『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

計画住宅地における歴史についてのメモ(場所を考える-71)

2026年6月12日、横浜国立大学の建築計画特別講義で、「近代の生きた継承:計画住宅地における歴史」というテーマで、次のような話題提供をさせていただきました。

近代の生きた継承:計画住宅地における歴史

千里ニュータウンでの経験

ニュータウンをはじめとする計画住宅地は歴史がない街だと見なされることがあります。しかし、千里ニュータウンとの関わりを通して、計画住宅地の歴史を意識するようになりました。
きっかけは、千里グッズの会(現在の千里ニュータウン研究・情報センター)での絵葉書づくりです。千里グッズの会は、2002年から、「魅力ある街には魅力的な絵はがきがある」という考えから活動を始めたグループです。千里ニュータウンでは、何が絵葉書になるのか。千里グッズの会に参加した当初、自身では季節の風景が絵葉書に相応しいと考え、桜並木、紅葉、雪景色などの写真を撮影するようになりました。
季節の写真を撮影するために、千里ニュータウンを歩いていると、風景が急激に変わっていくことに気づくようになりました。当時、千里ニュータウンは集合住宅を中心に大規模な再開発が進められていたのです。急激に風景が変わっていくのを目の当たりにして、集合住宅や建物の写真も撮影するようになりました。結果として、当時、絵葉書のために撮影した写真は、再開発前の風景を記録するアーカイブになりました。
このような経験から、ニュータウンの歴史をどう継承すればよいのか、海外のニュータウンではどのような試みがなされているのかに興味を持つようになりました。

グリーンベルト

アメリカのグリーンベルトや、イギリスのニュータウンを訪れて感じたのは、開発当初の建物が比較的よく残されていて、街並みが大きく変わっていないこと、そして、いくつかの街には歴史を展示するミュージアムがあることです。
アメリカのグリーンベルト(Greenbelt)は、ニューディール政策によって作られた計画住宅地です。グリーンベルトでは、住民が地域新聞に投書したことがきっかけとなり、開発当初の住宅にグリーンベルト・ミュージアム(Greenbelt Museum)が開かれました。ミュージアム内には、開発当時の家具、電化製品、食器などがしつらえられ、住民のボランティアによるガイドが行われています。グリーンベルト・ミュージアムのキュレーターの方は、次のように話されています。

「〔ミュージアムの〕費用の一部を負担している市〔グリーンベルト市〕に対して、私がいつも伝えているのは、ミュージアムは街のマーケティング・ツールにもなり得るということです。・・・・・・。例えば、このミュージアムには、家を探している方がよく訪れます。この街を検討している人もいれば、近隣の別の街を検討している人もいるでしょう。もし、ミュージアムがあり、なぜここに住むことが重要なのかを伝えることができれば、新たな〔住宅の〕購入者を惹きつける強力なツールとなり、ひいては、グリーンベルト・ホームズ(GHI)や街のビジネスにも貢献するのです。「ヘリテージ・ツーリズム」という概念にどれほど馴染みがあるかわかりませんが、・・・・・・、歴史を理由に地域を訪れることには、今や多くの情報があります。人々が訪れてお金を使ったり、カフェで食事をしたり、絵葉書を買ったりすることで、街の経済に貢献するのです。・・・・・・。〔街の歴史を保存すること〕それ自体が重要ですが、それだけでなく、人を呼び込めば、お金も呼び込めます。」
※2009年のインタビューでの発言より

グリーンベルトには、まち開きの数ヶ月後の創刊から、現在まで毎月刊行されている地域新聞、グリーンベルト・ニュース・レビュー(Greenbelt News Review)があります。創刊時には歴史のことが強く意識されていなかったかもしれませんが、現在、90年に及ぶバックナンバーはグリーンベルトの歴史を継承する貴重な資料になっています。グリーンベルト・ニュース・レビューの編集長からは、新たに越してくる人に歴史を伝えることや、家族について知ることが国の歴史を学ぶことにつながる、といったお話を伺いました。

