています。再開発された住戸は全て集合住宅であり、しかも、再開発が一斉だったため、同じ属性(年代、ライフスタイルなど)の人が一斉に入居することが繰り返されました。
新千里東町と全国の年齢構成のグラフを見ると、新千里東町の方がグラフの山と谷がはっきりしている、つまり、年齢構成の偏りが大きいことがわかります。2015年時点では40~44歳を中心とする「第二世代」の割合が大きくなりました。「第二世代」の多くは、分譲マンションの購入者です。

  • 2015年までの人口は『千里ニュータウンの資料集(人口推移等)』(吹田市・豊中市千里ニュータウン連絡会議, 2017年10月1日)に掲載のデータ
  • 2020年の人口は国勢調査の「小地域集計」「27:大阪府」のデータを集計
  • 国勢調査の「小地域集計」「27:大阪府」のデータを集計
  • 国勢調査の「小地域集計」「27:大阪府」のデータを集計

現在、「ひがしまち街角広場」の運営を担ってきた「第一世代」の人々は後期高齢者になりつつあります。一方、「第二世代」の大半は共働きであり、かつ、ベッドタウンである千里ニュータウン内には仕事場がほとんどないため、「第二世代」は昼間地域にはいない。昼間、新千里東町にいるのは高齢の世代か、育休中の母親くらいだと言われます。
このような状況が、「ひがしまち街角広場」の運営をバトンタッチする相手を見つけるのを困難にしています。

運営スペースに関して

再開発によって建設された住宅も、全て集合住宅であるため、運営に活用できるスペースが限られているという状況に変化はありません。それどころか、桜ヶ丘メゾンシティー、府営豊中新千里東住宅、UR新千里東町団地を除いて、分譲マンションはゲーテッド・コミュニティとして住民以外が自由に出入りできないため、活用できるスペースの選択肢はますます限られたものになったと言えます。

(分譲マンションのゲート)

このように新千里東町では集合住宅の再開発が進められてきましたが、次いで、近隣センターが再開発されることになりました。近隣センターの再開発により空き店舗がなくなってしまうことが、「ひがしまち街角広場」の運営終了につながる直接的な要因です。近隣センターの再開発後に「ひがしまち街角広場」の運営を継続するためには、新しい近隣センターの店舗を借りるか(ただし空き店舗でないため家賃は値上がりする)、新しい地区会館内で運営するか(ただし公共施設内での運営となるため運営に大きな制約が課される)くらいしか選択肢として考えることができませんが、いずれも「ひがしまち街角広場」にとっては大きな困難な状況であることが想像されます。

(再開発が進む近隣センター)

このような急激かつ全面的な再開発により、「ひがしまち街角広場」の運営継続はさらに困難なものになりました。現在、新千里東町が経験しているのは、郊外におけるジェントリフィケーションの1つのかたちだと捉えることができます。

③地域自治協議会

人工的に開発された新千里東町は、近年の急激かつ全面的な再開発により、再び開発されることになった。さらに、新千里東町に導入された地域自治協議会という仕組みが再開発によってもたらされた状況を後押ししたと考えています。

地域自治協議会は「多様化、複雑化する地域の課題は、地域のことをよく知る住民が、地域の特性に応じて主体的に取り組み、行政がその取組みを支援することにより、より良い解決を図ることができ」るという「地域自治の考え方」を背景として、立ち上げられるものです。

「地域自治システムは、これまでの地域団体と市の各部局の分野別の関係に加え、地域と市が協働で地域課題の解決に総合的に取り組むための関係をつくるものです。
地域では、おおむね小学校区を範囲に、住民や地域団体が知恵や力を持ち寄って課題を解決していく寄り合いの仕組みをつくり、地域全体で取り組む必要のある課題や各種団体に共通する課題に対応できるようにします。
他方で、市は、各部局が情報共有、協力・連携して地域の課題に総合的に対応するための体制を整えます。また、地域と行政をつなぐ窓口となる職員を配置。全市一斉一律ではなく、地域の特色を生かした、それぞれの地域ならではの取組みを促進し、地域自治の実現をめざします。」
※豊中市「地域の自治・コミュニティ」のページより。

新千里東町では、豊中市で最初となる2012年4月22日に地域自治協議会が立ち上げられました。
ここに書かれている「地域自治の考え方」に反論の余地はありませんが、新千里東町の状況と組み合わさることで、「ひがしまち街角広場」にとって次のような困難な状況をもたらすことになっています。

