『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

ニュータウンのヘリテージ・トレイル@シンガポールのトア・パヨとアン・モ・キオ

千里ニュータウンは2000年代以降、急速に再開発が進められています。3つの地区センターのうち千里中央、南千里の景色は大きく変化し、北千里も大規模な再開発が発表されました*1)。集合住宅は、府公社住宅(A棟)、府営住宅(B棟)を中心として建て替えが進められ、公団団地/UR団地(C棟)の建て替えも始まっています。

千里グッズの会」に参加したのをきっかけに、急速に変化する街をどのように記録できるのか、人工的に作られたニュータウンの歴史をどう継承するのかを考えるようになりました。こうした問題意識から、各国のニュータウンを訪れ、街の歴史を継承するためのコミュニティ・ミュージアムが開かれたり、街の歴史を継承するための活動が行われているのを知りました*2)。ただし、欧米のニュータウンや計画住宅地(Planned Community)では建物の大規模な建て替えが行われていないことから、街の風景は大きく変わっておらず、千里ニュータウンとは状況が異なることを感じました。
こうした時、シンガポールは現在、開発・再開発によって街の風景が大きく変わっていること、歴史を継承するための様々な試みが行われていることを知り、シンガポールから学べることは多いのではないかと考えるようになりました。ここでご紹介するのは、シンガポールのニュータウンにおけるヘリテージ・トレイルの取り組みです。

シンガポールのヘリテージ・トレイル

シンガポールでは、1993年、国家遺産庁(National Heritage Board:NHB)が設立されました。ヘリテージ・トレイル(Heritage Trails)は、国家遺産庁(NHB)による取り組みで、街やエリアの中の歴史的な建物や場所をヘリテージ(遺産)に指定し、その建物や場所を巡るおすすめコースを紹介するというもの。ヘリテージとして指定した建物や場所を紹介する冊子(ブックレット)とマップを発行し、ヘリテージとして指定した建物や場所には掲示板が設置されます。冊子(ブックレット)やマップはウェブサイトでも公開されています。

(ヘリテージ・トレイルの掲示板)

2024年8月時点で23のヘリテージ・トレイルがもうけられています*3)。

ヘリテージ・トレイル

  • Changi Heritage Trail
  • Toa Payoh Heritage Trail●
  • Hougang Heritage Trail●
  • Pasir Ris Heritage Trail●
  • Orchard Heritage Trail
  • Tampines Heritage Trail●
  • Little India Heritage Trail
  • Bedok Trail●
  • Jubilee Walk
  • Jurong Heritage Trail●
  • Queenstown Heritage Trail●
  • Tiong Bahru Heritage Trail
  • Bukit Timah Heritage Trail●
  • Baluster Heritage Trail
  • Singapore River Walk
  • Ang Mo Kio Heritage Trail●
  • Jalan Besar Heritage Trail
  • Kampong Glam Heritage Trail
  • World War 2 Heritage Trail
  • Yishun-Sembawang Heritage Trail●
  • Sembawang Heritage Trail●
  • Sentosa Heritage Trail
  • Woodlands Heritage Trail●

※国家遺産庁(NHB)の「Heritage Trails」のページより。このページに掲載されている順番に記載している。
※●は、HDB(住宅開発庁)が開発する街の名前が付けられたヘリテージ・トレイルを表す。なお、Jurongという街はないが、Jurong East、Jurong Westという街がある

シンガポールでは国民の約8割HDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。ヘリテージ・トレイルが興味深いのは、23のうち約半数の12が、HDBが開発するニュータウンの名称が付けられていること。つまり、ニュータウンの歴史にも焦点があてられていることです。

ここでは、HDBが開発したトア・パヨ(Toa Payoh)、アン・モ・キオ(Ang Mo Kio)の2つのニュータウンのヘリテージ・トレイルをご紹介します。

トア・パヨ

トア・パヨは、HDBの本部(HDB Hub)のあるニュータウンで、HDBの最初のプロジェクトが完成したのは1966年と、早い時期からHDBによる開発が進められてきました。HDBが1992~2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」に分類。2015年に第3期のリメイキング・アワ・ハートランド(Remaiking Our Heartland 3:ROH3)に指定され、現在、リニューアルが進められています。