「グリーンベルトに新たに越して来る人たちに歴史を伝えるため、歴史に関する記事を掲載するなど、できる限りの努力をしています。・・・・・・。今日の出来事や、計画中の新しい開発について書くとき、それが気に入るか気に入らないか——多くの場合、気に入らないのですが——だけでなく、その土地の歴史を遡り、かつて何があったのかを伝えるようにしています。なぜ変化するのか? 私たちに必要なものは何か? と」

「自分の家族や、夫の家族について、ほんの少し知るだけでも、国の歴史を学んでいることになります。・・・・・・。家族のことを記憶し、新聞記事を切り抜いて保存し、孫たちに見せることは、とても個人的なことです。たとえ、多くの人が大したことをしていなくても、その人が地域において価値ある存在であることを認めることなのです。」
※2009年のインタビューでの発言より

ミルトン・キーンズ

イギリスでは、1946年のニュータウン法(New Towns Act 1946)、及び、その後の関連法に基づき、32のニュータウンが開発されました*1)。イギリスのニュータウンは、開発公社(Development Corporation)によって開発されました。開発終了によって、開発公社は解散しますが、解散後、開発公社の資産・権利義務は、政府系機関の「ニュータウン委員会」(Commission for the New Towns、現在は、Homes England)によって継承されています。
2021年、イギリス(イングランド、ウェールズ)、及び、アイルランド共和国の11のニュータウンのアーカイブを初めて公開する「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトが始められました。このプロジェクトでは、研究者が資料に容易にアクセスできるようにするために、地方自治体の公文書館などの機関がアーカイブ・ネットワークを構築し、アーキビストによって開発公社の議事録、年次報告書、図面、地図、写真、契約書類、広報誌など数千もの資料のカタログ化、デジタル化を行う作業が行われてきました。この背景には、新型コロナウイルス感染症によって、ニュータウンの再評価が行われているという状況もあります。

ニュータウンの1つである、ミルトン・キーンズ(Milton Keynes)には、開発公社の資料を継承しているミルトン・キーンズ・シティ・ディスカバリー・センター(Milton Keynes City Discovery Centre)、ニュータウン開発前の様々なものを収集、展示しているミルトン・キーンズ・ミュージアム(Milton Keynes Museum)、アートと歴史に関わる活動を行うリビング・アーカイブ(Living Archive)、そして、リビング・アーカイブが、アートと歴史のショーケースとして運営するディスカバー・ミルトン・キーンズ(Discover Milton Keynes)があります。
リビング・アーカイブは、ニュータウン開発前から住んでいた、進歩の名のもとに暮らしと歴史を奪われた人々が、どうすれば、誇りを持ち続けることができるか? 家族や仲間をおいてニュータウンにやって来た人々が、どうすればこの街を継承することができるのか? という問題意識から1984年に設立された団体で、「誰にでも語るべき物語がある」(Everybody has a story to tell)、「自分がいる場所を掘る=理解する=好きになる」(Digging where you stand)を活動のモットーとしています。リビング・アーカイブは、人々の思い出を素材とするミュージカル、ドキュメンタリー演劇、映画、本などを制作してきました。リビング・アーカイブで、次のような話を伺いました。

「〔ドキュメンタリー・アートで〕何より重要なのは、それを地域に還元し、共有することです。そうすることで、地域の誇りのリソースになるのです。・・・・・・。ここに博物館との違いがあると考えています。・・・・・・。ある意味、博物館は静的なものだからです。展示会を開いて、それで終わり。「これが、この街の歴史です」と展示するだけ。多くの場合、一般の人々の声が聞かれることはほとんどなく、公式な情報ばかりです。「当時の責任者がこう言った」、「公式にはこうだ」、「主任建築家がこうした」といった具合に。・・・・・・。〔リビング・アーカイブの活動を通して〕住民は、街の創造に参加し、その成果を分かち合い、楽しむことができるのです。素晴らしいのは、それが、住民自らの物語だということです。他人の物語ではないのです。」
※2010年の調査時の発言

