『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

Ibashoプロジェクトから考える多世代の関係

多世代の関係を考える時、次のように上の世代から下の世代に技術や知識などを教えるという図式が想定されることが多いように思います。特に下の世代として若者や子どもを想定する場合はこの図式がまず思い浮かぶため、「教育モデル」と言ってよいかもしれません。

  • [上の世代]--(教える)-→[下の世代]

それでは上の世代として高齢者を想定する場合はどうなるのか。この場合は次のように下の世代が上の世代である高齢者のお世話をする図式が想定されるように思います。この意味で、「介護モデル」と言うことができます。

  • [上の世代](高齢者)←-(お世話する)--[下の世代]

ワシントンDCの非営利法人・Ibashoは、東日本大震災の被災地において「居場所ハウス」の立ち上げを提案。その後、フィリピン・オルモック市のバゴング・ブハイ(Barangay Bagong Buhay)でIbashoフィリピンを、ネパールのマタティルタ村(Matatirtha)でIbashoマタティルタのプロジェクトを進めてきました。
歳をとることについての社会的な概念を変えることを目的とするIbashoは8理念を掲げていますが、特に多世代の関係に関わることとして「高齢者が知恵と経験を活かすこと」(Elder Wisdom)、「あらゆる世代がつながりながら学び合うこと」(Multi-generational)という理念があります。これは、上にあげた2つの図式(教育モデル・介護モデル)を転換しようとするものだと捉えることができます。

固定的ではない関係

高齢になっても教え/教わる存在として

Ibashoが実現しようとするのは、高齢になっても下の世代に対して技術や知識などを教える関係であり、高齢になっても下の世代から新たなことを教わる関係です。こうした関係は高齢の世代の人々を、お世話をされる側の存在から、何かを教える側に立つ存在として、そして、何歳になっても新たなことを学べる存在として解放するもの。

  • [上の世代](高齢者)--(教える)-→[下の世代]
  • [上の世代](高齢者)←-(教える)--[下の世代]

例えば、「居場所ハウス」では高齢の世代の人々が子どもたちに雛人形の並べ方を教えたり、竹トンボ作りを教えたりすることがあります。元教員・保育士が中心となって「わらしっ子見守り広場」を結成し「居場所っこクラブ」という催しを企画・開催することもあります。さらに80代の女性が、60代の人々に伝統的な「かぼちゃけ」(かぼちゃのお粥)を作って振る舞ったこともあります。
Ibashoフィリピンでも、メンバーの中心である高齢の世代の人々が、子どもたちを農園に招待し、収穫した野菜を使った料理を振る舞ったことがあります。

一方、「居場所ハウス」では高齢の世代の人々が高校生から踊りを教わったり、地域で働いている中国の技能実習生の方から本場の餃子作りを学んだりするなど、高齢の世代が新たなことを学ぶ側に立つこともあります。

世代を越えて共に学ぶ存在として

さらにIbashoプロジェクトでは、高齢の世代が他の世代の人々と教え合ったり、共に学びあったりする関係も実現されています。これらは教える/教わるという一方通行の関係に揺らぎを与えるものだと言えます。

  • [上の世代](高齢者)←-(教え合う)-→[下の世代]
  • [上の世代](高齢者)・[下の世代]--(共に学ぶ)-→

「居場所ハウス」では高齢の世代の人々が、子どもと一緒に郷土食作りを学ぶ光景が見られたこともあります。Ibashoフィリピンで開いた拠点となる建物を考えるワークショップでは高齢の世代の人々と子どもが参加。Ibashoマタティルタでは高齢の世代の人々が若い世代の人々と一緒にイヤリング作りをしたり、小屋(Hut)作りをしたりしてきました。

場所に居合わせるという関係

Ibashoプロジェクトが実現している多様な多世代の関係を見てきましたが、Ibashoプロジェクトで見られる多世代の関係はこれだけではありません。これは、Ibashoプロジェクトが具体的な場所に注目していることに関わってきます。「居場所ハウス」、Ibashoフィリピンには拠点となる建物があります。また、Ibashoフィリピン、Ibashoマタティルタではフィーディング・センター(Feeding Center)やチャウタリ(Chautari)を改修したりと、地域の環境を自分たちで改善するという活動を行ってきました。特にIbsahoマタティルタでは「Ibasho as a Village」(Ibashoの8理念が実現される村)をコンセプトとして活動しています。

具体的な場所に注目するIbashoプロジェクトで実現されているのが、高齢の世代の人々が他の世代の人々と「居合わせる」という関係*1)。

  • [上の世代]--(居合わせる)--[下の世代]

これは写真のような「居場所ハウス」の光景に現れています。世代を越えた人々の姿が見えますが、世代を越えた人々同士が会話を交わしたり、同じ活動に参加したりなど直接的に関わっているわけではありません。けれども、同じ場所に「居合わせる」ことで、お互いのことは認識しており、結果として世代を越えた緩やかな見守りが実現されています。

さらに、世代を越えた緩やかな見守りは、同じ場所に「居合わせる」ことなしにも生まれる場合があります。「居場所ハウス」ではいつも来ている人がしばらく姿を見せないと心配して電話をかけたり、家まで様子を見に行ったりすることがありました。これも、「居場所ハウス」という具体的な場所があり、具体的な場所への関わりの履歴があるからこそ生まれるものだと言えます。

  • [上の世代](高齢者)←・・・(気遣い合う)・・・・・・[下の世代]

このようにIbashoプロジェクトにおける多世代の関係とは、広がりを持ったものになっています。


  • *1)建築学者の鈴木毅氏は「「ただ居る」「団欒」などの、何をしていると明確に言いにくい行為」を含めた、「人間がある場所に居る様子や人の居る風景を扱う枠組み」として「居方」(いかた)という概念を提唱している。「居合わせる」は「居方」の類型の1つで、「別に直接会話をするわけではないが、場所と時間を共有し、お互いどの様な人が居るかを認識しあっている状況」である(鈴木毅(2004)「体験される環境の質の豊かさを扱う方法論」・舟橋國男編『建築計画読本』大阪大学出版会)。