トア・パヨ・ヘリテージ・トレイル

国家遺産庁(NHB)のページでは、トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルが次のように紹介されています。

「1960年代に住宅開発庁(HDB)の先駆的な街として知られるようになったトア・パヨは、元々は湿地帯とプランテーション(農園)でした。この土地に人々が入植し、集落(kampongs)、様々な家内工業(cottage industries)、寺院、施設を建設しました。このコースでは、モデル的なHDBの街にある、豊かなヘリテージとコミュニティの関心を象徴するランドマークを巡ります。」
※国家遺産庁(NHB)の「Heritage Trails」のページに記載内容の翻訳。

トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルでは、19の場所がヘリテージに指定されています*4)。

  • ①Block 53, The “VIP Block”(住宅:HDB)
  • ②Block 116(住宅:HDB)
  • ③The Peak @ Toa Payoh(住宅:HDB)
  • ④Block 157(住宅:HDB)
  • ⑤Toa Payoh Town Park(公園)
  • ⑥Central Horizon(住宅:HDB)
  • ⑦Former 1973 SEAP Games Village(各種施設・住宅:HDB)
  • ⑧Toa Payoh Dragon Playground(公園)
  • ⑨Lian Shan Shuang Lin Monastery(宗教に関わる場所)
  • ⑩Sri Vairavimada Kaliamman Temple(宗教に関わる場所)
  • ⑪United Five Temples of Toa Payoh(宗教に関わる場所)
  • ⑫Toa Payoh Seu Teck Sean Tong(宗教に関わる場所)
  • ⑬Masjid Muhajirin(宗教に関わる場所)
  • ⑭Church of the Risen Christ(宗教に関わる場所)
  • ⑮Toa Payoh Methodist Church(宗教に関わる場所)
  • ⑯Tree Shrine at Block 177(宗教に関わる場所)
  • ⑰Toa Payoh Sports Complex(各種施設)
  • ⑱Chung Hwa Medical Institution(各種施設)
  • ⑲Singapore Federation of Chinese Clan Associations(各種施設)

※順番は、国家遺産庁(NHB)の「Toa Payoh Heritage Trail」のページに記載されている順番。( )内は補足した情報。

トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルでは、これら19か所を巡るコースとして、公営住宅・共用スペース(Public Housing & Shared Spaces)、信仰(Faiths & Beliefs)、コミュニティ施設・共用スペース(Community Institutions & Common Spaces)の3つのおすすめコースが紹介されています。
19のヘリテージのうち、6か所がHDBが建設した住棟で、8か所が宗教に関わる場所というように、ヘリテージに指定されている場所の大半が、HDBの住棟か宗教に関わる場所であることがわかります。

トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルに指定されているいくつかの場所をご紹介します。

■HDBの住宅
トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルでは、いくつかの特徴的な形態の住棟がヘリテージに指定されています。
①HDBの53号棟は高層のスターハウスで、周囲を一望できる住棟。国内外の要人が視察のために訪れたことから「VIP住棟」(VIP Block)と呼ばれています。千里ニュータウンのUR千里竹見台団地の高層のスターハウスと似た形態という意味でも興味深い住棟です。②HDB116号棟(Block 116)はコウモリのような「く」の字を2つ繋げた形態、④HDB157号棟(Block 157)は大通りの交差点に面した孤の字の形態になっています。

(HDB53号棟・VIP住棟)

(HDB116号棟)

(HDB157号棟)

⑥セントラル・ホライゾン(Central Horizon)は、トア・パヨの中心に近い位置に、2003年に完成した高層の5棟からなるHDBの団地。各棟の頭頂部には金色の冠のデザインが採用されています。③ザ・ピーク@トア・パヨ(The Peak @ Toa Payoh)は、2012年に完成したHDBの団地。このように、トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルでは、近年のHDBの重要なプロジェクトもヘリテージとして指定されていることがわかります。

(セントラル・ホライゾン)

(ザ・ピーク@トア・パヨ)