リビング・アーカイブは様々な作品の制作に付随して、100,000枚以上の写真、約35,000枚の写真ネガ、1,000時間以上の録音テープを蓄積することになったとのこと。このような資料を、その後、アーキビストがカタログ化し、オンラインのアーカイブとして公開されることになったという順序も興味深いと思います*2)。

グリーンベルト、ミルトン・キーンズからは教わることが多かったのですが、いずれも、千里ニュータウンのように急激な再開発が行われていないように感じました。再開発が進む計画住宅地の歴史はどのように継承するのか。この点について、千里ニュータウンと近いと感じるのがシンガポールです。

シンガポール

シンガポールは、国民の約8割がHDB(Housing & Development Board:住宅開発庁)が建設する集合住宅で生活しています。シンガポールの人口は2024年に600万人を突破するなど増加が続いており、こうした状況で大量の住戸を供給するために、これまで開発されていなかったエリアを開発したり、既存の街を再開発したりすることが進められています。
こうした中で興味深いのは、ダコタ・クレセント(Dakota Crescent)です。HDBの前身であるシンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)が1958年に建設した団地で、再開発されることになっていましたが、市民の働きかけをきっかけとして、一部の住棟が保存されることになりました。
HDBも、HDBが街を計画するにあたって重視している6つのポイントの1つとしてヘリテージをあげ、歴史を継承する取り組みを行っています。

「ヘリテージ(Heritage)
新しい街や団地の計画・開発において、ヘリテージは個性的なアイデンティティと場所の感覚(Sense of Place)を生み出すための重要な要素となります。可能であれば、記憶に残るランドマークを保存したり、その場所の思い出を取り戻すためにマーカーやストーリーボードを設置したりしています。地域のヘリテージを反映させたテーマのある遊び場も設置されています。」
HDBギャラリーの展示の翻訳。

国家遺産庁(National Heritage Board:NHB)によるヘリテージ・トレイル(Heritage Trail)も注目すべき取り組みです。街の中の歴史的な建物や場所をヘリテージとして指定するというもので、2026年4月時点で23のヘリテージが指定されています。その中の1つが、クイーンズタウン(Queenstown)。クイーンズタウン・ヘリテージ・トレイルでは様々な建物や場所がヘリテージに指定されていますが、HDBの初期の住棟や、特徴的なデザインの住棟がヘリテージに指定されていることが注目されます。

まとめ

計画住宅地の歴史を伝える資料には、計画にまつわる資料や統計といった公式のものも、家族写真、日記、手紙、語りといった個々人の暮らしにまつわるものもあります。もしも、個々人の暮らしの思い出が歴史になると捉えれば、そして、個々人はそれぞれ思い出を抱いていると考えれば、誰かが個々人の思い出を意識的に共有せずとも、計画住宅地の歴史は継承されるということになるのか。この点について、明確な答えを持ち合わせていませんが、今日ご紹介した中でグリーンベルト・ニュース・レビュー、リビング・アーカイブのように、活動が、結果としてアーカイブになっているという捉え方は重要だと思います。
今という視点では、今の個々人の暮らしは歴史ではないかもしれません。しかし、それは結果として歴史になり得る。そのためにこそ、個々人の暮らしにまつわる資料を事後的にアーカイブと見なし、整理したり、編集したりする役割も重要ということになる。これが、計画住宅地の歴史を「生きた」ものとして継承するためにできることの1つということになるかもしれません。

ディスカッションを受けたメモ

話題提供に対して、参加された方からは多くの質問、コメントをいただきました。全ての質問やコメントに応えることができませんでしたが、参加された方にとって、計画住宅地の歴史について考えるきっかけになればと思います。
質問やコメントを受けて、自身では、次のようなテーマもこれから考えていきたいと思いました。

■歴史は「誰が」継承するのか
千里ニュータウン、ミルトン・キーンズ、シンガポールは人口が増加していますが、逆に、人口が減少している街ではどういう取り組みがあるかという質問がありました。話題提供では、歴史は誰かが継承してくれることを暗黙の前提としていましたが、人口が減少している街においては、そもそも「誰が」歴史を継承するのかとあわせて考える必要があると思います。