スタッフ・運営スペースに関して

豊中市のウェブサイトに「これまでの地域団体と市の各部局の分野別の関係に加え、地域と市が協働で地域課題の解決に総合的に取り組むための関係をつくるもの」、「地域全体で取り組む必要のある課題や各種団体に共通する課題に対応できる」と書かれていることから、地域自治協議会とは地域全体を包摂するものだと理解することができます。
しかし、新千里東町の地域自治協議会は、地域全体を包摂するものではなく、地域自治協議会という新しい組織が地域を代表するものとして上から覆いかぶさってきたという状況を生み出しています。そこから、地域自治協議会の理事会で決定されたことが地域を包摂するのだという逆転が生じてしまっている*5)。
地域自治協議会が設立される前、「分野別」の地域活動を主に担ってきたのは「第一世代」の人々。それに対して、新しく設立された地域自治協議会の中心は「第二世代」の人々。地域自治協議会が地域全体を包摂するのではなく、地域を代表するものとして上から覆いかぶさったことは、「第一世代」と「第二世代」の分断をもたらしている可能性があります。

地域自治協議会が地域を包摂していないことは、例えば、地域情報を包摂することを目的として2000年1月に創刊された地域新聞『ひがしおか』と別に*6)、地域自治協議会独自に『LOVE♡ひがしまち』という地域新聞が2020年春に創刊されたこと、新千里東町のポータルサイトとは別に「新千里東町地域自治協議会」、「LOVE♡ひがしまち:新千里東町地域自治協議会」というウェブサイトが新たに立ち上げられたことに現れています。このように新千里東町には、2種類の地域新聞と地域のポータルサイトが存在することになりました。

地域からは、地域自治協議会ができる前の方がよかったという声も聞きます。もしかするとこれは一方的な意見で、地域自治協議会自体に問題はないかもしれません。しかし、ここで忘れてはならないのは急激かつ全面的な再開発により、「第二世代」が「第一世代」を上回る割合になったという年齢構成の急激な変化。「第一世代」が生み出してきたものを「第二世代」に継承していくことが必要ですが、地域自治協議会は継承ではなく、変化を後押しするかのように振る舞っているように見えることがあります。それが、近隣センターの再開発によって生まれる地区会館内のカフェの計画プロセスにも現れています。

当初、新地区会館内にカフェができることで、「ひがしまち街角広場」を継承する場所になることが期待されていました。例えば、地域自治協議会の2013年度第2回理事会(2013年6月16日)の資料では、近隣センターの再開発後には、「コミュニティセンター」と「新街角広場」の両者をあわせた「東町サロン」を設置することが提案されています。「コミュニティセンター」は「東町交流室(交流ルーム)」に地域各団体の拠点(ブース)を加えた地域活動の中心であり、もう一方の「新街角広場」は次のように説明されています*7)。

「新街角広場
・現在の「街角広場」の機能や運営ノウハウを受け継ぎ、発展させたコミュニティカフェ(できれば、オープンカフェやレストラン、配食サービス機能なども備えた多様な世代の居場所、就業の場)。
・現在の「東町会館」の貸し集会室の機能も持たせる。
・イベントや展示の場、小中学校や高校、大学との交流の場としても活用する。」

この時点では、「現在の「街角広場」の機能や運営ノウハウを受け継ぎ、発展させたコミュニティカフェ」であることが明記されています。新千里東町近隣センターの店舗は2021年5月末で新しい近隣センターに移転したのに対して、空き店舗を活用している「ひがしまち街角広場」だけが例外的に2022年夏頃までの運営が認められているのは、2022年夏頃に完成する新地区会館内の「東町サロン」に休止期間なく移行することが考えられた。「ひがしまち街角広場」を継承する場所が新地区会館内に開かれることが共有されていたことは、「ひがしまち街角広場」のこの運営終了時期にも現れています。

しかし、新地区会館内のカフェの計画プロセスが進むにつれ、少しずつ方向性が変わっていきました。
新地区会館内のカフェの計画は地域自治協議会によって進められています。地域自治協議会によりカフェプロジェクトのメンバーが募集されましたが、メンバー募集のチラシにはQRコードとEメールの電子的な方法でしか応募方法が記載されていませんでした*8)。この募集方法では、高齢で電子的な方法に不慣れな「第一世代」を排除することになってしまいます。
実際、カフェプロジェクトのメンバーになった「第一世代」は1人だけで*9)、残りは「第二世代」が中心。こうしたメンバーにより議論されてきたのは、公開されている情報から読み取れる範囲ではテイクアウト用の小窓、出入口で人が滞留しないレイアウト、立ち飲みブースなど、レイアウトや外装のことのみで*10)、「ひがしまち街角広場」がこれまでどのような役割を担ってきたのか、これからの地域にどのような場所が必要なのか、それを実現するためにどのようなレイアウトや外装にすればいいかという議論の仕方にはなっておらず、新しい(お洒落な)カフェを実現するためのレイアウトや外装として議論されているだけのように見えます。
例えば、集会室とつながりをもった場所とするため集会室の一画にカフェ・コーナーをもうけるという可能性もありますが、カフェと集会室の間には廊下が設けられることになりそうです。新しく転入した「第二世代」の人々が、「ひがしまち街角広場」や地域のことを知っているわけでないため、このようなかたちで議論が進められるのはやむを得ないのかもしれません*11)。