⑦旧1973年東南アジア半島競技大会選手村(Former 1973 SEAP Games Village)は、1973年に開催された第7回東南アジア半島(Southeast Asian Peninsular:SEAP)競技大会の選手村の跡地。この競技大会は、シンガポールで初めて開催された主要な国際スポーツイベントであり、シンガポールにとって重要なイベント。大会の事務区の建物は、トア・パヨ公立図書館として利用。4棟の正方形の平面をもつポイント型住棟であるHDB175・179・191・193号棟選手の宿舎として利用され、競技大会終了後に住宅として利用。公営住宅への転用を考慮して競技大会の宿舎を建設したという点で、大阪万博の外国人従業員の宿舎として建設された千里ニュータウンのUR千里竹見台団地、UR新千里東町団地と共通しており興味深いです。

(トア・パヨ公立図書館)

(HDB179号)

(HDB191・193号)

⑧トア・パヨ・ドラゴン公園(Toa Payoh Dragon Playground)は、1979年にHDBによって設計・建設された公園。名前の通り、大きなドラゴンの形をした滑り台が設置されています。ドラゴンの形をした同じ滑り台は、シンガポールにいくつか存在します。

(トア・パヨ・ドラゴン公園)

■宗教に関わる場所
シンガポールは多宗教国家であり、トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルでは仏教、キリスト教、イスラム教、道教、ヒンドゥー教と多様な宗教にまつわる場所がヘリテージに指定されています。

(Sri Vairavimada Kaliamman Temple)

(United Five Temples of Toa Payoh)

(Toa Payoh Methodist Church)

(Tree Shrine at Block 177()

■各種施設
トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルでは、⑰トア・パヨ・スポーツ・コンプレックス(Toa Payoh Sports Complex)、SCPA(Singapore Chinese Physicians’ Association:シンガポール中医師協会)によって設立された⑱Chung Hwa Medical Institution、SFCCA(Singapore Federation of Chinese Clan Associations:シンガポール華人氏族会連合会)の建物が、ヘリテージに指定されています。

(Chung Hwa Medical Institution)

(Singapore Federation of Chinese Clan Associations)

アン・モ・キオ

HDBの最初のプロジェクトが完成したのは1975年と、アン・モ・キオも早い時期からHDBによる開発が進められてきたニュータウンで、HDBが1992~2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」に分類されていました。2023年に第4期のリメイキング・アワ・ハートランド(Remaiking Our Heartland 4:ROH4)に指定され、現在、リニューアルが進められています。さらに、MRTの新たな路線(Cross Island Line)の開業に向けた大規模な工事も進められてます。

(アン・モ・キオ)

アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイル

国家遺産庁(NHB)のページでは、アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルが次のように紹介されています。

シンガポールの国民が「ハートランド」(heartland)*5)と聞いて思い浮かべるのがアン・モ・キオです。1970年代に計画・開発されたアン・モ・キオは、成熟した近隣(mature neighborhoods)、ホーカー・センターの美味しい食べ物(good hawker food)、近隣の強い関係、街の初期の頃から営業している小規模なビジネスなど、典型的な住宅開発庁(HDB)のハートランドす。」
※国家遺産庁(NHB)の「Heritage Trails」のページに記載内容の翻訳。

アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでは、19の場所がヘリテージに指定されています*6)。

  • ①Ang Mo Kio Town Centre(各種施設)
  • ②Masjid Al-Muttaqin(宗教に関わる場所)
  • ③Ang Mo Kio Town Garden West(公園)
  • ④Kebun Baru Birdsinging Club(公園)
  • ⑤Block 259, the “Clover Block”(住宅:HDB)
  • ⑥Bishan-Ang Mo Kio Park(公園)
  • ⑦Ang Mo Kio Town Council(各種施設)
  • ⑧Dragon Playground(公園)
  • ⑨Chu Sheng Temple(宗教に関わる場所)
  • ⑩Swee Kow Kuan(宗教に関わる場所)
  • ⑪Former Cheng San(公園)
  • ⑫Ang Mo Kio Joint Temple(宗教に関わる場所)
  • ⑬Church of Christ the King(宗教に関わる場所)
  • ⑭Lower Peirce Reservoir(公園)
  • ⑮Sembawang Hills Estate(低層住宅地)
  • ⑯Teachers’ Housing Estate(低層住宅地)
  • ⑰Liuxun Sanhemiao(宗教に関わる場所)
  • ⑱Seletar Hills Estate(低層住宅地)
  • ⑲Serangoon Garden(低層住宅地)