■歴史には「負の」側面もある
千里ニュータウンでの経験を通して、歴史をどう継承するのかという問題意識が大きな背景になっているため、話題提供では歴史は好ましいものであることを暗黙の前提としていました。ただし、歴史には、当然ながら「負の」側面もあります。計画住宅地における「負の」歴史を継承することも、これから考えていきたいことです。

■収集した資料を公開できること
話題提供した取り組みでは、収集した写真などの全ての資料を公開しているのか、もし公開されていない資料もあるとすれば、公開する/しないの線引きはどこにあるのかという質問がありました。収集したとしても、公開できない資料であれば、それを継承するのは難しい。それぞれの取り組みでは、このような問題にどのように対応しているのかについても調べる必要があると思いました。この点について、ミルトン・キーンズのディスカバー・ミルトン・キーンズで伺った次の話が思い起こされます。

「この展示は、歴史というよりは、今まさに何が起きているかを紹介する宣伝のようなものです。私たちがやっているのは、展示のテーマに沿って、皆さんが好きな場所、お気に入りの場所についての体験談を集めることです。これが私たちの資料収集の方法の一つです。・・・・・・。通常は、収集したストーリーや写真を、展示スペースに掲示します。つい先日も、ミルトン・キーンズの建物を設計した建築家と結婚していた女性が訪ねてきて、「処分しようとしている資料がたくさんあるんだけど、要らない?」と言ってくれました。つまりここは、人々が「これを持っている」と申し出る場として機能しているのです。例えば、建築家関連の資料については、市役所や、アーカイブを管理している「シティ・ディスカバリー〔センター〕」に送るでしょう。そういうことをしているわけですが、提供された資料を法的に使用できるという許可を、提供者から得なければなりません。」
※2010年の調査時の発言

■アーカイブの取り組みが地域にもたらす影響
アーカイブの取り組みの費用対効果という質問もありました。例えば、ミュージアムは「もの」を残すことができるという利点がありますが、そのためには費用がかかります。そして、ミュージアムの入館料などでは、その費用を賄うことが難しいかもしれません。この点については、グリーンベルト・ミュージアムのキュレーターの方が、マーケティング・ツールやヘリテージ・ツーリズムに言及されていたことが思い起こされます。アーカイブの取り組みそれ自体で費用対効果を考えるのでなく、その取り組みによって街にどのような影響がもたらされるのかをふまえて捉えることが必要になると思います。
ただし、このような捉え方は、例えば、経済的な利益をもたらすからアーカイブの取り組みに価値があるというように、経済的な利益にアーカイブの取り組みを従属させることで、アーカイブの取り組みの価値を毀損してしまう恐れはないかということも気になります。この点も含めて、これから考えていきたいと思います。

■歴史と思い出
計画住宅地の歴史を考えるうえで避けて通れないのが、歴史と思い出の関係です。計画住宅地の歴史は、公式な資料だけによって継承されるべきでなく、個々人の暮らしの思い出も大切にされるべきだと思います。しかし、思い出と歴史の間にはある飛躍があります。個々人の思い出が、街の歴史と位置づけられるうえで、例えば、誰かにとって都合のよいものだけが歴史と見なされてしまうというように、あらかじめ設定された思惑が入り込む可能性はないか。
話題提供では、個々人の暮らしにまつわる資料を事後的にアーカイブと見なすことに言及しましたが、「アーカイブと見なす」ことにも、あらかじめ設定された思惑が入り込む可能性があります。このことは、地域の居場所の機能を、あらかじめ設定されたものとしてでなく、結果として立ち現れるものとして捉えるという議論にも重なる大きなテーマです。この点についても考えていきたいと思います。


■注


※「場所を考える」のバックナンバーはこちらをご覧ください。連載は、2020年の新型コロナウイルス感染症発生後に、「アフターコロナにおけるリアルな場所の行方を考える」、その後、「アフターコロナにおいて場所を考える」として書いてきたものを継続したものです。