このように地域自治協議会のあり方は、「第一世代」が生み出してきたものを「第二世代」に継承するのではなく、「第一世代」とは別の地域を「第二世代」によって作ろうとする方向に動いているように映ります。
地域を包摂する課題として、「ひがしまち街角広場」をどう継承するかを議論すること自体が困難な状況であり、その運営を「第一世代」から「第二世代」に継承することも難しい。そして、新地区会館内のカフェも「ひがしまち街角広場」を受け継いだものにはならない。残念ですが、「ひがしまち街角広場」はこのようなかたちで運営を終了することになります。


  • 5)地域自治協議会が設立されるまで、地域と行政との間には多様な「分野別の関係」が築かれていた。それが、「地域と行政をつなぐ窓口となる職員を配置」することで、地域と行政の関わりが地域自治協議会と「窓口となる職員」に一本化されたことも、地域自治協議会が地域の代表だという誤認を与えるきっかけになっていると考えられる。豊中市にとっては、地域自治協議会の理事会での決定事項が、地域の総意と認識するという立場を取ることが可能になった。
  • 6)『ひがしおか』は、「歩いて暮らせる街づくり事業」がきっかけとなり創刊された地域新聞。それまではバラバラに年2回の広報紙を発行してきた東丘公民分館、東丘校区社会福祉協議会、豊中地域防犯協会東丘支部に、東町自治会連絡協議会が参加し、地域の総合的な情報を伝える年6回の地域新聞として現在も発行され続けている。創刊号の「編集後記」に次のように書かれていることからは、『ひがしおか』が地域全体を包摂することが目指されていたことが伺える。「地域の全て?がこれだけで分かるように、そして読んでいただけるものをと、欲張って編集しました。慣れないもの作りには大変苦労しましたが、出来栄えやいかに。皆様のご意見を遠慮なくお聞きしたい、よろしくお願いいたします。」
  • 7)2013年度第2回理事会の資料「『東町サロン』新街角広場+コミュニティセンターの提案」より。「LOVE♡ひがしまち:新千里東町地域自治協議会」の「過去の理事会・総会資料」のページで閲覧可能。
  • 8)新しく創刊された地域新聞『LOVE♡ひがしまち』の編集委員を募集するポスターも同様の方法で編集メンバーが募集されていた。
  • 9)カフェプロジェクトに参加している「第一世代」は、「ひがしまち街角広場」のスタッフの中で最も若い人である。ただし議論は多数決で決まるため、1人では「第一世代」の意見を反映させるのは難しいということである。
  • 10)カフェプロジェクト「4回打ち合わせ議事録」(2020年6月5日)より。なお、「第1回カフェプロジェクトチームミーティング覚書」(2020年1月30日)には「運営団体の決定を待っていては、排水溝、開口部などの設計が間に合わないため、カフェ内のレイアウト、外装などに関してはプロジェクトチーム内で決めるとの委員会の合意、理事会承認に則り」と記載されていることから、カフェプロジェクトの主な目的はレイアウトと外装を決定することであることが伺える。いずれの資料も「LOVE♡ひがしまち:新千里東町地域自治協議会」の「過去の理事会・総会資料」のページで閲覧可能。
  • 11)カフェプロジェクトに応募できるのは新千里東町の住民のみであり、例えば、外部の専門家はメンバーになることはできない。地域の中心となる担い手はもちろん住民だが、カフェプロジェクトに限らず、地域自治協議会によって住民でない者が地域に関わるのが難しくなっている。住民自治が強調される余り、外部からのサポートが得にくくなったことは地域自治協議会がもたらした弊害である。このことの問題点は、芦田英機も『豊中まちづくり物語』(啓天まちづくり研究会, 2016年)で指摘している。

都市計画・まちづくりへの教訓

運営を終了する「ひがしまち街角広場」を取り巻く状況として、①人工的に開発されたベッドタウン、②急激かつ全面的な再開発(によるジェントリフィケーション)、③地域自治協議会の3つの点を見てきました。
「ひがしまち街角広場」が運営する要因は、スタッフの高齢化、近隣センターの再開発により運営スペースがなくなることですが、これをより広く新千里東町が抱える問題として捉えれば、住民の属性(年代、ライフスタイルなど)の偏り、地域で「何かしたい」を思う人が仕事や活動するスペースが見つけるのが困難ということになります。