※順番は、国家遺産庁(NHB)の「Ang Mo Kio Heritage Trail」のページに記載されている順番。( )内は補足した情報。

アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでは、これら19か所を巡るコースとして、象徴的なランドマーク(Iconic Landmarks)、ハートランドの秘宝(Hidden Heartland Gems)、周辺の景観(Scenic Fringes)の3つのおすすめコースが紹介されています。
19のヘリテージのうち、宗教に関わる場所が6か所、公園が6か所、低層住宅地が4か所というように、トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルに比べると公園が多く、トア・パヨ・ヘリテージ・トレイルになかった低層住宅地が含まれているのが特徴です。

アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルに指定されているいくつかの場所をご紹介します。

■HDBの住宅
アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでは、⑤クローバー住棟(Clover Block)と呼ばれているHDB259号棟が、唯一、HDBの住棟としてヘリテージに指定されています。名前の通り、クローバーの形をした特徴的な平面の住棟です。

(HDB259号棟・クローバー住棟)

⑧ドラゴン公園(Dragon Playground)は、トア・パヨと同じく、1979年にHDBによって設計・建設された公園で、ドラゴンの形をした滑り台が、HDBの住棟のすぐ側に設置されています。

(ドラゴン公園)

■低層住宅地
アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでは、4か所の低層住宅地がヘリテージに指定されています。

(Sembawang Hills Estate)

(Teachers’ Housing Estate)

(Seletar Hills Estate)

■宗教に関わる場所
アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでも、多様な宗教にまつわる場所がヘリテージに指定されています。

(Masjid Al-Muttaqin)

(左がChu Sheng Temple、右がSwee Kow Kuan)

(Church of Christ the King)

■公園
アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでは、いくつかの公園がヘリテージに指定されています。
②アン・モ・キオ・ガーデン・ウエスト(Ang Mo Kio Town Garden West)は、1983年に完成した公園で、当時のHDBによる最大のタウン・ガーデン・プロジェクト(town garden project)。自然の地形や植生をいかしたデザインとなっており、日本の大林組が設計を行っています。
アン・モ・キオ・ガーデン・イーストは、福建語(Hokkien)で緑の丘を意味するチェン・サン(Cheng San)と呼ばれるエリアの一部でした。チェン・サン(Cheng San)は、ゴム農園に住宅が点在するエリア。アン・モ・キオ・ガーデン・イーストは、チェン・サンの地形や植生をいかした公園として設計されており、⑪チェン・サン跡(Former Cheng San)の掲示板が立てられています。
アン・モ・キオ・ガーデン・ウエスト、アン・モ・キオ・ガーデン・イーストは、開発前の地形や植生を公園のデザインに取り込んだ公園という意味で、千里ニュータウンの千里東町公園と共通して興味深いです。

(アン・モ・キオ・ガーデン・ウエスト)

(アン・モ・キオ・ガーデン・イースト)

アン・モ・キオ・ガーデン・ウエストの西側の麓には、④ケブン・バル・バードシンギング・クラブ(Kebun Baru Birdsinging Club)があります。公園内には1,000以上の鳥籠を吊るすことができるポールが設置され、鳥の愛好家が集まる場所になっているということです。

⑥ビシャン−アン・モ・キオ公園(Bishan-Ang Mo Kio Park)は、アン・モ・キオと、南に位置するHDBの街、ビシャン(Bishan)の間を流れるカラン川(Kallang River)沿いにもうけられた東西に細長い公園で、周辺の森林を取り込んだ設計になっています。

(ケブン・バル・バードシンギング・クラブ)

(ビシャン−アン・モ・キオ公園)

■各種施設
アン・モ・キオ・ヘリテージ・トレイルでは、①アン・モ・キオ・タウン・センター(Ang Mo Kio Town Centre)と、⑦アン・モ・キオ・タウン・カウンシル(Ang Mo Kio Town Council)の建物がヘリテージに指定されています。①アン・モ・キオ・タウン・センターにある正方形の平面をもつ高層のポイント型住棟、HDB710号棟は、周囲を一望できる住棟。海外からの要人が視察のために訪れた場所で、「VIP住棟」(VIP Block)と呼ばれていたということです。

(アン・モ・キオ・タウン・センター)

(HDB710号棟・VIP住棟)

(アン・モ・キオ・タウン・カウンシル)

ヘリテージ・トレイについて

日本では、開発から年月が経過したニュータウンが、建物の老朽化や高齢化の進展に注目して「オールドタウン」と呼ばれることがあります。このような言葉が使われるということは、ニュータウンは時間が経過すると単に古くなるだけで、時間の経過が価値ある歴史になっているとは見なされていない、つまり、ニュータウンの歴史に注目されていない、ということではないかと感じることがあります。
今回、シンガポールのHDBが開発したニュータウであるトア・パヨとアン・モ・キオのヘリテージ・トレイルを歩いて、次のようなことを感じました。

1つ目は住宅や住宅地が歴史と見なされていること。HDBの特徴的な形態の住棟、HDBの重要な団地などがヘリテージに指定されていました。
このことは、千里ニュータウンで特徴的な住宅や団地が建て替えられたり、建て替えが進められているとは対照的な印象を受けます。千里ニュータウンでは、囲み型配置を採用した府営千里佐竹台住宅府営新千里東住宅、ラドバーン方式を採用した府営新千里南住宅、高層のスターハウスのあるUR千里竹見台団地、緩やかな囲み型配置で大阪万博の時には外国人従業員の宿舎にもなったUR新千里東町団地、メゾネットの形式のテラスハウスである佐竹台ハイツなどが既に建て替えられたり、建て替えが進められたりしています。
もちろん、シンガポールでも再開発によって失われた住棟や住宅地があるかもしれませんが、少なくともヘリテージ・トレイルという取り組みがされています。千里ニュータウンでも、今からでも残された特徴的な住宅や団地をヘリテージとして指定し、継承するような取り組みができないだろうかと思わざるを得ません。

2つ目は、公園が歴史を継承する場所と見なされていること。自然の地形や植生をいかしてデザインされたアン・モ・キオ・ガーデン・ウエスト、アン・モ・キオ・ガーデン・イーストがヘリテージに指定されていることは、これらの公園自体がニュータウン開発前の歴史を継承する場所として位置づけられているということです。
千里ニュータウンでも、先に紹介した千里東町公園をはじめ、自然の地形や植生を取り込んでデザインされた公園があります。また、千里ニュータウン開発前の農業用の溜池が、公園の池になっているところもあります。公園自体が、自然の地形や植生という観点から歴史を継承するという意味で重要な場所だということを、ヘリテージ・トレイルを歩いて改めて感じさせられました。
また、ドラゴンの形をした滑り台のある公園がヘリテージに指定されていることも興味深いと感じました。滑り台という点では、千里ニュータウンにも高低差をいかした滑り台があります。高低差をいかした滑り台は、千里ニュータウンが千里丘陵に開発されたことを伝えるものとも言え、このような滑り台をヘリテージに指定する可能性はないだろうかと思いました。

3つ目は宗教的な場所のこと。大阪府によって開発された千里ニュータウンでは、宗教にまつわる場所は計画されませんでした*7)。一方、トア・パヨ、アン・モ・キオのヘリテージ・トレイルでは、仏教、キリスト教、イスラム教、道教、ヒンドゥー教と多様な宗教にまつわる場所がヘリテージに指定されています。宗教にまつわる場所が、HDBの住棟に囲まれるように佇んでいる光景は、千里ニュータウンでは見かけない光景。
今回、ヘリテージ・トレイルを歩いて、宗教にまつわる場所は短い時間のスパンでは変化しないという意味で歴史を継承する場所でもあるのだと気づかされました。千里ニュータウンの風景が再開発によって一変したと感じるのは、千里ニュータウンに宗教的な場所がないからかもしれないとも思いました。


■注