「もし時計の針を巻き戻すことが可能なら」と考えてしまいます。これは不可能でですが、ひがしまち街角広場」を取り巻く状況が少しでも良いものになるように、あるいは、広く都市計画やまちづくりへの知見として考える作業も無駄ではないと思います。

①人工的に開発されたベッドタウンについては、多量の住宅が必要とされた当時の状況は無視できず、ニュータウン開発自体を否定することも意味があるとは思えません。
しかし、住民の属性(年代、ライフスタイルなど)の偏り、地域で「何かしたい」を思う人が仕事や活動するスペースが見つけるのが困難という状況をもたらさないために「もし時計の針を巻き戻すことが可能なら」、全ての住戸を集合住宅にすることは改めた方がよいかもしれません。また、ニュータウンにとって貴重なパブリックな場所である近隣センターの店舗は分譲すべきでなかったかもしれません。

②急激かつ全面的な再開発(によるジェントリフィケーション)については、再開発は、開発によりもたらされた問題を解消するために行われるものだと思いますが、新千里東町の再開発は住民の属性(年代、ライフスタイルなど)の偏り、地域で「何かしたい」を思う人が仕事や活動するスペースが見つけるのが困難という状況の解決につながることはありませんでした。
例えば、一斉に再開発するのではなく時間をずらして再開発したり、建替えだけでなくリノベーションを取り入れたり、仕事場を確保してベッドタウンというコンセプトを卒業するなどの可能性があったのではないかと思います。
実は、2007年に策定された「千里ニュータウン再生指針」には「住環境をまもり・つくるルール」、「柔軟な利用が可能なスペースの確保」、「ライフスタイルに応じて住み替えられる仕組み」、「多様な世帯のニーズに対応した住宅供給」、「生活文化の継承と発展」など、住民の属性(年代、ライフスタイルなど)の偏り、地域で「何かしたい」を思う人が仕事や活動するスペースが見つけるのが困難という状況を解消するためのキーワードを見ることができます。しかし、今から振り返れば「千里ニュータウン再生指針」は強制力のないるお題目であり、ディベロッパー主導の再開発が進められてしまったということになります。

③地域自治協議会については、住民による地域自治という考え方自体は間違っていませんが、新千里東町においては、住民の属性(年代、ライフスタイルなど)の偏り、地域で「何かしたい」を思う人が仕事や活動するスペースが見つけるのが困難という状況を解消することにはつながっていない。
これに対しては、基本に戻り、地域自治協議会が地域を包摂するものになることしかありません。地域自治協議会が代表として上から覆いかぶさることで「第一世代」と「第二世代」との分断を招いているとすれば、代表ではなく黒子に徹することが必要かもしれません。行政は、地域との窓口を地域自治協議会に一本化するのではなく(これが地域自治協議会を地域の代表であるかのように誤認させている)、行政が市役所を出て地域に入っていくことも重要。さらに、地域自治協議会によって住民以外の専門家などが関わることが難しいという状況に対して、地域を冷静的に見つめ、第三者の立場として「第一世代」と「第二世代」の関係を媒介し、専門的な助言を行う専門家集団を「地域が雇用する」ことも重要です*12)。

最後に、行政の役割について。ベッドタウンとして開発されたがゆえに、住民の属性(年代、ライフスタイルなど)の偏り、地域で「何かしたい」を思う人が仕事や活動するスペースが見つけるのが困難という状況が生じたものの、これは個々の住民の努力では容易に解消できないとすれば、これを解消するのが本来の行政の役割なのかもしれません。
この点で、「ひがしまち街角広場」が2001年9月30日にオープンするにあたって、近隣センターの持ち主(千里ニュータウン開発に土地を提供した地主)と交渉して運営スペースを確保したという行政の動きは、本来の行政の動きとして非常に重要だったと考えています。同時に、その後は新千里東町に対して、こうした行政の動きがないことは残念なことです。


  • 12)アメリカの計画住宅地であるメリーランド州のグリーンベルトはグリーンベルト・ホームズ(GHI=Greenbelt Homes Inc.)という共同組合によって住宅・住宅地が管理されている。注目すべきは、1,600戸の住宅を管理するグリーンベルト・ホームズ(GHI)に41人もの専属のスタッフ(専門家)が雇用されていること。1,600戸に41人の専属のスタッフという割合を4,630世帯(2020年4月の住民基本台帳より)の新千里東町に当てはめれば、新千里東町に約119人もの専属のスタッフがいることになる。住民自治を考える上では、地域が自分たちの地域のことだけを考えてくれる専属のスタッフ(専門家)を雇用するという視点も重要である。

(更新:2022年3月2日)